20代の頃の自分はとにかく自分の感情を表に出せなかった。
自分の感情は周りの人間と比べて幼稚だと思っていたし、全体的にネガティブだったので周りを不愉快にさせてしまうとか、攻撃されてしまうという恐れがあったためだ。
「自分のお気持ちなんかどうせ他人に興味持たれてない」で開き直れれば良いのだが、「自分のお気持ちなんか、人様にお見せするもんじゃないですよえへへ・・・」みたいな陰キャムーブをしていた。
総じて自己肯定感が低いとこういう陰キャムーブになってしまう。
ただ、実際は他人にとって価値があろうがなかろうが、他人にとっては喜ばれないものであろうが、自分の感情というものは自分にとってだけは意味があるのだ。そのためなんとかして自分なりにその感情と向き合う必要がある。 この部分を誤魔化すと、自己欺瞞のループに入る。
「可能ならば」「自己肯定感がそこそこ残っている人は」自分の感情はちゃんと表に出すようにした方が良い
自分の感情を言葉にするのが苦手だけど努力してちょっとでも表現できるようになりたいと思ってる人は、まず自分のレベルをチェックしてみると良い。
レベル1からレベル10まである。
ちなみに誤解がないように先にいっておくと
レベルが上がったらその下のレベルに戻らなくなるわけではない。
誰にでもレベル1の感情は残っているし、どんなに幼稚な人でも一瞬ならレベル10のように振る舞うこともできる。
大事なのはあくまで自分のベースがどのレベルか、である。
なので、レベル1に当てはまる要素があるからといって自分はレベル1の人間だと思う必要はない。
「このふるまいは最低ランクの振る舞いなんだ」ということを自覚しておくことが必要だ。
自己肯定感が低すぎて感情を全く表に出せない段階LV1~LV3

1️⃣まず「感情そのものを否定する」「感情を出すことを冷笑する」みたいな態度をとるやつが一番感情を出すのが苦手なタイプだ。
ひろゆきを信奉するような輩である。
この手の人間の特徴はどういうものであれ「感情的になったら負け」「感情を出さないことを勝ち」とみなす価値観を隠そうとしないことだ。
このような人たちは、自分が一番コミュニケーションのレベルが低いということをまず認められないと一生自分の感情を表に出すことができない。他人をdisってtwitterでいいねを得ることはできても、自分自身を認められることはない。
彼らの冷笑的な姿勢は、感情を表に出すことができる人間への反発以上の意味を持たない。そこには論理もクソもない。まぁこういうやつに限って論理に頼るわけだが、そういうお粗末な論理の使い方をしている時点で論理的思考ともっとも程遠いということを自覚しなければいけない。

2️⃣鹿乃つのなどのわかりやすい炎上案件に延々と絡んだり、あるいはれいわや参政党信者をやってる方々が該当する。
この人たちがひろゆき信者の次にくらいに感情を出すのが苦手な人種である。
この手の人間の特徴は、他人の落ち度は一生懸命騒ぐし、他人の感情は指摘するが、普段は分の感情を語らないことだ。
基本的に「他人の感情をコピーしたり」「大多数の感情に憑依する」ことしかできない。
炎上している人に言及するときに「大勢に混じって石を投げる」ときだけは饒舌になるが、それでも自分の感情は述べない。
最もTwitter中毒になっているのもだいたいこのタイプだ。「自分の感情に向き合う勇気も、自分の感情を出す勇気もない」が、自分の感情自体は自覚しているので、とにかく自分の感情を代弁してくれる人を探す。
唯一感情を出すのはいじめ自殺事件のように「絶対的な悪」みたいなのを見つけたときだけであり、このときに過剰な表現を使う事が多い。普段感情を出さない分、感情の制御の訓練ができていないのではないかと思われる。
SNSに最も依存しがちだが、最もSNSをやってはいけない人種である。
はてブ民がよく自虐的に自称しているがまじで「ダンゴムシ」という表現がよく似合う。
恥ずかしながら私はかつてこのレベル2の要素が非常に強い人間だったし、今でも時々レベル2のモードが継続することがある。
だからレベル2の人間が同類だと思って寄ってきやすい。ただし私はレベル2だけの人間ではないので、このレベルがメインの人を同類だと思っていないし、その人達と親しくなりたいとも思っていない。

