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「がっこうぐらし!」を読み返しながら、「最低限絶対に必要な多様性」について考えてみた

学園生活部心得 第四条
部員はいついかなる時も互いに助け合い、支えあい
楽しい学園生活を送るべし。


がっこうぐらしについての感想は昨日書いたけど、

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数日前に「多様性」に関する話題にちょこっとだけ触れたので
そのつながりでもう一度「がっこうぐらし!」を読み返して感想を書いてみる。



その前に「4つの人材」の記事を紹介しておきます。

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地域活性には4つの欠かせない人材の要素があります。

1.わかもの
2.よそもの
3.きれもの
4.ばかもの

こうした人材を受け入れて、活かす事が出来る土壌が必要なんですよね。

地方は活性化するか否か マンガでわかる地方のこれから

地方は活性化するか否か マンガでわかる地方のこれから

  • 作者:こばやしたけし
  • 出版社/メーカー: 学研プラス
  • 発売日: 2015/10/20
  • メディア: Kindle版


ある基準では「足手まとい」な人間も、実際には必要になるときもある。
その基準として、この4つの人材のイメージはシンプルでわかりやすいのでぜひ覚えておきたいところです。

「わかもの」も「よそもの」も「ばかもの」も切り捨てて、きれものばかり求めたところで
2:6:2の法則じゃないけど、チームって自然と一定の役割に分かれていくと思うので。



生存ギリギリの状況において、それでも「足手まとい」を切り捨てることなく最後までみんなで頑張ろうとする話

この作品で登場するメンバーは上の4つの人材に割とすんなり当てはめられると思います。
つまり、みんながみんなお互いにとって必要な存在なんですね。

(1)最初はユキが一番足手まといだった(ばかもの)

この作品は、アニメで放映された部分までで言うと、ユキが足手まといになっている。

ゾンビに包囲され、生存ギリギリという状況において
現実を直視せず、妄想に逃げ込んでいるユキは
実務的なところではあまり役に立たず
夢見がちなことを言い続けたり、生存に関係ないことをやろうと言い出して
周りの人間に余計な負担をかけている。

しかし、周りのメンバーは、そういう絶望的な状況だからこそ
むしろ彼女の態度は精神的に助けになっている、と評価していた。


実際に、極限状況でこそ「精神のケア」は非常に重要である。
それをゲームデザインに取り入れているゲームもある。

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実際この作品では要所要所でチームが精神的に崩壊するのをユキが救う。
おそらく、途中でユキを「足手まとい」だとして切り捨てていたら
その場では効率が良かっただろうけれど最終的に生き残れなかったと思われる。

(2)次にくるみが感染して足手まといになる(特攻隊長=わかもの)

くるみは足手まといというか、「ゾンビ感染者」なので
本来であれば危険度からして絶対に許容できない存在である。

くるみもそれがわかっているから、自ら仲間のもとを何度か離れようとする。


しかしこの作品では、彼女を殺したり見捨てたりせずに最終局面まで連れていくことが
全員生存のための必須フラグである。


(3)一番頼りになると思われていたりーさんも途中で崩壊する(管理者=きれもの1)

悠里は一番しっかりもので途中まではリーダーシップをとっていたが
学園でのヘリ墜落時に心が折れてしまう。

判断ミスの連発、現実逃避、ネガティブ思考の沼にハマるなど
いろんな意味でチームを停滞させたり、危機に引きずり込んでしまう。

しかし、チームメンバーは誰もりーさんを切り捨てようとはしなかった。
もう駄目かと思われていたりーさんは、最後に非常に重要な役割を果たしてくれる。

(4)みーくんはほかの人間のケア優先で自分をおろそかにしていたせいで、終盤に地雷を踏んでしまう(よそもの)

元々みーくんは後からチームに参入した存在である。けいおん!でいえばあずにゃん的ポジション。

なので、なじみ切れないところもあってりーさんと対立したりすることもあった。
途中からは誰よりもチームに貢献しようとしていたししっかりものであったが、
それゆえに、自分の足元がおろそかになっており、終盤に致命的なミスをやらかしてしまう。

当然だが、このころになると、もはやチームメンバーは「みんなで一つ」が当たり前になっていた。


(5)りーさんが崩壊した後、「きれもの」として椎子さんがチームを支えてくれた

とはいえ、「切り捨てない」ことが正しいというわけではない。
実際問題、りーさんが崩壊した後、4人だけでは手詰まりになっていたと思われる。

幸いこの作品では途中から椎子さんという存在がりーさんの代わりにチームを率いてくれる。この椎子さんがいなければ、絶対にゲームクリアはできなかっただろう。このせいで「4人の物語」としての純度は下がってしまっている。


しかし、それでも、もし学園生活部が途中で誰かを切り捨てていたら、やはりクリアできなかったであろうという点は変わらない。みんな誰一人欠けても旅は続けられなかっただろうと思わせてくれる。そんな話だった。


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「がっこうぐらし」10巻


この作品では、途中で「生存のために足手まといは切り捨てる」という思想も描かれている

6巻で登場する、シェルターに閉じこもっていた「ワンワン放送局」の人たちや

7~9巻で描かれた聖イシドロス大学(過激派)の人たちである。

この思想は必ずしも間違いだったというわけではないが、本作では否定的に描かれている。


「何が必要か」がわかってない状態で、必要であるものを決めて
それ以外のものをすべて切り捨てようとした集団は、非常にもろかった。

(まぁそれにしても、この7~9巻はあっさりしすぎててちょっと物足りなかったかなと思いますが)


「多様性」が求められるのは、「何が正解かがわからないから」である

本当に何が正解なのかがはっきりしてるのであれば、

リソースが少ない状況で、足手まといを切り捨てるというのはありうると思う。

でも、「現状維持」だけではダメな状況において、

いろんな方向性・可能性を残しておかないことはかえって危険である。

また、「チームにとって有用でなくなったらすぐに切り捨てられる」という恐怖は

メンバーを萎縮させたり離反者を出現させて結局組織を維持するのが困難になる。


多様性を守ることは、「メンバーの心理的安全性」を守ることにもつながっているといえる。


がっこうぐらしは「足手まといを切り捨てるという方法ではたどり着けなかった結末」を描いている

この作品の原作者は「ニトロプラス」というエロゲーメーカーの人です。

私はエロゲー大好き人間なので、この作品を読みながら脳内でフラグ管理みたいなことをやってました。

「ここで〇〇を切り捨ててたらここでゲームオーバーになるな」とか。

「ここでくるみを引き止められなかったらバッドエンド確定だな」とか。

逆に「ここでイシドロス大学のメンバーに同調しても終わるな」とか。

この作品の終わり方は、いろんなバッドエンドフラグを、チームメンバーで協力することで回避し、

少しでも長く前に進もうと地道に一歩ずつ進んでいった結果なんですよね。

そういういろんな可能性を飲み込みながら、自分たちの選択を大事にして最後まで到達した学園生活部のみんな、本当にお疲れさまでした。

がっこうぐらし! コミック 1-11巻セット

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  • 作者:
  • 発売日: 2019/01/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


それにしても、わたし「がっこうぐらし!」かなり好きだったんだなぁ過去記事検索したら結構記事書いてたわ。

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