頭の上にミカンをのせる

もうマンガの感想だけでいい気がしてきた

生成AIポン出しの文章を自分の文章として提出すると周りの人からどう見えるかという話

読んでみたらたしかに酷かったw

女子高生の無駄づかい 【第144話 さくぶん】


作文の課題で、明らかに生成AIにポン出しで文章書かせた生徒がいたのだが・・・

先生が「本人だけでなくクラスの全員員順番で朗読させる」という晒し上げ行為をやっていた。

クラス全員がめちゃくちゃ気まずい空気になっていたけどそりゃそうだ。


これはもちろん生成AIで文章を作るのがダメと言う話ではない。

オチとして、あまりに壊滅的な文章を書く生徒が出てきて、「お前は生成AIに頼れ」というセリフで〆られている。






ちなみに私は数ヶ月前から生成AI丸出しの文章をブログに投稿するようになったので、生成AIで文章を書くことについてどういうことを考えているか書いておきます


私が生成AIを使って文章を書くようになって結構時間がたちますが


当然ながら、周りから「文章の質が落ちた」とか「生成AIやめろ」という声が結構来ました。


おそらく、「生成AIやめろ」と言われる人の中ではこういう風に情報処理されているんだと思います。



https://x.com/kakedashi_chan/status/2051304535315149090



もちろん、自分も初期の頃は生成AIの文章はなんかダメだなーって思いながら使っていた時期もありますが


そんなん「練習していく内に良くなるに決まってる」と思ってどんどん使ってたら、だいぶマシになってきたと思っていますし、そのあたりはあまり心配してません。







ただ、今回書きたいのはそういう話じゃなくて


そもそもブログ記事は読者と書き手で全くニーズが違っていて


生成AIが存在しない時期は読み手にとって有利なバランスになっていたが


生成AIの登場によってバランスが大きく変わっているとという話をしたいです。



書き手の意識はどんどん変わっているのに、読み手は全然意識変わらない人が多い。

でもそういう人は足手まといになるから申し訳ないけどどんどんおいていくしかない。

書き手においていかれたくなければ、読みてもちゃんとバランスの変化を理解して意識を変えていくべきだと思う。



という、読み手からしたら「書き手の傲慢」に見える話です。

でも、実際問題として、書き手は生き残りたいからいろいろ試したり努力してるのに

読者の中に意識変革を拒否して無自覚に足を引っ張ってくる人がいたらすごい迷惑だから意識は変えていってほしいんですよね。






以下の内容は、別途生成AIに記事を再構成してもらって1つの記事にするつもりですが、

せっかくだから、自分で全部手書きした文章はここに載せておきますね。



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