3️⃣ちゃんと自分の感情を出せる程度には成熟しているが、自分の感情をコントロールしたり、他人に合わせようという意思が弱いタイプがここに該当する。
自分の幼稚な感情をそのまんま他人に受け入れてもらいたいと思っており、なんなら年齢不相応の幼稚な振る舞いをあえて行う場合もある。
基本的に自分の感情をコントロールできるという自信がなく、自分の感情は他人の態度によって左右されると思っているので、嫌なことがあったら駄々をこねて拒否するか逃避する以外の選択肢を持っていない。
基本的にはネガティブな感情を嫌っているのだが、自分自身がネガティブな感情を持ったときに抑制できないため自分の感情におそれを抱いている。
「やさしい世界」の中にさえいれば善良でいられると信じており、それ故に世界がとても狭く、自分にとって都合の良い人以外を拒絶するので世界が広がりにくい。
私が大学のときに挫折を味わい、いろいろと疲れ切って引きこもっていた頃にこの状態だったと思う。やさしいもの以外が受け入れられなかった。なので、この人たちの気持ちについ共感したくなるが、この状態は他人に依存しまくっている状態で持続可能性がない。
一時心を休めるためにレベル3の状態になるのは良いが、この状態を理想だと考えててずっとこのレベルのままとどまろうとしている人間はとても危険なので距離を取った方が良い。
自分のことを振り返ってみると、レベル1から3までの人間は他人とまともにコミュニケーションが取れない。他人に依存した人間関係であった。「友達」と対等で持続的な関係を作ることは困難である。
ようやく対等に人と付き合い始める準備ができる段階


とまぁこんな感じで明確にレベルの差があるわけだが。今回はそれが目的ではないのでここまで。 (レベル6~レベル10は有料部分にて簡単にだけ説明する)
ここまでは実は前置きで、本題はここから
さてここまで長々と書いたけれど、ほとんどの人はこう思ったはず。

こういう感じで自分と向き合って、一歩ずつ成長できる人はまだいい。でも、できないよね?レベルが低ければ低いほど、上に上がる気力がわかないよね?
仮に自分がレベル2とかレベル3だと受け入れたとして、それを今から頑張ってレベル4とか5を目指せと言われて素直にそうできるだろうか。
別にサボっててそうなったわけじゃなく、発達障害とか、家庭環境とか経済状況とかいろんな事情があるのに!
そもそも、今から頑張って普通になったところで他人とは一周も二周も遅れているし、そこまで頑張ってもよくて人並み、さんざん努力して人並みよりちょっと劣った人間として扱われるだけじゃないか!
しんどい割に全然報われない、そんな努力をするのは嫌だ!
そう思わなかっただろうか?
少なくとも私はそうだった。
少なくともレベルが低かったときに「がんばって1つずつできるようになろう」「レベルアップしないと他の人の迷惑になるから頑張らないと」なんて思わなかった。
そんな殊勝な考えは一切持っていなかった。
じゃあ私はどうやったか。
種明かしすれば3行で語れるくらいすごい単純な話だけど、意外とやってない人が多いので、かつての私とか、上に書いたレベル1~3の記述が刺さってしまったという人にとっては結構大事なライフハックかなと思う。
何歳になってからでも新しいことに挑戦しようとする人は、この考え方は絶対持ってた方が良い。
というわけですごい情報商材っぽい煽りになってるけど、だいたい皆さん私が何を書くか想像つくと思うし
もったいぶるつもりはなくて、普通にサブスクやってくれてる人は読めるようにしてるので続きどうぞ。