頭の上にミカンをのせる

マンガアニメ大好き兼業投資家の日記です。WORLD END ECONOMiCAアニメ化のCFを応援しています。

「魔法少女特殊戦あすか」  価値があるから世界を守るのではなく、守ろうと決めた時に自分にとっての価値が生じる

2017.7.14 5巻まで読んだ時の感想
2019.1.01 追記 評価★★ → ★★★

99個くるしいことがあっても、1個たのしいことがあればやっていける。その一つだけを集めて、宝石みたいに抱えて生きていくの。
生きていればまた苦しいことは続く。その代わり、もう二度と楽しいことはない、なんてこともあり得ない。
そう簡単には死ねないんですよ。魔法少女ってやつは。

(1)一行で説明するとワールドトリガーからトリオン体関連のシステムを排除して、ちゃんと戦闘で流血や人死にが出まくる血なまぐさい世界にしたようなお話」です。さらに言えば、ワールドトリガーよりも仲間の数が圧倒的に少なく、敵は多くて強い。「代替の利かない圧倒的戦闘力を持つ人的資源としての魔法少女(戦士)」が普通に「大人たちの戦争」のための道具として組み込まれて過酷な戦闘を強いられる、という要素が強いです。

tyoshiki.hatenadiary.com


(2)魔法少女ものとしては「まどマギ」よりも「結城優奈は勇者である(通称ゆゆゆ)」に近いけれど、さらにシビアになっています。
敵はちゃんと人間(魔法少女)であるため、人によってはさらにしんどいと感じる人が多そう。「ゆゆゆ」のように抗いがたい絶対的な運命や神のようなものではないが、その代わりに相手には相手の行動原理があって、それを意識して叩き潰すことで生存や日常を維持していく必要があります。さらにいうと敵のほうが圧倒的に上手であり、ゲームバランス的に言えば「パトレイバー」において、後藤さんがいない状態で、内海課長率いる敵側たちと立ち向かうくらいの感覚です。

さらに、それだけ不利な状況であるにも関わらず、主人公である「あすか」というキャラクターは受け身です。というか、「ゆゆゆ」における鷲尾須美(東郷美森)状態。戦いに疲れきっている。周辺の友達を守るためだけに戦いこそするし実際強いものの、状況に対しては後ろ向きで、「まどマギ」のまどかのように煮え切らないところがある。しかし、自ら物語を引っ張っていかないので、敵に主導権を握られっぱなしで自陣営の本丸ギリギリまで敵に攻め込まれる。

敵に主導権を握られている間は、面白いといえば面白いけどずっとストレスがたまる。その分を、周りの人間、特にくるみがカバーしているけれど、これ後々にちゃんと「あすか」が主人公になれるのかどうかちょっと気になるところ。

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あすかを崇拝し、敵には容赦がないくるみ。ヤンデレ苦手なはずだけどこの子はなんか好きですわ





6巻で完結する「沖縄」編まではなんだかんだ言いながらわかりやすかったので、アニメではここまでかな?

でも、本当に面白くなるのは7巻の「ウクライナ・ドンバス地方」編からです。
ドンバス - Wikipedia

(3)この作品における魔法少女たちは、一人一人が独立した価値観を持っており、その結果「魔法少女の仲間以上に大切なものを持っている」というのが最大の特徴かもしれません。

このために7~8巻ではウクライナという特殊情勢下において、3年前の魔法少女仲間5人が、敵味方に分かれて殺しあうことになります。沖縄編で共闘し、かつてのチームワークを発揮して勝利した後にすぐこういう展開になるのがえぐい。さらに9巻では、あすかにとって大切な少女がピンポイントで狙われる。どんどんやり口がえげつなくなっていく。


敵はこのように正攻法ではなく、あの手この手であすかたち魔法少女の弱い部分を徹底的にえぐってくる。こうした弱さを力を合わせて克服していくことを求められる。弱さを放置しておくことが許されない。「ワールドトリガー」の時にも思ったけど・・・、これが大人たちの戦いなら全くもって正しいんだけど、これを「魔法少女もの」でやられるとなにかときついものがあるね……。




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個人評価★★

この作品は、魔法少女が「社会を守る側」と「社会を壊す側=テロリスト」に分かれて争う作品だ。「強い力」を得ることの責任および「敵」とはいったい何者なのか、そしてそれはどうして生まれてくるのかをキツめに問い詰めてくる。


