頭の上にミカンをのせる

マンガアニメ大好き兼業投資家の日記です

「子供を小学校に通わせなくてもよい」という意見に対して、元教育者として言いたいことは山のようにある

<すみません、言いたいことが多すぎてまとまり切りませんでした>

当たり前ですが、これは一個人の意見です。しかも現場寄り視点なので視野が狭いと思います。あとかなりむしゃくしゃしながら書いてしまったので、私情で学校側や教師側の立場に寄り過ぎてフェアではない部分とか、不快な表現や雑な表現が多くあると思います。まとまってなくてぐちゃぐちゃだしこれについては評価から差し引かれるのが当然だと思います。なので批判はじゃんじゃんしてください。(でも個人攻撃は非表示にしますンゴ)

今後自分でも各要素をを丁寧に書いていきたいと思いますが、なによりこういう話は現役の教師の人とか、実際に不登校児を抱えている家庭の人とか、不登校経験者の人とかが、それぞれの立場からいろんな意見や情報を発信されていらっしゃるので、そういう人達の声に、少しでも耳を傾けて上げてください、、、


まずそもそも今現在、どのくらいの子供が不登校かわかってますか?

私は命や精神に重大な危険がある場合や、必要な発達を得られている場合などは別に子供を無理に通わせろとは全く思いません。というか、とにかく「無理やり通わせなければならない」「不登校になったら人生終わり」と考えるほどのものではないでしょう。というか、不登校児はべつにゆたぼんとかいう世間のことわかってないガキが煽らなくてもすでにかなりの数がいます。狭義の意味でも一クラスに一人は不登校になるのです。広義ではもっと多い。

www.nippon-foundation.or.jp

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そもそも3~10%の子供はすでに不登校だということが知られてない

まずこのことを前提として理解していれば、「不登校は是か非か」という話は意味がないということがわかるでしょう。そもそも、発達障害の当事者や貧困家庭・母子家庭の人からしたら、不登校問題というのはめちゃくちゃ身近な話です。それを他人事のように語ってる時点で少し距離を感じてしまうまである。

特に公立校の立場としては「不登校児=学校になじめず挫折してしまう子供たちが一クラスに複数人いることは当然として、その子供たちが少しでも学校生活に参加できるするためにはどうすればよいか」という意識なので、「不登校なんてめったにないことだ」という認識だと全く現実とかみ合わないです。まだそういう意識の人がいるんだな、と思ってしまいますねこちらとしては。


「不登校になった時にどうすればいいか」を全く議論せずに、ただ不登校の是非だけ論じるのは、実際の不登校児のためにあまり有意義とは感じない

そして、さらにいえば「不登校を認める」のであれば、そのあとまで考えるべきです。まさか「死ぬくらいなら不登校でもいいよ」っていって不登校を認めるとして、それで終わりにしていいと思ってませんよね? 

news.yahoo.co.jp

不登校とは「すべての子どもが学校だけで育つ」という状況が生んだ問題です。この現状があまりに偏っています。「不登校によって子どもが苦しまない状況」をつくるためには、学校以外の選択肢が必要です。不登校の認知度が広まったとはいえ「子どもは学校だけで育つ」という前提である以上、いまも不登校の子は苦しんでいます。「不登校をしたあとでも人生は続けられる」。そういう道筋を子どもにきちんと提示できるか、ここが本当に考えていくべき課題だと思っています。

今回のゆたぼんくん(のお父さん)みたいなアホの子が考えたあんまり意味のない部分の話について、人々がいちいち心が揺さぶられるとしたら、(言うてもたいして騒ぎになってないっぽいですが)「不登校の後」を考えることをせず、「不登校は是か非か」なんていう浅いところで議論が止まってるからだと思います。

※ちなみにこれは黒沢の3巻です。この少年は実はいじめられっ子で金を奪われていたので「流されたくない」とかいうのはその恥を親に告げられなかっただけです。親はこういうことを言う前に子供の話をちゃんと聞くべきだったという事例です。なので、今回のゆたぼん君への揶揄としては微妙だと私は思います。



不登校問題については、もっと親が理解して備えてあげないと「手遅れ」になったり「対応が不十分になる」ケースがほとんど

堀江貴文さんや小飼弾さんが、小学校を監獄のように感じていたと答えるのは全然問題ありませんし、エジソンのように、子供が不登校になっても親がしっかりフォローして子供が大成したというパターンはあります。

