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終身雇用の話をするときに最低限知っておきたい4つの知識 (労働契約法16条など)

headlines.yahoo.co.jp
このニュースを見て、みんながツッコミを入れまくってますね。

日本独自の雇用形態は「終身雇用制」「年功賃金制」「企業別労働組合制」の三つ(新卒一括採用を含めると4つ)が柱とされており、すでに後者二つは多くの企業で崩壊していたので、終身雇用も当然ながら維持できないという考えはみんなが意識しており、そのことを経団連のトップが認めるということはむしろ意義があることでしょう。

しかしですね。
そんなこと20年近くずっと言われ続けていたわけです。次にどのような形に移行していくのかという図を描くことなく、ずるずると「終身雇用保障」をちらつかせながらそのために過剰な忠誠を求め、濱口さんがおっしゃるようにジョブ型ではなくメンバーシップ型の仕事スタイルを要求し続けてきたわけですよね。


厳しくなってきた段階から先んじて「次の手」を打つどころか、おいしいどころどりだけをしてギリギリまで何も手を打たず「やっぱり無理でしたごめんね」ですむと思っている経団連の方々の態度に周りの人があきれている感じなのでしょう。解雇規制緩和が悪いといってるわけじゃなく、それを前提として準備してない状態ではデメリットの方がはるかに大きく、そしてこの段階になるまでまともに準備もしてないことが




とにかく、無理だとわかっていたなら、なんでとっととやめるための準備について語ろうとしなかったのか。なぜやめるまでの間に別の形で社員をつなぎとめる方策を実施してこなかったのか。 結局のところ「終身雇用をエサにしても、力のある人はやめていき、ピーターの法則第二条が蔓延し切って組織にとってメリットがほとんどなくなる」という状況に来るまで全く動かなかったわけだから、そりゃ経団連は無能、というそしりは免れないでしょう。



……みたいな話は、ほかの人がたくさんしてくれると思うのでそこは置いといて。
この議論について知っておいたほうが良さそうな終身雇用についての基礎的な知識を確認していきましょう。


終身雇用の話をするときに最低限知っておきたい4つの知識

http://www.dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8710492_po_k0012t1.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

このテーマだけで何冊も本が出ているくらいの話ではあるのですが、一般人である我々が覚えておくべきことはそんなに多くありません。

①もともと終身雇用を規定する法律は存在しない。「企業が合理的な理由なく強引に解雇したらダメよ」っていう法律があるだけ
さすがにこれはみんな知ってると思いますが、後者の法律や判例は知らないって人もいるかもしれないですね。

<労働基準法14条と労働契約法16条のセット>が根拠になっています。
歴史的には「解雇権濫用の法理(昭和50年)」 →「労働基準法18条(2003年~2008年)」→ 「労働契約法16条(2008年)」という順番。

雇用主が従業員を解雇し、従業員がその解雇を無効として争う場合、裁判所がその解雇を権利の濫用と認定し、解雇を無効と判決することがある。これが、解雇権濫用の法理である。解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする


②これに対し、いざというときでも解雇が自由にできない企業は「好況期には残業ありきの労働を強いて」「不況期には採用削減・残業禁止・配置転換・パートの解雇」で対応してきた
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/13/dl/13-1-5_02.pdf

f:id:tyoshiki:20190420231019j:plain

「日本の労働者が残業が多い」のはこの景気変動に対する弾力性のために「不況の時以外は少ない人数を雇っておいて残業をさせることでバッファを作る」という対応を取ったからです。この現象は、本来派遣が解禁された後に解消されるはずでした。しかしその後も賃金が上がらなかったため、結局経営者にとっては正社員に残業をさせることのほうがうまあじ」となってしまったため、「正社員の残業やメンバーシップ型労働」はますます強化されることになってしまいました。


