この件に関して言いたいのはこれだけです。

デマや創作話への耐性は「デマに騙されないこと」ではない。
「デマが広まるスピード」よりも「訂正するスピード」が勝っていれば全く問題ないのだ。
むりに騙されないように賢くなろう、と考える必要はない。 みんながゆっくり、おだやかに反応するだけでいい。
インターネットにおけるドーマー条件こと「ブランドリーニの法則」を意識すれば良い。
それはそれとして、興味がある人はいないと思うけど、この問題作について実際に読んで感想を述べている人がいたので一応まとめておきます。
『海のシンバル』感想:作者の感傷が透けて見える未熟な作品
https://ncode.syosetu.com/n3778gt/
正直なところ、『海のシンバル』はあまり高く評価できる作品ではありませんでした。その理由を具体的に書いていこうと思います。

1. 登場人物の関係構築が不自然すぎる
まず感じたのは、語り手(磯辺)と少女(R)がお互いを理解し合うスピードが異常に速いことです。
物語は、ラブホテルのフロント係である語り手に、客の少女が気送管(エアシューター)で手紙を送ってくることから動き出します。
この奇妙な関係が、まるで「当たり前」のことのようにスムーズに結ばれていく点に、どうしても違和感が拭えませんでした。
相手が女子高生だと知っていながら追い出さずに受け入れる語り手も、突然手紙を送りつける少女も
まるで台本通りに動いているかのように関係が進んでいきます。
その違和感は、少女が震災の話を持ち出した瞬間に決定的になります。
2. 感情移入のプロセスが欠如している
語り手の磯辺は、東日本大震災の発生時は遠隔地にいて、
震災をあくまで「テレビの向こうの出来事」として捉えていたことがわざわざ語られています。
それなのに、少女が震災の話を始めた途端、磯辺は急に顔面蒼白になり、絶句し、震え上がります。一瞬にして少女に対して全力で共感し始めるのです。
この小説には、人間関係の「積み重ね」がありません。
名前も顔も知らない状態から、手紙一つで瞬時に親密になり、震災の告白と全面的な共感まで怒涛の勢いで進んでいく。
「決められた結末」に向かって一直線になぞっているだけの構造が見え透いています。
3. 作者とキャラクターの距離感が近すぎる
この作品の大きな問題は、登場人物の背後に、一緒になって嘆いたり叫んだりしている「作者」の姿が透けて見えることです。
作者が小説世界を俯瞰できておらず、登場人物と一体化してしまっています。
だからこそ、磯辺は当事者のように全力で共感してしまうのです。
また、磯辺が絶句したことを表現するために、手紙ではなく「白紙」を送るという奇行に出るシーンがあります。
これに対して少女は何ら動じることなく、恐らくその意図を理解したような反応を示します。
登場人物同士が作者の意図に従って動き、読者を置き去りにしたまま高速で物語が進んでいく。
これは、素人の小説によくある典型的な欠点です。

4. ご都合主義な展開と構成
後半にある、被災者らしい風俗嬢のエピソードには辟易させられました。
語り手のいるラブホに来た風俗嬢が「ここは海が近くて怖い」とパニックになって泣き出し、たまたま居合わせた少女に慰められるという展開は、あまりにもやりすぎです。
遠く離れた地方のラブホで被災者同士が偶然出会うことや、
ラブホのロビーで参考書を読む女子高生という設定など、不自然な点は無数にあります。
まともな編集者がいれば、場面ごとカットを指示されるレベルでしょう。
5. 結末の唐突さと説得力のなさ
磯辺と少女の別れのシーンも酷いものでした。
少女が手紙で「震災死者の一万五千人という数をどう思うか」と問い、
磯辺が「おぞましい数だと思った」と返したことが逆鱗に触れたらしく、
少女は「数じゃないよ、命だよ」と言い捨ててやり取りが途絶えます。全く意味がわかりません。
この揚げ足取りのような、言葉遊びのような意味不明なやり取りで関係が終わり、
その後「少女は震災で亡くなった先輩の遺体が発見されたため自殺した」という情報が唐突に提示されて物語は終わります。
当然、読了後の感動など一切ありませんでした。
総評

結局のところ、『海のシンバル』は出来があまり良くない、作者の感傷ばかりが溢れかえっている作品でした。
「一五一四メートルに、帰るの?」(※被災地までの距離の意図だろうが、せめて「一五一四メートル先」等にすべき)といった台詞回しの甘さも含め、
素人小説の欠点があらゆる箇所に露呈しています。
作者はこの作品を代表作として熱心に宣伝しているようですが、
発表から数年経ってもこれ以上のものが書けていないということなのでしょうか。
いかにも若書きの、習作レベルの作品というのが私の感想です。
本来ならこの作品の感想を書くつもりはありませんでしたが、今回の騒動をきっかけに筆を執りました。
騒動によって作者への信頼はなくなり、今後作品を買うこともないでしょう。
文学フリマでは、もっと真摯に執筆活動をしている他の作家の埋もれた才能を見つけたいと思います。
今、同情も相まって称賛のような声が少し寄せられているようですが、
どう見ても高く評価できる作品ではないため、このような辛辣な批評となりました。
しかし、「読んでもらう」というのは結局こういうこと(批評の目に晒されること)なのだと思います。
作者自身が「お願いだから読んでください」と繰り返していたわけですから。
別の人の感想
読みました。僕がバイトしてたホテルはラブホなどではなくファッションホテルでした、という説明から始まるが結局ラブホ。
お気に入りのJKのためにJKがいつも売春に使う部屋の紅茶やティーカップを特別なものに変えておくラブホ従業員の主人公が気持ち悪い。
JKがそれに気づいて喜びの文通をしてくるのはファンタジーすぎる。売春と女子高生と震災をアイキャッチに使った禅問答でした。