頭の上にミカンをのせる

もうマンガの感想だけでいい気がしてきた

蘇我蝦夷の妹・刀自古から見た『日出処の天子』について

歴史上の聖徳太子には「豊聡耳」=一度にたくさんの人間の言葉を聞き分けたという逸話や「未来を予言した」といった、多くの神話・伝説が残されています。

山岸先生は、この伝説に対して「彼は本当に神だったからできた」という説明をするのではなく、「それほどの天才でなければ生き残れなかった、一人の孤独な人間の悲劇」として再解釈しました。

なぜそれほど聡明なのか: 誰一人味方がいない宮廷で、謀殺されずに生き残るための冷徹な知性が必要だったから

なぜ超能力が発動するのか: 「毛人に愛されたい」「母親に抱きしめられたい」という、満たされない強力なエゴが肉体を突き破って溢れ出てしまうため。


という話で、最終的に愛するエミシには受け入れられず
母の面影を感じさせる狂女だけが彼の元に残るという悲しい終わり方になるわけですが

そんな聖徳太子をかわいそうと思うには、作中であまりにもあれこれ陰謀を巡らせすぎて「狂人の愛」という感じがする。


主人公であり聖徳太子にヤンデレレベルで愛されてしまったエミシについてはまあ彼にも落ち度があるからまだわかるとはいえ
厩戸皇子の執念の犠牲になったエミシの妹、トジコはただただかわいそうである。


1. 誰にも言えない、実の兄への恋心

私は蘇我馬子の娘。

そして、自慢の優しく頼もしい兄・毛人(えみし)の妹です。

でも、私は妹として兄を慕っていたわけではありません。私は、実の兄である毛人を、一人の男として激しく、狂おしいほどに愛してしまっていたのです。

もちろん、この時代でも同母の兄妹が結ばれることはタブーです。私はこの不浄な恋心を誰にも言えず、ただ胸の奥底に閉じ込め、一生独身で兄の側にいようと心に決めていました。