③労働者派遣法ができたのは1996年。1998年で実質自由化されたためそれ以降は「派遣」を利用した雇用調整が浸透することになった。正社員と派遣社員の格差が問題になった。2015年の派遣法改正問題は大きな話題になった。

f:id:tyoshiki:20190420232537j:plain
http://www.dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8710492_po_k0012t1.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

本来、正社員と派遣の役割がはっきり区分されていればそれほど差別的な話にはならなかったのですが、②において、せっかく雇用調整の手段として派遣が解禁されたにも拘わらず「正社員」の重い負担が温存されてしまったため、派遣の立場が極端に弱いものになってしまった上、まずます賃金抑制の傾向が強まってしまいました。派遣そのものが悪い制度ではないはずなんですがね……。


④そもそも終身雇用と呼べる実態を持つのは従業員1000人以上の大企業の男性社員に限られており、男性でも約3割以下。サービス業では15%以下。2009年のNIRAのレポート。今は当時よりさらにサービス業の従事者の比率が高まっているため、全体の数字はさらに下がっているでしょう。

http://www.nira.or.jp/pdf/0901areport.pdf

そもそも終身雇用と呼べるような長い勤続年数を経験しているのは、せいぜい大企業の製造業に勤めている男性従業員だけである。それでは、大企業の製造業に従事している男性従業員は、日本全体でどの程度の割合を占めてしているのだろうか。図表 2-1 は図表 1 と同じ調査による産業別の従業員数を表したものである。この表をみると、大企業の製造業に従事している男性従業員は、全体のわずか 8.8%にすぎない。また、別の調査でみると、図表 2-2 にあるように大企業の製造業に従事している男性従業員の割合は全体の 4%である。このように調査方法によって、多少の違いはあるものの、終身雇用と呼ぶような長期雇用となっていた従業員は、人口全体のごく一部を占めているに過ぎない。(中略)
若年層も含めてずっと同じ会社で働き続けている人の割合は、男性従業員だけみても 3 割以下とかなり低く、女性従業員の場合には 25%を切っている。またその割合は近年低下していく傾向にある。

ここはデータが複雑なのでぜひ実際のレポートを読んでみてください。

さらに「実は年功序列はともかく、生活給としての賃金という性質は割と早い段階に変容しており1960年代にはすでに成果給の考えが強くなっていた」ということなども示されていますがここからいろいろ話を膨らませると一記事ではとうていまとめきれないので、まずはこの4点あたりを入り口として理解していくといいかなと思ってます。



労働法は、民法や刑法よりと違って、時代の変化によってかなり移り変わりが激しいダイナミズムのある分野となっています。面白いと思うので、ぜひ興味をもって調べてみてほしいなと思います。


Labor Standards Act003
私も暇なときに「恋声」の練習として一条ずつ労働三法の話をしてます(笑)


そもそも日本は転職が盛んな国だったのに、なぜ「終身雇用」の国になってしまったのかという歴史的経緯も興味深いです

もともと、戦前の日本は労働者の移動が激しい社会でした。
特に、工場で働く労働者たちは、熟練工になるとすぐに、より給料の高い職場へ転職してしまいました。
そこで、会社は優秀な人材を引き留めるため、様々な奨励制度を考えます。
勤続年数=年功に応じた昇給、積立式の退職金、手厚い福利厚生など、各企業がこれらの制度を導入した結果、1920~30年代にかけて、ホワイトカラー層を中心に長期雇用化が進みました。
とはいえ、ブルーカラー層の転職率は依然として高く、工場を「渡り歩く」者が後を絶ちませんでした。

https://www.jacar.go.jp/english/glossary_en/tochikiko-henten/qa/qa22.html

実はここから戦争の関係で国家による労働統制があったんですね。

1939年 「従業者雇入制限令」 職場ごとに「産業報国会」が組織される。
1940年 「従業者移動防止令」
1941年 「労務緊急対策要綱」「労務調整令」

「官・労・資」三位一体の総力戦体制が目指されるなかで、「国・企業は労働者の生活を保障し、労働者は国・企業のために働く」という「報国」的勤労観と、それにもとづく長期雇用の慣行が、国民全体に広まっていった