類似作品は
★★★★★魔人探偵脳噛ネウロ
★★★★★マブラヴオルタネイティヴ

です。

正直まだ作品が立ち上がったところという感じですね。今の時点ではまだ他の人にオススメするのはちょっと躊躇します。今の時点では評価低めですが、長編になりそうなポテンシャルは感じるので、期待したいと思います。(長編にならない場合は中途半端な作品として終わってしまう懸念が有ります)



以下は作品の紹介というよりは自分が気になった言葉のメモです。

「敵」の存在を想像もせずに「強い力」にあこがれてよいのは子供の間だけ

「私はこういうふうになりたいの!
 かわいくて格好いい魔法少女に」

「でもこの子たち、敵がいて戦ってるんだろ?
 本当に魔法少女になっちゃったら大変だと思うけどなぁ…」

父の言葉は正しかった。
魔法少女になって敵と戦うということは綺麗事ではなかった。
夢は夢のままにしておけばそこに逃避できる。

私達にとって、魔法少女は「現実」になってしまった

こんな子供の夢をベキベキにへし折る作品です。



「強い力」はそれを律することができないなら自分がその奴隷に成るだけ

魔法少女って普段は何をやっているんだろう?
たったひとりでも軍隊と戦えるようなすごい力を持って」

「努力、してるんじゃないかな。
 強い力は、その使い手を変えてしまう。
 人間が力を使うんじゃない。人間は強い力に使われるように成る。
 その人間がどれくらいまともかは、権力を与えてみるまでわからない。
 貧しい聖人君子が、裕福になっても同じとは限らない。
 だから、魔法少女は努力してるんじゃないかと思う。
 力に使われるのではなく使う側でいるために
 まともな世界から離れてしまわないように」

この作品には、己を律することができなかった人たちが「敵」としてよく出てきます。



価値があるから何かを守るのではなく、何かを守ろうとした時に自分にとっての価値が生じる

価値があるから守る、ないから守らない、という考えでいる限りその答えはない。

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この発想でいたら、自分がすでに幸せでな限り世界は滅ぼすべきってなるよね。実際そういう感じで社会への呪いを常に撒き散らす人がネットで共感を集めまくっててなんだかすごくいやだなぁって思ったりしてます。



でも、この作品の場合、「世界を守る」ために戦うことを決めた人たちは先にその決断有りきであったのではないかと思う。

お願いだ。このセカイを守って。
問題は多いけれど、この世界には美しいものがたくさんあるんだ。守るべき価値はある。戦う価値はある。

守るべきものを持ってる人の多くは、こういう順番でそれを得てきたのではないかと思う。






一方、価値のために行動するのは敵も同じだ。

もちろんこっちの順番でもうまくいくことのほうが多いだろうと思う。でも、こっちの順番だと、間違ったものを掴んだ時でも、そこから抜け出すことは出来ないだろうなとも思う。

この作品は「敵」が悪として成長していく過程も丁寧に描いている。むしろ、こっちのほうが丁寧なくらいだ。

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約束するよ。旅団長はたくさん人を殺すけれど。僕達に希望を与えてくれる。
この足で外の世界を自由に駆けてみないかい?

「敵」は、何もないところから「希望」を与えられることで、目の前に人参をぶら下げられた馬のように、盲目的に従って行動するようになる。自分で思考はしない。ただボスの望むことと、ボスが与えてくれた希望にすがってどんなことでもやる。

*1

ここが大きな違いだと思う。


何かの「価値」がすでに存在している状態で行動できるのは当たり前。その場合それは「価値」が主人で、本人はその従僕であるに過ぎない。そこに、本人の選択は生まれない。そうなる前に、自分がどういう行動を取るか、自分が目指すべき価値は自分で選べるし、選ぶしかない


現在は★2程度だけれど、このテーマについて、この作品が何かしらの考えを示してくれるなら、評価は跳ね上がると思う。



*1:ネットでもあるよね、何も希望がない人が、やぎろぐとかイケダハヤトやミニマリストに簡単に釣られる構図。一見「まともな世界」にいる人達と、やぎろぐ界隈はどちらも同じように見えたり、人によってはやぎろぐ界隈の方がまともに見えることもあるんでしょう。でもね、根本的に違うんですよ。後者には自由がないの。「自由を求めて」って声高に叫んでる彼らは、実は選択の自由を放棄してる。完全に依存してる。だからみんな無個性に同じことしか言えないし、ボスに忠実にこなす奴隷みたいになってるの。互助会がなんで気持ち悪いってこの自由が奪われてる状態なのに本人がそのことに自覚がなく、サラリーマンとかを馬鹿にしてたりするからなんですよね。