頭の上にミカンをのせる

「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

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キャラ・言葉・ストーリー

私は原則としてはキャラよりも言葉が好きだと思います。


私の中ではキャラとシチュエーションは言葉に従属します。

・キャラはあくまでその言葉を言うに好ましいと思える積み重ねがあるか
・シチュエーションはその言葉が発されるにふさわしいか。
・ストーリー(論理・遍歴)はその言葉をハッスルにふさわしい積み重ねがあるか

そういうことを気にします。

好きなキャラがいたとしても、そのキャラがらしくない言葉をいった瞬間に作り物めいて見えてしまい手のひらクルーってなります。
そのキャラが好きでも、時々象徴的な言葉による刺激や確認がないと、好意というか興味そのものが薄れていってしまいます。

多分結婚した夫婦の間で定期的に「愛しているよ」とか言わないとダメなやつみたいなのだと思います(違)
私はアタマが悪いので、抽象的な「キャラ」とか「愛情」を常に理解しているのが難しい。だからわかりやすい言葉に時々まとめて欲しいと思うんですな。




あたりまえだけど、これらは固定的な関係ではなく相互に影響しあってるので「飛影はそんなこといわない!」ルールを徹底し過ぎるとろくなことはありません。逆の「こういう台詞を言ってくれなきゃダメ」も然り。
リアルでは、自分自身キャラも言葉もぶれまくってるのが当たり前なので、そんなもん他人に要求してもシンドイだけです。
ふさわしくなくても、心から発されていなくても、折にふれて、定型句や確認行為で関係を維持することはとても尊いと思います。





だから、あくまでフィクションに限った話ではありますが、「すべてが揃った言葉」に触れたいと思います。

「このシーンにおいて、この言葉が発されるために今までがあったのだ」な、と認識の時間軸が逆転する一瞬が好きです。

そのためにキャラや言葉を丁寧に積み重ねていたのだなと感じられるストーリーが好きです。

私もそーいう瞬間を一度でいいからリアルで体験してみたいなと思います。


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f:id:tyoshiki:20141014141804j:plain ニッケル