あの不気味な少年、厩戸皇子が私たちの前に現れるまでは。


2. 暗闇の祠(ほこら)で起きた、一生の過ち

ある時、兄の様子がおかしくなりました。敵である物部一族の娘・布都姫に魂を奪われ、密会を重ねるようになったのです。

私は嫉妬で狂いそうでした。なぜ私ではなく、あんな女を。


そんな時、網を張っていたのが厩戸皇子でした。彼は毛人と布都姫の仲を引き裂くため、冷酷な罠を仕掛けたのです。

「今夜、あの祠で布都姫が待っている」

そう吹き込まれて盲目的に祠へと急ぐ兄。しかし、厩戸の策略によって、その祠の中に先回りして入れられていたのは、私、トジコだったのです。


真っ暗闇の祠。兄は私を「布都姫」だと思い込んだまま、激しく抱きしめ、身体を重ねてきました。


私はそれが兄であると分かっていました。

叫んで拒絶することもできた。

でも、ずっと求めていた兄の腕の中です。

私は自分が妹であることを明かさないまま、布都姫の身代わりとして、兄にすべてを捧げてしまいました。

これが、私の人生を決定づけた、最初で最後の甘い過ちでした。


3. 厩戸皇子の妃へ:兄の身代わりとしての結婚

兄との一度きりの過ちで、私は子供(のちの山背大兄王)を身籠ってしまいます。

※史実ではエミシとトジコの子ではなく、ちゃんと聖徳太子と別の妃との間に生まれた子と記録されています。


これがバレれば、兄は失脚し、蘇我氏は破滅する。

絶望する私に手を差し伸べたのは、またしてもあの不気味な厩戸皇子でした。

その子を、私との子供ということにすればいい。お前を私の妃(妻)として迎えよう

厩戸は私を救うために結婚を申し出たのではありません。

彼は、兄・毛人を心の底から愛しており、毛人と血の繋がった子供を自分のものにしたかったのです。


私もまた、厩戸の側にいれば、彼を訪ねてくる兄にいつでも会える。

こうして私たちは、お互いに「毛人」という一人の男への執着だけを共通点にした、愛のひとかけらもない、冷え切った偽りの夫婦になりました。


4. 結末:狂気と、本当の決別

私は厩戸の邸で子供を産み、彼の副妃として暮らしました。

しかし、私の心は次第に蝕まれていきました。

なぜなら、夫である厩戸は、私が産んだ子供(=毛人の子供)を異様なほどに溺愛し、私から奪うようにして自分で育て始めたからです。

厩戸が子供をあやす姿は、まるで「毛人との間にできた我が子」を慈しむ母親のようでした。

そのおぞましい光景を見るたびに、私は嫉妬と、兄を寝取られたような、あるいは自分が汚されたような、激しい狂気に駆られていきました。

そして物語の終盤、毛人がついに布都姫と結ばれたことを知ったとき、私の糸は完全に切れます。

私はかつて兄と交わったあの祠にこもり、狂女のように叫び、髪を振り乱して呪詛を吐き散らしました。

駆けつけた兄・毛人は、変わり果てた私の姿を見て、ついにあの夜の相手が布都姫ではなく、実の妹の私だったという凄惨な真実を知るのです。

「私は布都姫の身代わりではない!私は、刀自古です!」

兄の腕の中でそう叫び、すべてをぶちまけた私は、兄の心に一生消えない十字架を植え付けました

その後、私は正気を取り戻すことはなく、ただ兄への狂おしい愛と怨念を抱えたまま、寂しく物語の表舞台から消えていくことになります。

【補足:布都姫(フツヒメ)の人生】


丁未の乱で物部氏が滅亡した際、毛人に救われますが、厩戸の罠によって崇峻天皇の後宮へ入れられてしまいます。
大王の崩御後、ようやく物部の地に戻されますが、そこで毛人と再会して結ばれ、子供(入鹿)を産んだ直後に、若くして衰弱死するという悲劇的な最期を遂げました。



聖徳太子の血筋は次の代で断たれることになる

彼の辿った人生は、「聖徳太子の血筋の完全なる絶滅」という悲劇的な結末を迎えることになります


1. 有力な次期天皇候補となる
父である聖徳太子(厩戸皇子)が亡くなった後、長男である山背大兄王は、当然のごとく次期天皇の有力候補となりました。

彼は父親譲りの誠実で聡明な人柄であり、人望も厚かったと伝えられています。しかし、この「人望の厚さ」と「聖徳太子の息子」というあまりにも高いカリスマ性が、彼を破滅へ導く原因になってしまいます。


2. 蘇我入鹿(毛人の息子)との対立

ここで、漫画のもう一人の主人公である蘇我毛人そしてその息子である蘇我入鹿が登場します。


当時、朝廷で絶大な権力を握っていた蘇我入鹿は、「自分の思い通りになる大王」を立てて権力を維持しようと考えていました。
入鹿にとって、聡明で人望があり、独自の勢力を持つ山背大兄王は、「大王の座に就かれたら、自分たち蘇我氏の脅威になる最も邪魔な存在」だったのです。

漫画の設定を思い出すと、入鹿は「毛人と布都姫の子供」であり、山背大兄王は「毛人と刀自古の子供」ということになります。つまりフィクションの世界では『同じ父親を持つ異母兄弟同士の命がけの権力闘争』という、これまた凄まじい因縁の構図になっています


3. 襲撃、そして斑鳩寺での集団自決(皇子の最期)

西暦643年、しびれを切らした蘇我入鹿は、ついに兵を動かして山背大兄王の住む斑鳩宮を急襲します。

突然の襲撃を受けた山背大兄王は、生駒山へと逃れました。この時、山背大兄王を支持する豪族たちを集めて入鹿に反撃すれば、勝てる見込みは十分にありました。
しかし、山背大兄王はここで戦うことを拒否します。彼はこう言いました。