ということは、大事なのは、自分の子供が不登校になったとしたら、それに応じて親や学校・地域ができることを考えることです。

親は単に「学校に行かなくてもいいよ」っていうのでは不十分です。たいていの子供は賢いので、それだけだったら絶対に遠慮します。また、親が具体的に考えて「もし不登校になっても安心していいよ。準備はできてるよ」くらい言ってあげないと子供は不安で動けません。子供から言うのを待ってるだけだと手遅れになりかねないです。本当は学校が親にそういう情報を提供すべきなんですけど、、、今の親と学校の関係でそれができないことくらいはわかっていただけますよね? 学校に完璧を求めるってこういう弊害もあるんですよ。



んで、いろいろ考えた結果、子供が不登校を選んだとしましょう。 何度も言ってるようにここで終わりじゃないんです。ここからが本当の始まりなんです。
「自分の子供を」不登校でもよいと思うとき、親の人にはいろいろ考えてほしいことがあります。



(1)子供は、「親だけ」ではまともに育てるのはとても難しいということ

大前提として、現時点では大抵の不登校児は、親や地域からろくにサポートがされておらず、ほとんどが引きこもりになってしまうし、そうなった時の社会性の欠落はかなり深刻である、という現実があるということです。
www.sankei.com
不登校のその後
toyokeizai.net


私が住んでいる県では、いろいろと不登校児サポートを行っています。はっきり言って予算はめちゃくちゃ少ないし、その網に救われる子はごくわずかです。一つの区で100人くらいしかフォローできてないところもあります。たいていの子は、上の資料の上げたようにそもそも勉強ができないとか、人となじめない子が多いしそれ以上に家庭面や経済面で困難を抱えている子が多いからです。

そんなものを、短時間のサポートで元のレールに乗せなおすことはできませんし、まして一人一人の個性にあった教育をなんて、むしろ金持ちの子でもない限り不可能です。あと、私は現場を見に行ったことがありますが、基本的に「かわいそう」という感情だけではどうにもならないくらいこの手の子供たちは半分くらいは全然かわいくないです。私の問題かもしれないので言い直しますが、半数はかわいいとはどうしても思えないような子だった。

親の影響で口は悪い。おちつきなく騒ぎまくり、勉強への意欲はなく、すぐ手が出る。「子供はかわいいもの」という幻想を抱いている人は一度この現場にボランティアに来てみるべきです。この職場で一年働いてそれでも子供はどんな子でもかわいいって言える人がいたら大したもんだと思います。私は無理です。

www.tyoshiki.com

人が美しいと思う自然は手入れされたものであることが多いように、かわいい子供というのは、ある程度しっかりとしつけがされた子供のことなのです。「子供はなんでも自由にさせよう」なんて本来の意味での性善説はどぶにすてたほうがよろしい。教師に「聖職者」を求める親は、ボランティアでこういう現場を見る義務を課したいくらいです。

(1)-2 いざ子供が不登校になった時、親にどれほどのことができると思いますか?

やってみればわかりますが、ほとんどの家庭では、親だけではほとんど何もできませせんよ。特に共働きならなおさらです。まぁ厳しいですね。あらかじめ親が子供の問題を理解して、学校と相談したりフリースクールとかに通うような準備をしてないとかなりきついことになります。むしろその子が「いわゆる不良」になって家から出てくれた方が親にとってはありがたいとこになるかもしれません。 学校に通ってなかったけど家で学んで優秀に育った子供ってのは、基本的にファンタジーです。不登校になる前から図書館通いしてた子、とかならともかくそうでないならかなり厳しいと思います。 さらに親が不登校になった子供を家の中に隠そうとしたり、心配だから家の中に閉じ込めようとしたらもう絶望です。

実際に、不登校の実態はもっと闇が深いです。マジで不登校児がどういう事情で不登校になったかの統計は上のページでよく見てみるといいです。児童福祉施設案件とかも結構あります。さすがにこのブログで語るには気が引けるような話です。一般人の想像力の外側の問題なんですよね。なので、軽々しく一般論で語る人をみると結構イラっとします。