日本の賃金を歴史から考える

日本の賃金を歴史から考える

日本の賃金―年功序列賃金と成果主義賃金のゆくえ (ちくま新書)

日本の賃金―年功序列賃金と成果主義賃金のゆくえ (ちくま新書)

id:rKoneru_waiwai 戦時の「報国」的勤労観を、今と結びつけるのは難しいと思う。戦時の価値観が今まで続くなら、1970年代のスト件数は説明できない。全ての負を戦争に結びつけるのは、思考停止に見える。 https://www.nippon.com/ja/currents/d10003/

これはrKoneru_waiwaiさんのおっしゃる通りです。非常にわかりやすくまとまっているページを紹介いただきありがとうございます。
戦前の話は「労働移動の低下」部分を説明するネタとしてのみ紹介したつもりでしたがわかりにくかったですよね(-_-;) ストの件は三本柱の「企業別労働組合制」の崩壊の部分として把握しております。上での述べたように今回は本当に入門編なので、昭和30年代後半から起きた「年功序列制」の崩壊と合わせて今回は説明を省略していました。 本当にこの話は詳しくしだすときりがないのでご容赦ください……。


追記 「解雇規制が諸悪の根源」はあまり説得力がない

ブックマークコメントで「解雇規制緩和して無能や年寄りのクビ切ればいいだろ」って書いてる人がちらほらいるのでちょっと補足。

終身雇用相当の長期雇用(雇用規制)慣習は日本独自のものというわけではない。
(デンマークを除く)北欧諸国やヨーロッパは日本と同じように解雇規制や長期雇用の慣習がある。

f:id:tyoshiki:20190421095652j:plain
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/13/dl/13-1-5_02.pdf

また、日本でも中小企業では労働移動が激しいこともこの資料に示されている。なので「終身雇用」が日本の生産性が低い理由だ、という説にはあまり根拠がない。(というか、これが信じられているということはこの手のプロパガンダってそれなりに機能してるのか……)


上で述べたように、日本の問題は「解雇規制」に対する経団連の対応にある。
「解雇規制されてるなら普段から従業員を残業させておけばリスクヘッジしやすいじゃない」とか「終身雇用という建前があるから、不景気の時に配置転換させても文句言えないよね」という風にあの手この手で忠誠を強制してきた。もちろん社員の側からも高度経済成長期はインフレが続いて給料も右肩上がりであったため残業するインセンティブが強かったというのもあり共犯関係になっていたと思う。


しかし、下記の記事によると、ドイツでは日本と同じように「解雇規制」で従業員を守りながら、「経営者に罰則まで課す残業レベルの厳しい残業規制」も合わせて行っている国が、日本よりずっと生産性が高いとされている。

oreno-yuigon.hatenablog.com

ドイツでは従業員を解雇から守る法律が充実していて、正社員を法で保護している点は日本に似ている。
解雇の通告は解雇する日の3ヶ月前までには行わなければならないし、「経営上必要な解雇」を行う場合は解雇されても不都合が少ない人から優先的に解雇しなければならない決まりがある。
(中略)
なぜドイツと日本でそこまで生産性に差があるのかを分析しているのが『ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか』である。

このように、当たり前だが解雇規制を議論する際には必ず合わせてセーフティネットと残業規制の話がセットになるべきだ。


なので、「解雇規制」こそが諸悪の根源であり、解雇規制を緩和すれば問題は解決する、というのはあまり説得力がない。
結局のところ「経団連・経営者」のやり方の問題が大きかった。
経営者を甘やかして労働者に効率が悪い働き方を強要することを許し続けた結果が今なのだという総括が絶対に必要でしょう。 にもかかわらず「解雇規制」の話だけしかしないで不十分な議論をごり押しする人がずっと仕事を与えられているのはとても不自然な気がしますね。