「私が戦えば、多くの人民や兵たちが死ぬことになる。自分の身一つのために、国や民を戦火に巻き込みたくはない。自分が身を引けば、これ以上の血は流れないだろう」

彼は戦うことをよしとせず、ひそかに山を降りて父・聖徳太子ゆかりの斑鳩寺(法隆寺)に入ります。

そして、入鹿の軍勢に包囲される中、自分の妻や子供たち、一族もろとも全員で首を吊って集団自決を遂げたのです。



4. 聖徳太子の血筋の終焉
山背大兄王の死によって、聖徳太子の血を引く子孫は、一人残らずこの世から絶滅しました。あまりにもあっけなく、そして気高い最期でした。

この歴史的事実を知った父・蘇我蝦夷(毛人)は、息子・入鹿の暴挙に対して「あいつはなんてバカなことをしてくれたんだ。これで我々蘇我氏も滅びるぞ」と激怒し、激しく嘆き悲しんだと『日本書紀』に記録されています。


蝦夷の予言通りこのわずか2年後の西暦645年、中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足によるクーデター「乙巳の変(いっしのへん)」が起き、蘇我入鹿は暗殺され、蝦夷も自害して蘇我本家は滅亡することになります。


つまり、漫画『日出処の天子』の中で、厩戸皇子は「毛人の血を残すため、毛人の子供を自分の子供として育てる」という、歪んだ愛の選択をしました。
しかし歴史の皮肉な現実では、毛人の実の息子である入鹿の手によって、厩戸が命がけで育てたその王子である山背大兄王が、一族もろとも皆殺しにされてしまったことになります



というわけで今読んでも超絶名作ですね、、、

2025年に能の舞台となったそうで、友達が見に行ってました。こちらの舞台も傑作だったそうです。



ここで本文終わりです。

あとはただの妄想です。

なお15日になったら下記部分は有料にします。



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ここからはただの妄想

史実とは完全に異なりますが、この物語の続きとして蘇我入鹿が聖徳太子の息子を滅ぼそうとした流れも勝手に妄想してみましょう


1. 母・布都姫の「怨念」を受け継いだ息子

まず、入鹿の生い立ちに目を向けます。

入鹿は、蘇我毛人と、物部一族の生き残りである布都姫との間に生まれた子供です。

原作のラスト、布都姫は入鹿を産んだ直後に、若くして衰弱死してしまいました。
彼女は毛人を愛してはいましたが、同時に「自分の愛する物部一族を皆殺しにした蘇我氏」を激しく憎み、呪ってもいたはずです。


幼い入鹿は、父・毛人から深い愛を注がれて育ちますが、同時に「物部の血」を半分引いています。彼は成長するにつれ、父・毛人がかつて愛し、そして裏切る形になってしまった亡き母・布都姫の面影を強く宿すようになります。

入鹿にとって、物部を滅ぼしてぬくぬくと権力を握る「蘇我氏」という存在は、どこか無意識のうちに「いつか自分が頂点に立って、この血の歴史を塗り替えてやる」という、歪んだ野心の源になっていったのかもしれません。



2. 抜け殻になった父・毛人と、焦る入鹿
物語のラストで、厩戸皇子から完全に拒絶され、さらに最愛の布都姫をも失った毛人は、精神的に「抜け殻」のようになってしまいました。


政治の表舞台(大臣の座)には留まるものの、かつての覇気はなく、ただ過去の罪と孤独に耐えるだけの日々。そんな父の背中を見て育った入鹿は、強烈な不満と焦燥感を抱きます。

父が覇気を失った本当の理由、つまり厩戸皇子との間にあった凄まじい愛憎劇を息子の入鹿は何も知りません。

(当たり前ですが)