不登校に、なりたくてなる子はいない。

不登校に、なりたくてなる子はいない。


なので、普段親のみなさんがバカにしている学校が、普段どれだけ頑張って子供を育てようとしているかは、不登校になってからじゃないとわからないかもしれないので、むしろ深刻な理由で不登校になる前に、夏休み冬休みと言わず、すべてのご家庭で半年くらい入れ替わりで「親だけで小学生を育てる」という不登校のタームを作ってもいいかもしれません。 *1



もちろん、学校だって親のことを軽んじてるわけじゃないです。むしろ家庭内でのしつけやコミュニケーションの訓練、情操教育あたりって本当に大事です。このあたりは学校で一から教えるには時間が全然足りません。 子供にとって、家庭と学校での教育って両輪のようなもので、お互いが協力してやっと必要な教育が可能になるくらい大変なものなんです。


こちらの方は実際にホームエデュケーションを実践されておられるので、私の文章より参考になるかと思いますので、ぜひご覧ください。
insects.hateblo.jp

一次避難先として図書館や動物園は大いに活用できるのですが、あくまで緊急措置です。長引く避難生活は、精神的にも身体的にも、確実に避難家族を疲弊させます。例えば、離婚を経験されて、片親で働きながら不登校児童を育てていらっしゃるご家庭などでは、不登校児の対応は一筋縄には行かず、なかなかに大変のようです。
(中略)
ホームエデュケーションが成功する条件として、専業主婦でも回るくらいの父親の所得や資産、あるいは母親が在宅勤務や自営業で時間的な融通が利くこと、そして何より両親が健康であること、こうした幾つかの条件が必須です。したがって、現時点でホームエデュケーションは、経済的・社会的な余裕がない場合、家庭に多大な負担を強いるという意味で、不登校の根本的な解決策にはなり得ないと考えるに至りました。


^^^^ごめんなさいここで力尽きました。いつかもう一度ちゃんとまとめたいなと思います^^^^^^^^^

(2)小学校で子供たちが学べる「社会性」って具体的にはどういうもの?

大げさに言ってるけど、要するに学校は何を教えてくれるの?もし不登校になったら何を教えないといけないの?ってところですが。

疲れたのであとは箇条書きにします。

①小4の壁
kodomo-manabi-labo.net

②コミュニケーション能力の基盤である「教育指導要領」、特に国語の「メタ認知」を子供に教えられるか。
tyoshiki.hatenadiary.com

③道徳性の発達段階を家庭内教育だけで教えることができるか?
ja.wikipedia.org

1.慣習以前のレベル
第一段階=罰と服従への志向
第二段階=道具主義的相対主義への志向
2.慣習的レベル
第三段階=対人的同調あるいは「よい子」への志向
善い行為とは、他者を喜ばせたり助けたりするものであって、他者に善いと認められる行為である。多数意見や「自然なふつうの」行為について紋切り型のイメージに従うことが多い。行為はしばしばその動機によって判断され、初めて「善意」が重要となる。
第四段階=「法と秩序」の維持への志向
正しい行為とは、社会的権威や定められた規則を尊重しそれに従うこと、すでにある社会秩序を秩序そのもののために維持することである。
3.脱慣習的レベル
第五段階=社会契約的遵法への志向
第六段階=普遍的な倫理的原理への志向

日本ではこのモデルを採用してるわけじゃないですが、上で述べたように、不登校児は慣習以前のレベルしか身に着けられないことが多いです。

www.tyoshiki.com


マインドセット「やればできる! 」の研究

マインドセット「やればできる! 」の研究

タイトルはあれですが、この本は不登校児を教育することのヒントがたくさん詰まっています。


(3)勉強教えるのってそんなに大変なことなの?

自分の子供が、「学校で習ってないところ」を自主的に勉強する子であれば問題ありません。

後は親がどういう順番でカリキュラムをこなせばよいかわかっていれば何とかなります。でも、そのカリキュラムについても、学習指導要領がどういうことを前提に組まれているかわかってないと難しいと思いますよ。自分が生徒だった時、先生がどうやってカリキュラムを組んでるのか、どういう意図で授業をしているか考えたことある人ってそんなにいないですよね。単に教科書を前から順番にやっていると思ってた人も多いと思いますがそんなことはないんやでって話とかね。

