頭の上にミカンをのせる

もうマンガの感想だけでいい気がしてきた

「星霜の心理士」のリアリティ批判について、小学館及び作者の姿勢はどうあるべきだったかを考えてみる

※あらかじめ言っておくと、この記事では「性犯罪で刑事罰を受けた人が、漫画家として社会復帰することの是非」みたいな話はメインではやりません(一応有料部分だけでやります)


小学館のアプリ「マンガワン」で連載中の『星霜の心理士』が話題になっていたので最新の22話まで読んでみた。

本作は、かつて週刊少年ジャンプの人気作『アクタージュ act-age』を執筆していた原作者が、筆名を変えて再出発した作品である。



物語は、現代の臨床心理士が中世風の異世界へ転生し、過酷な戦いの中でトラウマを抱えた勇者パーティーなどをケアしていくという設定となっている。




エンターテインメントとしては一定の評価を得ている一方で心理学の専門家や学習者からは「実務との乖離」を指摘する声が絶えない。

今まではスルーされていたが、原作者の事情を考えると、単なる「設定の甘さ」ではなく、エンタメとしての利便性と、専門職としての倫理・誠実さ、について考える題材として面白いと思う。



私は結構この作品面白いと感じており、被害者の方の意向次第ではあるが現時点では連載を中止すべきとは思っていない。

然るべきプロセスを経た後に今後連載が再開された際は、しっかりとした監修の元で作品を描いていってほしいなと思った。




専門家が指摘している「リアリティ」批判のポイント

私は1番目は描写不足程度の話だと思うが、2番目がちょっと問題だと感じている。

1 専門職の権限と実務の不整合

現実の日本における「医師法」や「公認心理師法」では、心理職と医師の役割は厳格に峻別されている。

本作の瑕疵は、この法的・倫理的境界線を無視している点にある。

1️⃣「診断」という医行為の侵害
医師は医学的見地から病名を確定させる「診断権」を持つが、心理士にはその権限はない。

心理士ができるのは対話やテストに基づく「見立て(アセスメント)」と仮説の提示までである。

作中の主人公が病名を断定する描写は、明白なルール違反である。

2️⃣守秘義務と心理的契約の崩壊
心理職にとって守秘義務は信頼関係の土台である。

しかし本作では、物語の都合上、クライアントの秘密を「王」や「上司」といった権力者に安易に漏らす描写が見受けられる。

これは専門職としての倫理的葛藤が皆無であることを示しており、プロの視点からは「支援の前提条件」が崩壊していると映る。


2 治療プロセスと理論の簡略化

本作の描写は、Web小説(『ハーメルン』や『小説家になろう』等)に端を発する「スカッとしたい(即物的な解決が読みたい)」というナラティブに毒されており、インスタントな解決をしすぎているというもの。

1️⃣現実離れしたあまりにも劇的すぎる回復
現実のカウンセリングは数ヶ月から数年を要する泥臭いプロセスである。

数回の対話で長年のトラウマが完治するかのような描写は、専門家から見れば「リハビリもなしに、複雑骨折がその場で治る」と言っているに等しい魔法的な飛躍である。

2️⃣認知行動療法の誤解
作中では「認知の歪み」を指摘するだけで問題が解決するように描かれる。

しかし、提唱者デビッド・バーンズの理論の本質は、気づきの後の「行動変容」にある。

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本来、ABC理論(出来事・信念・結果)に基づき、地道な記録とフィードバックを繰り返す苦痛を伴うプロセスこそが治療の核心だが本作ではそれを「謎解きの正解」のように消費している。


3 異世界設定と現代心理学の不整合

現代の心理学は普遍的なものという思い込みが、世界観の構築を阻害しているところがちょこちょこあります

1️⃣個人主義の押し付け
現代心理学は個人の幸福を前提とするが、中世的な階級社会では家門や国家の存続が優先される。
この価値観の相違を無視し、現代のカウンセリングルームの論理をそのまま持ち込むのは、文化的な暴力に近い違和感を生む。

2️⃣鑑別診断の欠落
「魔法」や「呪い」が実在する世界において、その症状が魔力によるものか精神疾患によるものかを切り分ける検証プロセスは極めて重要である。
その検討を放棄し、安易に現代の診断基準を当てはめる描写は、設定の深みを損なっていると言えなくもない。

4 万能すぎる心理士像(知識チートを心理学の分野でもやっていいのかという話)

主人公は相手の心を完璧に言い当てる「マインドリーダー」や名探偵のように描かれている。

本来の心理的支援は、正解が見えない中で試行錯誤し、クライアントと共に歩む真摯な営みである。

しかし、本作の描写は「正解を言い当てれば勝ち」という典型的な「なろう系」的なチートの行使に近くなっている部分がある。


専門職としての誠実な「ままならなさ」に対する敬意が欠如している。

これはすなわち現代心理学というものを異世界で行うに当たって、エクスキュースというか、倫理規定や枠組みがなぜそうなっているのか、ということに対しる理解がリスペクトが欠如している、ということであり

「それならもう最初から魔法でええやん」ってなってしまう。


作品の成立背景を考えると「監修」がかなり重要だったと思われる

作者は自らのメンタル不調と、カウンセリングによる回復という実体験を動機として執筆しているとされる。

しかし、個人の体験は必ずしも専門的な正当性を担保しない。

作者は自分の体験や本で調べた知識を投影しているようだが、学術的・実務的な訓練を経た形跡は乏しい。

一応作品にクレジットされている「監修者」はいるのだが、実績や正体は不明であり

出されたアウトプットを見ると適切なチェック機能が働いているか極めて疑わしい。

監修が形式的な免罪符として機能している現状は、専門知識を扱うメディアとしての責任を放棄していると言わざるを得ない。




創作におけるリアリティの許容範囲と「免責(エクスキューズ)」について

フィクションにおいて現実の制度と完全に一致させる必要はないのは言うまでもない。

そういうことを主張したいのではない。

しかし、本作が批判を浴びているのは、見せ方の問題だ。

「これが正しい心理学だ」という誤解を与える構成になってしまっている気がする。すくなくともマンガワンにおける反応はそういう感じに見える

もし作中で、「自分は医師ではない」「本来は禁止されているが、この世界には他に手段がないため、やむを得ず逸脱した行為を行っている」といった、

いわゆる「免責(エクスキューズ)」の描写があればまぁそういうものだと思って見れたのだが、その配慮がない点は、作者が現実の専門的なルールを把握できていないので危険だと感じる。

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っていうか中田大学っていつも問題を指摘された動画について、しばらくはPVを稼いだ後で、入金があった後に消すの本当にクソだと思いますわ・・・


作者が過去に犯した性犯罪と「専門性」への誠実さについて

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