だからこそ入鹿は、父に代わって自分が蘇我氏の力を誇示し、大和の頂点に立とうと暴走を始めます。

父の世代が築いた「天皇を支える蘇我氏」ではなく、「天皇をも超える蘇我氏」を作ろうとしたのです。

自分の邸宅を「甘樫丘」という大王の宮殿を見下ろす高台に築き、自分の子供たちを「皇子」と呼ばせたのも、その傲慢さの表れでした。


3. 「山背大兄王」という存在への耐え難い恐怖

そんな入鹿の前に、最大の壁として立ちはだかったのが、厩戸皇子の息子・山背大兄王でした。

歴史上の山背大兄王は、父・聖徳太子のカリスマ性を受け継ぎ、民衆から絶大な人気を誇っていました。


これを『日出処の天子』の文脈で見るなら、入鹿にとって山背大兄王は「一目見るだけで、虫唾が走るほど不愉快な存在」だったはずです。

なぜなら、この話の延長として考えると山背大兄王は「厩戸皇子と刀自古の子供」――つまり自分の父(毛人)が実の妹(刀自古)との間に作ってしまった不義の子だからです。

山背大兄王の顔立ちや佇まいには、父・毛人の面影と、あの忌まわしい天才・厩戸皇子の気配が色濃く残っていました。

入鹿から見れば、山背大兄王は「蘇我氏の最高権力を脅かすライバル」であると同時に、「自分の父親が過去に犯したドロドロとした醜い秘密の象徴」そのものだったのです。


「あの男(山背)が次の大王になれば、父上はまたあいつの奴隷になる。蘇我氏はあの厩戸皇子に永遠に支配される!」

入鹿の胸に宿ったその恐怖と嫉妬が、彼を狂気へと駆り立てました。



4. 悲劇の決行とすべてを知る父・毛人の絶望


西暦643年、入鹿は父・毛人の制止を振り切り、あるいは独断で兵を動かして山背大兄王の一族を追悼斑鳩寺で集団自決においやります。

この報せを聞いたとき、老いた毛人がどれほどの絶望に襲われたか、想像に難くありません。

毛人にとって山背大兄王は、かつて自分が愛した厩戸皇子が命がけで育ててくれた、自分の本当の実の息子だったのです。

それを、自分が布都姫との間に作ったもう一人の息子である入鹿が、自らの手で惨殺してしまった。

毛人は、自分の過去の「選択」と「拒絶」が、巡り巡って自分の子供たち同士の殺し合いという、最悪の悲劇を引き起こしたことを悟ります。


「入鹿は何ということをしてくれた。これで蘇我家も遠からず滅びるであろう」


毛人が残したこの言葉は、単なる政治的な予測ではありませんでした。

厩戸皇子が残した孤独の呪いが、20年の時を経て、ついに自分の家庭を、そして蘇我氏すべてを裏側から喰い破った瞬間だったのです。


そのわずか2年後(645年)、中大兄皇子と中臣鎌足の刃によって、入鹿は皇宮の床に血を沈めることになります。

息子の首が跳ねられるのを見届けた毛人は、自らの邸宅に火を放ち、 厩戸皇子が生前編纂した貴重な歴史書『国記』『天皇記』を道連れに、炎の中で崩れ落ちるように自害しました。



激しい炎の粉が舞い、自ら火を放った甘樫丘の邸宅が爆音を立てて崩れ落ちていく中、老いた蘇我毛人は、燃え盛る部屋の真ん中にただ一人、静かに座していました。

外からは、中大兄皇子らの軍勢の勝ち鬨と、逃げ惑う従者たちの悲鳴が聞こえてきます。しかし、今の毛人の耳には、それらすべてが遠い幻聴のようにしか聞こえませんでした。

彼の前に転がっているのは、つい先ほど宮殿で首を跳ねられ、変わり果てた姿で戻ってきた息子・入鹿の遺体。そして、その側で黒く焼け焦げていく、かつて厩戸皇子とともに編纂した国の歴史書『国記』『天皇記』の束でした。

この時、炎に包まれる毛人の胸を去来したのは、激しい後悔と、あまりにも長い孤独の果てに見出した「奇妙な安堵」でした。


1. 息子・入鹿への哀れみと、自らへの呪詛
毛人は入鹿の遺体を見つめながら、激しい涙を流したに違いありません。

「すまない、入鹿……お前を狂わせたのは、他でもないこの私だ」

毛人は知っていました。入鹿が山背大兄王を殺し、大王をも凌ぐ独裁者へと暴走していったのは、父である自分が「抜け殻」のようになり、家庭にも政治にも、本当の心を一切注がなかったからだと。

