「彼氏彼女の事情(通称カレカノ)」という作品がある。
これはあれは軽いセルフネグレクト状態の女性がガチのセルフネグレクト状態の男子と出会って恋愛するというお話だった。
カレカノの二人はスペック高杉晋作状態であり、心が荒んでいようが周りに人が集まっていて助けてくれたし、心の持ちようが解決したあとは理想のカップルとして自他共に誇れる存在になっていた。
「上方向に理想化された」セルフネグレクト男女の恋愛という感じか。
なお、カレカノからセルフ・ネグレクト要素を除きラブコメ要素を足した「俺修羅」なんていう作品もあったなあなどと懐かしい気持ちになる。
それから「ヤマトナデシコ七変化」「君に届け」「砂時計」「となりの怪物くん」「青空エール」「俺物語」のような作品がヒットしたりもしたが、
・これらは片方の自尊心だけがやたら低い
・恋愛方面の評価が低いだけであとは自信を持っている
・ギャグテイストでセルフネグレクト要素が中和されている
など、あまりセルフ・ネグレクト要素をむき出しにしないように工夫している作品が多かった。
そんな中で、この幸色のワンルームという作品はカレカノと真逆で「下方向に理想化された」セルフネグレクト動詞の恋愛を描いた作品になっている。
両者がそれぞれ自分をセルフ・ネグレクトしている要素をむき出しに描写し、他人を信じられず、ヤマアラシのジレンマみたいに刺々しく接し合う光景を描く。
それは良いのだがセルフ・ネグレクト同士の恋愛というのはやはりテーマとしてかなり無理があったようだ。
結果として誘拐犯(ハル)くんと、さらわれた少女(***)の二人だけの間は全く物語が動かない。動かせない。ただただ作者のオナニーポエムを見せられてるだけの印象で死ぬほどつまらない。リアリティも皆無。
そこで仕方なく、3巻の終わりに「松葉瀬聖さんと八代涼太郎」という探偵コンビが出てくる。
ここからはきちんと物語が動くようになるのだが、結果として、探偵コンビがいろんな問題を受け止めて、解きほぐして、解決策を示してくれるという介護みたいな作品になっている。
「セルフ・ネグレクト状態に陥った人間同士では、カレカノくらいスペックが高くないければ他人の献身的な介護なしでは恋愛なんてとても無理」というのを見せつけてくるという、かなり残酷な作品ではないだろうか。
幸色のワンルーム 9巻 (デジタル版ガンガンコミックスpixiv)
- 作者:はくり
- 発売日: 2021/05/21
- メディア: Kindle版
セルフ・ネグレクト状態に陥った人間は、このくらい丁寧に介護してもらわない限り恋愛なんてできない
途中で登場する松葉瀬聖さんが有能すぎるというか、ものすごく都合の良い存在過ぎる気がします。
軽いデウスエクスマキナ感ある。
・母親から人探しの依頼を受けて、一度***の部屋を観に行っただけで***が虐待されていたことに気づく。
・あっさりとハルくんと***が逃げた場所を突き止める。
・警察や母親に知らせず、警戒心MAXの二人の懐に飛び込んでできてくれる。
・***と似たような境遇であったことから***に心を開かせることに成功する。
・二人のこじれた関係について大人としていろんなアドバイスをしてくれて解決に導いていってくれる。
「これ、本来誘拐犯であるハル君が頑張ってやるのが物語の筋なんじゃないかな……」って思うんだけれど……。
私は最初から主人公二人に対してはほとんど感情移入が出来ず松葉瀬聖さん視点で読んでたからいいんだけれども、この作品が好きな人って誘拐犯とさらわれた少女に感情移入してたはずだよね。
ここまでおんぶにだっこだと、疎外感感じないかな?
客観的に見たら、ハルくんや***の努力は1に対して松葉瀬聖さんの努力が9みたいな感じになってるんだけれど、それで納得できる感じなの?
現実においては、子供が大人の力を借りて問題を解決するのはとても正しいのだけれど「誘拐犯と***を主人公とした物語」としてみた時にカタルシスが全然ないのでは?と思ってしまった。
ただ、このくらいふたりとも深刻なセルフ・ネグレクト状態にある以上、自分たちだけではどうしょうもないと思われる。
最初の方無表情か作り笑いのどちらかしかできなかった「***」が
途中から(主に悪い方向に)表情豊かになっていく期間を経て
9巻では心からの笑顔を見せるようになるという変化はベタベタだけどやっぱりいいなと思ったのでこれはこれでいいのかな?
そういうわけで、本作品は周りにちゃんとした大人がいて、ちゃんとした手助けが得られた「娘の友達」っていう感じの作品ですね。
ただ、さいごまでそれだったらほんとにダメだと思うんだけれど、9巻まで来て、ようやく物語が主人公二人の手に戻ってきたように思います。
10巻では、誘拐された女の子である「***」が、自分にとって大事な存在であるハルくんを護るために自分を虐待していた母親と向き合う、という展開になるようなので、ここからが本番なのかな。10巻か11巻で完結すると思うので、完結後に機会があったら読もうかなと思います。
余談ですが、ハル君の「***」に向ける感情、私が一時Mさんに向けてた感情とそっくりで同族嫌悪が凄い。