今朝、総理官邸をバリアフリーにする改装を始めたという記事を見て
— 毬谷友子 🕊 TOMOKO MARIYA (@mariyatomoko) 2025年11月30日
辞任の考えなんか全くないのだろうなあ。と、暗澹たる気持ちです。
このツイートがいろいろと面白いことになっているらしい。



「好きだからこそ、理想を押し付けてしまう」「期待外れだと猛烈に攻撃に転じる」という現象は
非常に人間らしく、かつ心理学的にもいくつかの側面から説明がつく興味深い現象です。
あなたが挙げた「リベラルを自認する人が、自分と異なる意見を認めず暴力的な振る舞いを持ってして他人を抑圧しようとする」という例をもとに考えてみましょう。
これにはいくつかの心理メカニズムが複雑に絡み合っています。
1. 自己愛的拡張(Narcissistic Extension)
「◯◯が好き」という感情が強すぎると、対象を自分の一部(あるいは自分の所有物)のように感じてしまうことがあります。これを自己愛的拡張と呼びます。
心理メカニズム: 対象を「自分の一部」だと思っているため、その対象が自分の理想通りに振る舞わないことは「自分のアイデンティティが否定された」かのような苦痛を与えます。
なぜ否定に転じるか: 自分の分身が「思い通りにならない」ことは耐えがたい屈辱であるため、攻撃することでその不快感を解消しようとします。
2. スプリッティング(分裂:Splitting)
対象を「100%良いもの」か「100%悪いもの」かのどちらかでしか捉えられない心理状態です。
心理メカニズム: 好きであるうちは「理想をすべて具現化した素晴らしいもの(全能視)」として崇めます。しかし、少しでも欠点が見えると、その瞬間に「自分を裏切った最低のもの(脱価値化)」へと極端に評価が反転します。
特徴: 中間(「良いところもあるけど、悪いところもある」という多面的な見方)を維持できないため、否定する時は「けちょんけちょん」になるまで徹底的になります。
3. 素朴なリアリズム(Naïve Realism)
「自分は物事を客観的に、ありのままに見ている」と思い込んでしまう認知の歪みです。これは特にリベラルの人に共通して見られる性質です。
心理メカニズム: 「自分は理性的で正しい情報を得ている。だから、自由で理性的な人間なら、自分と同じ結論に達するはずだ」と考えます。
なぜ他者を認めないのか: 自分が「正解」を見ていると信じているため、自分と違う意見を持つ人は「情報が足りない(無知)」「頭が悪い」「邪悪な意図がある」のいずれかに違いないと結論づけてしまいます。
皮肉な結果: 「自由(リベラル)」を掲げながら、「自由な議論の結果、自分と違う結論が出る可能性」を想定できないため、結果として独裁的・排他的になってしまいます。
4. 偽の合意効果(False Consensus Effect)
「自分の考えや信念は、他の人々にとっても一般的で標準的である」と過大評価する傾向です。
心理メカニズム: 人は自分の意見が「多数派」であり「常識」であると信じたい欲求があります。
葛藤: 好きな対象や、同じコミュニティの人間が自分と違う行動をとると、「常識(自分)」が脅かされるため、強い拒絶反応や矯正しようとする圧力が生まれます。
5. 認知的不協和の解消
「大好きなものが、自分の理想とは違う行動をとった」という事実は、心理的に非常に強いストレス(不協和)を生みます。
解消法: この不快感を消すために、「あれほど好きだったけど、実はまがい物だったんだ」と対象の価値を全否定することで、自分の過去の熱狂を正当化したり、現在のショックを和らげようとしたりします。
まとめ
これらを一言で言えば、「対象そのものを愛しているのではなく、対象を投影して見ている『理想の自分』を愛している」状態と言えるかもしれません。
「自由」を標榜する人が不寛容になるのは、「自分の正しさを確認するための道具としての自由」に固執しているから、という側面がありそうです。
「期待は、あらゆる苦悩のもとである」(ウィリアム・シェイクスピア)
という言葉通り、愛着が「こうあるべき」という執着に変わったとき、攻撃性が生まれるのは心理的な必然とも言えます。