毛人の心は、20年前にあの斑鳩の地で、厩戸皇子から完全に拒絶され、布都姫を亡くしたあの瞬間にすでに死んでいたのです。

実の妹との不義の子である山背を、我が子として愛おしそうに育てた厩戸。

その山背を、何も知らずに嫉妬の炎で焼き殺してしまった、布都姫との子である入鹿。


「私がかつて犯した全ての過ち、全ての優柔不断が、この子供たちに血の復讐をさせたのだ」


すべては、自分がかつて下した「選択」の結果でした。その因果応報のあまりの完璧さに、毛人は激しい絶望とともに、自らの血の呪いを感じていたのです。


2. 炎の中に蘇る幻影
もうもうと立ち込める煙で意識が遠のき、熱風が肌を焼く中、毛人の脳裏に、かつてないほど鮮明にある「幻影」が浮かび上がります。

それは、14歳の時に池のほとりで出会った、あの天女のように美しく、冷たい目をした少女の姿でした。

国の宝である歴史書が炎に包まれ、灰になっていく光景を見ながら、毛人はふと気づきます。

「ああ、厩戸……君は最初から、こうなることを知っていたのか」

かつて厩戸は毛人に言いました。「二人で力を合わせれば、この大和のすべてを支配できる」と。それを拒絶し、「凡人としての幸せ」を選んだはずの毛人が、いま、最も無惨な形で全てを失い、一族もろとも滅びようとしている。


「君を拒み、普通に生きようとした私の人生は、これほどまでに滑稽で、無意味なものだった」


炎の向こうで、あの冷徹な天才が、悲しげに、しかしすべてを見通したような歪んだ微笑を浮かべて自分を見つめている気がしたのです。



3. 最期の瞬間
刀を己の腹に突き立てるその瞬間、毛人の心に去来したのは、絶望だけではありませんでした。不思議なほどの静かさ、そして切ない解放感があったはずです。

妹の刀自古からぶつけられた激情、布都姫を失った喪失感、入鹿の暴挙への恐怖、そして何より、厩戸皇子という「人外の天才」を傷つけ、拒絶してしまったことへの一生消えない罪悪感。

40年近く彼を縛り付け、窒息させそうにしていたすべての重荷から、ようやく解放される。

腹から溢れ出る血の熱さが、周囲の炎の熱さと同化していく中で、毛人は薄れゆく意識のなかで強く願いました。


「これから行く闇の底には、布都姫も、刀自古も、入鹿もいない。ただ、あの孤独な魂だけが、私を待っているのだろうか。もし許されるなら、今度こそ、君のその深い闇を、この腕で抱きしめさせてほしい――」


燃え盛る天井が轟音を立てて崩れ落ち、蘇我毛人の視界は完全に閉ざされました。


それは、凄惨な滅亡でありながらも、彼がずっと焦がれ続けた「厩戸皇子の孤独」へと、20年遅れでようやく追いつくことができた、魂の逢瀬の瞬間でもあったのです。

厩戸が毛人に拒絶されたあの池のほとりから始まった愛憎劇は、こうして蘇我氏の完全なる滅亡という、美しくも凄惨な炎の中で、本当の終わりを迎えたのでした、、、

蛇足

FGO第2部6章ばりに人の心がない話で大変美味しゅうございました。

人の心がない話が大変に好物なのでどうせここまでやるなら歴史の事実を活かしてその後の完全なる「どうせ誰もいなくなる」の展開を描いてほしいと思っちゃった。

だって、よりによってトジコの子供の名前を山背大兄王にしたんでしょ? 山岸涼子先生は絶対にここまで意識してたはず。

でもあえて、ここで切るのが歴史に残る名作を生み出す秘訣なのだろうと思いますね。


こんな山岸涼子先生がジャンヌダルクをモチーフに描いた「レべレーション」も人の心がなくて最高らしいので今度読みたい












さらに蛇足

この設定がバックボーンにあることを前提として

主人公のエミシは見知らぬ場所で目を覚まし、、、

という展開から始まるなろう小説を書いてみたいんだけどどういう舞台でどういう設定にしたら良いでしょうか、、、

誰か詳しくアドバイスしてくれたら本当にやってみるよ?