これもよくわかってないひとほど馬鹿にしがちですが日本は特に小学校・中学校までのカリキュラムはかなりレベル高いんやで……。

とかまぁほんとにいろいろ言いたいことがあるけどこんなんブログ記事で書くことじゃなかったああああああ。

「学校なんてやめてもいい」と無責任に煽る大人の声に耳を貸さず、自分の子供のことは親が真剣に考えてあげてくださいお願いします

自分の商売のために若者は大学なんて行かなくていいと煽っていたイケハヤやはあちゅうは自らは名門私立高校に通い、大企業に就職して十分に知名度を稼いでから独立しているし、彼らは普通に自分の子供は小学生に通わせようとするでしょうが、それでも商売のためにゆたぼんを支持しようとします。こういうクソみたいな人間の話に踊らされるのはまことにばかばかしいですよね。


不登校でも子は育つ ~母親たち10年の証明~

不登校でも子は育つ ~母親たち10年の証明~

この本は読んだことないけどちょっと気になる……


追記①ブコメで教えていただいた「自分の木の下で」はいいですね。ありがとうございます。
www.books-ruhe.co.jp


追記②

id:mutinomuti 学校のシステムはレベル高いからそれ維持するために地毛が茶髪やっても秩序維持するために黒塗りせなあかんみたいな言説論者じゃないことを祈る(´・_・`)

そのつもりは全くないです。伝え方が悪かったかもしれませんが、学校のシステムは素晴らしい点もあるけど、問題もすごくたくさんある、いろいろ改善されてほしいと思っています。

ただですね。この話一つとっても、本当に長々と話したいことがあります。

みなさんは学校教育における「秩序維持」を甘く見すぎてると思う。これは教師にとっての生命線です。最低限の秩序が維持されないと、教師が生徒と向き合うコストは指数的に増えていきます。なぜ保育園の先生は子供の数に対してあんなに多いのかを考えてほしいし、小さい子供を育てられている人なら容易に理解できると思います。秩序がとれていない集団と、秩序がとれている集団では本当にかかる手間が全く違います。ロボット化するのか、という批判はもちろんあると思いますが、一人一人を自由にすることは絶対にできません。 教師にとって、秩序維持は第一優先順位です。最低限これが確保できないと何もできないのです。全体が崩壊したら個人一人一人を尊重することすらできない。子供たちには理解は難しいでしょうが、規律が守られるからこそ、自由を認めるバッファが出てくるのです。秩序を破壊する人間が増えれば増えるほど自由を許容する余裕は急速に失われます。私は小学校で教えたことはないので現場をよく知りませんが、小学校低学年の先生は特に地獄だと思います。私自身が発達障碍者だからあえて言いますが、発達障害の児童が一人混じってたらそれだけでかなりしんどいと思います。

www.tyoshiki.com
聲の形 の検索結果 - この夜が明けるまであと百万の祈り

もちろん、秩序維持の必要性と「地毛」という個人の不可侵の尊厳を侵害してよいか、という問題は全然別です。私は明確に地毛が茶色なのに「見せしめ的に」強制的に染めさせるというような話は絶対に許されないことだと思うし怒りを覚えますが。

ただ、これについてはなにより親からその要請が無茶苦茶強く、生徒集客にも大きく影響する、という問題もあります。問題になったK風館は府下での偏差値50以下の公立高校。集客に非常に苦戦しており、橋下市長からの方針で統廃合などもちらついている状況だったかと思います。そこまで一律化や規律の押し付けをしなければいけないほどプレッシャーを受けて追い込まれている学校もあり、あの問題は橋下さんの方針がまわりまわってそこまで来てしまった、という構図であることも理解されてほしいです。「安易に橋下さんの学校締め付け、公立校の統廃合を応援し」、そのツケを回された学校について一切の理解を示さないというのはさすがにかわいそうだと思いました。 もちろん最大の被害は個人の尊厳を傷つけられた生徒であることはいうまでもありませんが。

なんでもそうですが、「それをやめさせるため」に何が必要か、という風に考えてほしいのです。たいていの問題は、必要なリソースを与えるか、不要なものを取り除いて現場に余裕を与えてくれれば解決することは結構あります。学校のエアコン問題だってそうです。ぶっちゃけ公立の学校は、これ以上たたいたり絞っても何も出せないところまで来てるところ多いと思います。学校自身ではどうにもならないくらい締め付けておいて、学校が十全に対応できないことについて過剰にバッシングをするのは、悪意と情報不足の差はあれど「大津市の事故で、幼稚園児の引率をしていた園長を責めるマスコミ」に近いものはあると思うのです。

