オススメされて読んでみたのだけれど非常に面白かった。
「津波対策は不可避」と東京電力は認識していた - 小石勝朗
東電・吉田昌郎を描いて見えた原発の“嘘”:日経ビジネスオンライン
この記事を読んで、作品を読む前に抱いていた印象と、実際の作品の印象は少し違った。
日本の原発(ひいては電気事業全般)は利権の温床で、それゆえ電力料金が高く、長年にわたって産業界から値下げ要請に晒されてきた。昭和58年に刊行された東電の30年史を見ても、「コストダウン対策」「経営効率化」といった言葉が溢れている。1993年から6年間社長を務めた荒木浩氏は、就任と同時に「兜町のほうを見て仕事をする」「東京電力を普通の民間企業にする」とコスト削減の大号令を発し、3・11事故当時の社長だった清水正孝氏は、1990年代の電力一部自由化の時代に前任社長の勝俣恒久氏の命を受け、資材調達改革を断行してトップの座を射止めた。東電は、入社と同時にコストカットの文字が頭に刷り込まれる特異な企業風土だった。そうした社風は、津波対策を怠らせただけでなく、原発の定期点検期間の強引な短縮にも走らせた。原発は13ヶ月に1度、定期点検を行わなくてはならないが、稼働率アップのため、日立や東芝などのメーカーの尻も叩き、点検期間の短縮に血道を上げていた。
ここで書かれているような国策批判、安保問題、東電の体質批判などももちろんあるのだがそれ以上にサラリーマンの限界や悲哀と、その中で現場で踏みとどまって戦う姿が真に迫ってくる話だった。
原発事故が起こるまでの間の主人公(吉田昌郎さんがモデル)は、よくも悪くも、国策や東電の体質に抗うことはできないサラリーマンとして描かれる。
所長は非常に優秀な人で、福島原発の問題を十分理解していた。
一定以上の規模の自身が起きた時の問題も、津波の問題も、そして津波や地震のリスクが高まっていることも把握していた。そして、特に非常電源装置の高さが問題であるとして対策を本社にちゃんと提案している。しかし、この提案はコストカット体質の東電の上層部に反対される。地震のない国の人間であるGEの技術者に「問題はない」と言ってしまったら、もう千年に一度のリスクに対応するためのコストを支払う決断は不可能であるとして「自ら提案を取り下げ」ている。
http://ioj-japan.sakura.ne.jp/xoops/download/syousai_denren.pdf
このように事故が起きるまでの間は非常にヤキモキさせられるような描写が多い。今年になって「東芝」の粉飾決算が問題になったがあの事件報道を見ている時と似たような雰囲気だが、東電は東芝以上にいろいろとのしかかってくるものが大きかったのではないかと感じた。
しかし、事故が起きた後、所長は国の指示に反してでも(性格にはごまかしのようなものであったけれど)現場で最善を尽くそうと奮闘する。「海水注入」や「ベント」の話は当時相当話題になったが、かなりギリギリのところで命がけの判断を何度もしているのがわかる。当時は菅首相や経営人トップがひたすらアホなのかとか思ってたがそういうわけでもなく、いろいろな駆け引きがあったことも描かれている。
本当に救国の英雄だったのか? 東電・吉田昌郎元所長を「総括」する | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]
所長によった視点で描かれているため、この作品で描かれていることがすべて正しいわけではないだろうが、今までわかったようで全然わかっていなかった当時のやりとりがいろいろと整理されて非常に良かった。
それにしてもサラリーマンってのは悲しいものだ。 問題を認識していても、実際に問題が起きるまでは会社のトップが(あるいはさらにその上が)ダメと言ったら現場の人間が何かやるのは難しい。それでいて、いざ事故や問題が発生した時は、逃げずに戦っても社会から袋叩きにされるのは現場の人間だったりする。それでもここで描かれる人たちは、そういうバッシングを受けることを甘んじて受けながら、自分たちの責任として「問題が解決しないうちからバッシングばかりに熱を上げている人」たちも守るために頑張り続けていたわけだ。
現場で様々な問題を認識しながら原発問題が起きるまで必要な対策をせず会社の論理にしたがってそれを見逃してしまったという責任は大きいが、問題がおきたあとそれから逃げずに奮闘する主人公や彼らとともに戦った社員たちの姿を見て、私は彼らを責めようという気には全くなれなかった。むしろギリギリのところで命を賭けて戦った彼らに感謝すら感じる。
いや…うーん、実際はこんな単純な話じゃないな。「ヒーロー」扱いするつもりは少なくとも私はない。そういうじゃなくて「サラリーマンの意地」みたいなものに対して結構複雑な気分になった。書くのは難しいなぁ。やっぱり原発の人たちへの憤りもあるし、いろんな問題が描かれてて思うところあるし、だからといって、この人達を叩いてそれで終わりって話じゃないだろみたいな感じなんだけど。このあたりはやはり読んでみてもらわないと伝わらないかもしれない。なのでやっぱり読んでみてほしい。
余談。
この作品は、結構技術的なところも私レベルの人間にわかるように説明してくれている。著者は必ずしも反原発というわけではないのかもしれないが、この作品を読んでいると「技術的な面で見ると」私たちは今の技術力では原発をとても制御しきれないように感じてしまう。私は技術的なことは全くわからなかったので今まで原発の再稼働云々については政治的やエネルギー供給の面だけから考えていたけれど、最低限のレベルでいいから技術的な側面も理解して考えないといかんなあ、という気持ちになった。(だからといってすぐに反原発!みたいなことを言うつもりもないのだけれど)
あと、この作品読んで、「いちえふ」のイメージが大分変わった。
「いちえふ」 意外にも異世界ラノベもののような読み応え - この夜が明けるまであと百万の祈り
この作品、単体で読むと厳しい環境ながら結構楽観的な雰囲気で描かれており、異世界ラノベのようなほんわか気分で読める作品だったのだけれど、「ザ・原発所長」を読んだあとだと、なんかバイオハザードに出てくる手記を読んだようなホラー感を感じてしまう……おそろしいおそろしい。