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「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

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書きたいのか、読ませたいのか

ゼロかイチの話ではないし、文系理系みたいなあまり役に立たない話ではあるけれど。
この人はどちらにウエイト置いてるかって時々気になることはある。




「書きたい」のは自分が納得行かなかったり、納得したいから。
扱うのは自分にとってわかりにくいことやめんどくさいこと。
大事なのは自分の納得だけだから、他の人から見ててごちゃごちゃしててもOK。
その結果として出てくるアウトプットが
暗号みたいになってたり、複雑になってたりすごく短くて過程が他の人にわからなくてもOK。



「読ませたい」というのはその考えを共有して自分だけじゃないって確認したいから。
扱うのは共有したいこと。共感しやすいこと、読んでて楽しいことなどなど。
大事なのは読んで共感してもらうこと。そのためには
シンプルでわかりやすいことと、共感を邪魔する要素が無いことの2つが重要。




私は書き手としては「書きたい」の要素が強いと思う。
基本的には書きたいのだけれど、読者ゼロだとツライ。
なので、何人かの人には分かってもらえる程度には「読ませたい」要素もある。
多分私のブログ記事読んでもっとわかりやすく単純にしろと多分思われてるけど、
これでも頑張ってますので。
基本めんどくさくてわかりにくいことを考えるのが目的なので諦めてクダサイm(_ _)m



「読ませたい」=共感してもらいたいのに、共感を邪魔するようなことを書いたり、読み手の気分を害するようなことを書く人の記事はあんまり読みたくないし、「書きたい」のくせに共感されなかったら読者のせいにするような人はよほど魅力がない限り近づきたくないなと思ってしまう。 両方のレベルが高い人もたくさんいて、素晴らしいと思う。 




特に話の落としどころなくふと思いついたので適当にぱぱっと書いてみました。
こういう話はtwitterとかでやったほうがいいカモネー。