わたしのようにもう学校やめてしまった人間からすれば気楽に言えますけど、今でも現場でがんばって働いてる教師はうかつに何も言えないので現場の声って全然届かないし誤解されてる点が多いなって思うので。もはやよその話なのに、教育問題に関してのはてなブックマークの単純化された、現場を無視した言説を読むといまでも胸が痛みます。どうして、あれだけブラック企業に対して怒りを示せる皆さんが、学校教育に関してだけは「行政が悪い」「トップが悪い」という風にならないのでしょうか。どうして学校全体の問題が、現場の教師の問題にされてしまうのでしょうか。これではあまりにも救いがない。 私はもはや過去の同僚から話を聞くしかできないので高校しか知りませんが、二年前、多くの学校で若手の教師がガンガン耐えきれずに辞めていき、派遣でそれを穴埋めするという状況がありました。もうかなり限界来てるよ…

id:font-da 規則による秩序維持以外に場を作る方法がない、という信念が学校という場を支配しているのも結構しんどい話だとは思う。少人数制への移行はついぞ実現しなかった。もちろん個々の先生の頑張りはあるとしても。
id:sato_taro「秩序維持が大事」とそのしわ寄せを生徒に押し付けても仕方がないと主張されても同意はできない。

とてもよくわかります。私も現状はこうだけど、この状態が良いとは私も全く思っていません。最近は国も「生徒の自主性に任せる」という観点からアクティブ・ラーニングの導入を推し進めようとしています。そもそも「講義型」であれば民間委託や映像授業を取り入れてもよいのではないかという審議もされています。部活指導員に関しては民間委託が可能になったりと少しずつ解放の流れにはなっています。ただし、今のところは名門私立校や、一部の名物教師の成功例があるのみでまだまだ課題は大きいと感じています。偏差値50以下の公立校では逆に秩序維持や内申点などによる管理が行き過ぎて、最近は無気力な生徒が増えていることも問題となっているそうです。 こういう話もとにかく現状を正しく知ってほしいと意義のある議論になっていかないと思うし、いろんなことを取り組む際に一番の土台となる教師が疲弊しきっていて新しいことをできない。新しいことをやるためには何かを捨てる覚悟が必要、という段階にきていると考えています。

なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか

なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか

私としてはこの本で書かれている内容などをもとに、これからの授業が「生徒の自立を促す」ことで教師の負担を減らす方向にシフトしていってほしいと思いますね。そのためには、保護者の方の理解がすごく重要になってくると思ています。

id:oriak 良い記事だし前半は賛同するが、だから学校へ行くことが最善でありそれを目指すべきだというのは肯定できない。学校の維持のために個人が潰れても仕方ないというのは潰される側からしたらたまったものではない

もう収集つかなくなってきたのでこれで最後にしますが、学校が行くことが「すべての人にとって」最善とは言ってません。個人がつぶれても仕方ない、なんてことは全く言ってません。代替手段はすでにいくつかありますがもっと増えていってほしいと思っています。ぶっちゃけ既存の仕組みで今後さらに重要度を増すであろうプログラミング教育とか英語教育あたりは難しいでしょうしね。 ですが、ホリエモンなどの有名人が安易に既存の学校システムを否定し(というかホリエモンが運営に関与されている学校に誘導するためでしょうが)、それに乗っかろうとする人が増えているのが気に入らないという気持ちは強くあります。まずもうちょっと既存の学校システムを、問題点含めて理解してほしいと思っています。

*1:自分は大したことのない人間だったからあまり言えないけれど、わかったような口ぶりで軽々しく学校批判をしてるはてなのみなさんにはたいていの教師が、能力もリソースも足りない中どれほど頑張って子供を育てようとしているか、を一度ちゃんと考えてほしいと本当に思う。ほんとクソみたいな教師もたくさんいるからなんともいえないのがもどかしいけど、全然割に合わないレベルでみんなめっちゃ頑張ってる。とにかく、非効率の地獄と、過剰な労働に加え、頑張ってもだれも褒めてくれずむしろ無理解な親から責められ続ける教師の不登校(精神を病んで退職・休職)問題だってちゃんと議論してほしいよ……。