頭の上にミカンをのせる

もうマンガの感想だけでいい気がしてきた

そもそも「〇〇して何が悪い」とかいうやつと会話したくない。「それを言う人が他人にも寛容」ならともかく、実際は自分に甘いだけのケースが多すぎる

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「〇〇して何が悪い」は一見するとシンプルな問いかけに見えるけれど
実は非常に巧妙で問題の多い議論の手法ですよね。

この論法は、建設的な対話を妨げ、相手を不当に追い詰めるための詭弁として機能することが多々あります。


なので、この論法の問題点をちゃんと認識した上で
この言葉を使ったやつをネチネチとおいつめる方法について理解しておきましょう。



1. 「〇〇して何が悪い」は最初から論点のすり替えと本質的な問題からの逸脱をすることによって批判から逃げようとしている→付き合わずに元の論点から逃がさないのが大事

この論法の最大の欠点は、議論の焦点を意図的にずらす点にあります
例えば、「遅刻して何が悪い」という人がいたとして、批判されているのは遅刻という行為が「悪」だからではなく、それによって他者に迷惑がかかる、会議が滞る、信頼が失われるといった具体的な影響です。

もっとわかりやすく言うと、責められているのは個人の行動です。

にもかかわらず遅刻の是非という抽象的な問題に逃げようとするのはその時点でカスです。このように主語を極端にでかくし、さらに二元論を迫ることで自分への批判をうやむやにするというのは一時期イケダハヤトが多用しまくっていましたね。

いうまでもなくほとんどの事柄は白か黒かで割り切れるものではなく、状況や文脈によってその評価は大きく変動します。この単純化によって、複雑な問題の本質が見えにくくなり、深掘りした議論ができなくなります。

この言い分は最初から「個別具体的な話をうやむやにしたい人間が使うくそ論法」です。なので、入口時点で、こういう論法は禁止しますと最初から言っておく必要があります。



これだけでもダメダメなのに、この論法はさらに問題が多い。


2. 相手に不当に立証責任を押し付ける上、いくらでもごまかしがきくので相手に無限にコミュニケーションを背負わせようとする態度。つまりこちらのことを舐めている → 「舐められたら◯す」の室町武士マインドを持とう

「〇〇して何が悪い」という問いは、相手に不当な立証責任を押し付け、効果的な反論を困難にさせます。この論法を使う側は、自分がしている「〇〇」が「悪い」と相手に証明させるよう要求します。しかし、前述の通り、批判の本質は「悪」の証明ではなく、具体的な問題点の指摘です。にも拘わらず、これにまともに付き合うと本来の話の筋とは異なる「〇〇がなぜ悪いのか」という抽象的かつ証明しにくい問いに答えることを強いられます。


さらにいうなら、これは「ストローマン(藁人形)論法」でもあります。
繰り返しになりますが、責められてるのは個人の具体的な行動です。にもかかわらず、勝手に相手が実際には言っていない、あるいは意図していない極端な主張(例:「〇〇すること自体が悪である」)を相手が言っているかのように見せかけ、その「藁人形」を攻撃することで、自らの主張を正当化しようとします。これにより、相手は自分が作り上げた虚像との戦いを強いられ、真の反論ができなくなります。



救いようがないのが、この手の連中はこの論法が有効だと思ってることです。当たり前ですが「何が悪いのか言ってみろ」というのはただの開き直りにすぎません。ところがネットだとこういう態度をとったときに相手が即座に明快な答えを出せない場合、「ほら、やっぱり悪くないだろう」という形で自身の優位性を主張したりします。これは、相手を沈黙させたり、感情的に動揺させたりするための心理的な圧力となります。



この2番目の目的ではMさんがこの論法を非常に好みますね。彼は意図的にやってるわけじゃなく全部が他責志向なので、こうやって他人に責任を押し付けて自分の現実から目をそらしているだけです。



この論法を堂々と使うやつは困った状況になった時に必ずと言ってよいほど責任を取らずに逃げます。この表現を使っている時点ですでに信じる価値がないです

上の2点からわかる通り、この論法の目的はそもそもが健全なコミュニケーションを破壊し、人間関係や社会の分断を招くことです。

イケハヤのような煽り屋がもともとは多用していたものが、ネットで市民権を得てしまっただけであり、まともな人間関係においてはただひたすらクズのムーブです。

本当にそれが悪くないと思ってるなら、いちいちネットでこんなことを言わずに自分でやって間違ったら責められたらいいんです。でもこの表現を使うやつはほとんどの場合、他人を煽るためか、あるいは責められる立場になってから開き直りのように言い出すのです。



「〇〇の何が悪い」論法を見かけたら、露骨な話題そらしに付き合う前にこの論法の有害性を指摘し、「〇〇論法で逃げようとしている卑怯者」の姿をあぶり出したうえで具体的なクソぶりをネチネチと詰めていくべきだと思います

本来、議論の目的は問題点を特定し、より良い解決策を見出すことです。しかし、この論法を使うやつがいると問題の本質から目を背けさせるため、建設的な議論や問題解決への道筋が閉ざされてしまいます。

当然相手の意見や懸念を真摯に受け止めず、詭弁で退ける態度は、相手への敬意を欠く行為なわけで、これにより、相互理解や信頼関係が損なわれ、円滑なコミュニケーションが困難になります。

この論法が横行すると、「〇〇」という行為に対する批判自体が許されなくなり、その行為が持つ負の側面について深く考える機会が失われます。結果として、思考停止を招き、特定の価値観や行動に対する偏見が固定化される恐れがあります。


というわけで、「愛国心をもって何が悪い」についても簡単に

上記の要素に加えて、さらに以下の条件を加える。

・仮に「愛国心を主張する奴はネトウヨ」みたいな言説が強くてうんざりしていた人が多いという事実がある
・愛国心を持つこと自体は悪くない


そうしないと「そうはいっても左翼の連中が愛国心バカにしてるじゃん」「結局お前は愛国心を持つことを否定的なものだと思ってるんだろ!」という点に固執して話を聞かないからだ。


ちゃんと「その点が事実だったとしても」この論法はカスだというところまで指摘しておく。


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