頭の上にミカンをのせる

もうマンガの感想だけでいい気がしてきた

加害性という言葉は、人類が使うにはまだ早すぎると思う

タイトルで出落ちなので10分で書き終えて終わりにする(14分かかりました)




みんな、自分の好みの性癖には寛容だ。 寛容どころか他の人から問題がある行為が描写されていても勝手に好意的に受け取る

デンジの性欲を軸に物語が進んでるのはその通りなんだけど、デンジの欲望って「可愛い女の子と好き同士になって触れ合いてえ〜」みたいなすっごい素直な感情で、「女を屈服させたい」とか「イケてる女を侍らせて他の男を見下したい」とかいう加害性が少ないからあんま不快感がなくてすごい
バトルシーンでは躊躇なく暴力性を発揮させた上で、その感覚が性欲とかコミュニケーションとはパキッと分かれてるのすごいバランス感覚だと思う
「この暴力は戦いに勝利するためですよ」「相手をいたぶる事に欲情を覚えるわけではないですよ」ってのが真っ直ぐ(或いは対比的に)描かれてて小気味良い
映画になったら血飛沫も悲鳴も倍増してよりバイオレンスになってはいたけど、それでもデンジは「週刊少年ジャンプ」の主人公だった チェンソー様最高~~!だった🦈🦈🌊

映画観た後に深く考えずに書いたけど、「よっしゃーッ!この力があればどんなに嫌がる女でもブチ犯して支配できるぜ!」みたいな加害性ゴリゴリの性欲で動く姿は想像しにくいんだよな 少年漫画としてのさじ加減が上手え〜


このツイートが賛否両論なのですが

今回はこのツイートの是非を論じることが目的ではないので、気になる人は自分で見てもろて。




この人がデンジの性癖を好ましく思うのは、この人が「女性優位が大好き」「男性の尊厳破壊を見るのが好き」という性癖だからにすぎず、そこに客観性はない

こういう状況で「加害性」という言葉を使うのはあまりにも危険すぎる






人がどのような性癖を持っていようが自由だが、ただの1つの選択肢に過ぎない自分の性癖を肯定するためだけに、自分の性癖にあわないものを指して安易に「性的搾取」とか「加害性」みたいなレッテルを貼る行為は自分の性癖を否定される理由を作るためリスク・リターンが合わない

ぶっちゃけると「これは愚かな行為であり、慎まれるべきである」(業界用語や現場での打ち合わせ用語を一般的な語彙としてそのまま使うなという話)だけで済ませても良いんだけどもうちょっとだけ説明する。


このスタンスで生きていきたいなら「加害性」という言葉を一般のSNS上で使う際は細心の注意を払うべきだと思う。

つかうなとまでは言わないが、一度発したらもう「私には私の、貴方には貴方のデンジ像で生きていこう」だけでは済まなくなる。

「自称キモ女」界隈はオタク特有の酔っ払いハイテンションで発した言葉は何でも許される・・・みたいな風潮あるがそんなわけはない。



やっぱり今センシティブな話題についてここまでうかつな発言をすると「個人の自由でしょ」が通じなくなる。


そのリスクはは覚悟して使うべきだ。(批判に合う覚悟がある人が使う分には自由にしたら良い)




ちなみに私は基本的に批判する対象について、まずは善意で解釈するようにしている。Mさんのクソ発言ですら一旦は善意で解釈する。



この場合、たしかにデンジが持つ「女性の胸を揉みたい」といった欲望は、社会的な規範から見れば軽率なものと見なされることはあっても、「他者に害を与える意図」とは異なる。

だから「デンジの欲望は、他人を支配したり、傷つけたりする悪意に満ちたものではない」ということだったとかそういう事がいいたかったのだろう。



それはわかる。






しかし、その意図を伝えるために「加害性が少ない」という言葉を使ってしまったことで

同時に「他の作品は加害性が多い」ということを表明してしまい、かえって言葉の持つ危険性や弊害が露呈してしまった。

言葉は、使う人の意図だけでなく、受け取る側の解釈によっても意味合いが変わってしまう。

特に「加害性」のように強い言葉を使う際には、その言葉が持つ本来の意味や、相手に与える影響を慎重に考える必要がある。




ものすごくわかりやすく言うと




「加害性」という言葉はあまりにも攻撃力が高すぎて個人のオタクが制御できるような言葉じゃないので、安易に使うなってことだ。



特に女オタク界隈はすぐに大げさな表現を使いたがる印象があるが
自虐系の言葉はともかくこの言葉はメリットが少ない割にデメリットが大きすぎるからまじでやめとけと余計なお世話を言いたくなる



www.tyoshiki.com



そもそもこれ太田弁護士にのときにも言ったけど「環境セクハラ」とか「性的搾取」とか「加害性」という言葉を安易に使うのはバカのやることだからね

www.tyoshiki.com



「加害性」という言葉は本来、他者に物理的・精神的な害を与える行為や性質を指す、非常に重い言葉です。しかし、この文章のように、単に「不快に感じる欲望」や「支配欲」といった感情的な部分にまで拡大して使ってしまうと、言葉本来の意味が薄れてしまいます。結果として、本当に深刻な加害行為が起きた際に、その言葉の重みが伝わらなくなる恐れがあります。


それ以上に問題なのは、基準が非常に曖昧なため、恣意的なレッテル貼りに簡単に利用できてしまうということです。「少しでも不快に感じる欲望=加害性」と恣意的にレッテルを貼ることが可能になります。そうなると、誰もが持つ自然な欲望や、多様な人間関係のあり方までが「加害性」として非難の対象になりかねません。例えば、「誰かと親密になりたい」という欲求ですら、相手がそれを不快に感じれば「加害性」だとされてしまう可能性が出てきます。「愛国心」「ネトウヨ」とかの言葉と同じであり、このように恣意的な基準でレッテルを貼ることを用意とする言葉が市民権を得て、安易に使われるようになると何をもたらすか。 特定の対象に対して加害性という言葉をはることで自分の性癖をゴリ押しし、自分の性癖に合わない表現を排除しようとしたりして、簡単に暴走することは今のSNSの状況を考えると容易に想像できます。

その結果起きるのが「対話の阻害」「分断の促進」です。「加害性」という言葉は、そのレッテルを貼った時点で相手を一方的に非難し、悪者として断定する強い響きを持っているため、この言葉が使われた時点で宣戦布告と同じような効果を発揮してしまいます。SNS上では社会的にすでにそういう文脈を持っていると思われます。そのため建設的な議論や対話が難しくなり、感情的な対立に発展しやすくなります。

そのため「お互いに敵ではない」「この言葉はこの場ではこういう意味に限定して使う。決して相手を否定する意味では使わない」など、お互いに信頼が醸成されているメンバーの中で、言葉の使い方を明確に定義した上でないともはやまともに使えない言葉になっていると感じます。







つまりKAI-YOUの記事を書いた人間はクソ

少なくとも吉田さんはその言葉を使わなかったのに、わざわざタイトルに入れたのは炎上狙いだったと思われるので、今からでもタイトルを訂正したほうが良いと思います。
少なくともアニメイベントはKAI-YOUが記事を訂正しないなら次からは出禁にするくらいしてもいいくらいのチョンボじゃないですかね。