なんか7月30日に書いた記事に8月2日になってたくさんブクマついてた。
はてブ民の相手をするのは時間がもったいないからChatGPTに処理してもらいます。
私の中のはてなブックマーク民観です
こんな記事を読むより、こちらの記事を読んだほうが人生にとって有意義だと思います。
note.com
この記事についたはてなブックマークコメントのうち、人気がトップ10のコメントは以下のとおりです。この中でnoteの記事がまともに読めている人をピックアップしてください。
結論から言うと、「記事の内容に対して反論できている人」はかなり少ないです。
ただし、その理由は二つに分ける必要があります。
A. 記事の主張を理解した上で別の論点から反論している人
B. 記事の主張を取り違えたまま別の話をしている人
この二つは全く違います。
無料部分で書かれている内容
この記事の中心的な主張は、おおむね次のようなものですよね。
「キャラクターの発言=作者の思想と読むのは読解力の問題であり、そのレベルでは作品批評になっていない」
さらに
「作品に差別的描写があること」と
「作品が差別を肯定していること」は区別すべき。
これが主論です。
その上で後半では「ネットではその程度の読解力でも批評者になれてしまう」という話をしています。
つまり、この主張への反論なら
・キャラクター=作者と読める理由
・この作品では作者が肯定していると判断できる理由
・「作品の意図」と「作品の社会的影響」は区別しているが、それでも作者批判は成立する理由
あたりを論じないと真正面の反論にはなりません。
私(ChatGPT)なら「読めている人」はこう分類します
Reinassance(最も近い)
takuzo1213(論点はずらしているが理解はしている)
読んではいるが反論になっていない
masa_bob
内容への反論になっていない
ywdc
cinefuk
worris
studymonster
Mysz
vesikukka
論外
tora_17(読んでないと明言)
私が気になったのは、人気コメントの多くが記事の「結論」ではなく、「中学生レベルの読解力」という強い表現に反応していることです。
そのため、コメントの多くは「その表現は攻撃的だ」「煽りだ」「差別的だ」というメタな話に移っており
肝心の「キャラクターの発言と作者の立場をどう区別して読むべきか」という本文の中心論点にはほとんど触れていません。
その意味では、「記事への反論」ではなく「記事のレトリックや態度への反応」が人気コメントの中心になっている、と評価するのが最も公平だと思います。
読めていると思う人
① Reinassance
これは比較的読めています。
みい山は差別の肯定はしてないけど
ここでまず
記事の「作者が差別を肯定しているわけではない」という部分は理解しています。
そのうえで
不幸の消費を肯定している
という別の批判軸を立てています。
さらに
読者層を理解して描いている
という話もしている。
これは「作者の思想」と「作品がどう消費されるか」を区別しているので、少なくとも記事の内容は理解しています。
この人は反論として成立しています。
② takuzo1213
半分読めています。
この人は
差別を助長してしまうことはありうる
と言っています。
これは記事が論じている「差別肯定」とは別の論点です。
つまり
記事の主張:作者は差別を肯定しているとは言えない
コメント :でも差別を助長する可能性はある
これは論点をずらしているものの、最低限記事が「差別肯定」について話していることは理解しています。なので完全な誤読ではありません。
ただ記事は途中で「差別的描写」と「差別肯定」を区別しているので、
そこへの応答がない点では十分な反論とは言えません。
こういうコメントばかりが人気コメントになるはてなブックマークという場所の議論のレベルはどう感じますか?
率直に言うと、このコメント群だけを見て「はてなブックマーク全体のレベル」を断定することはできません。ただ、このコメント欄については、議論の質という観点ではあまり高くない印象を受けます。
理由は、「中心命題への応答」が少ないからです。
この記事には少なくとも3つの論点があります。
・「キャラクターの発言=作者の思想」と読むのは妥当か。
・「差別的描写」と「差別の肯定」は区別すべきか。
・作品批評には一定の読解力・メタ認知が必要ではないか。
もし記事に反論するなら、本来はこのどれかに対して論証するのが筋です。少しでもまともに文章を読んでいるのであれば、3つある論点のどれにも引っかからない反応をするのは逆に難しいです。
ところが人気コメントを見ると、多くは次のような方向に流れています。
「言い方が悪い」
「煽っている」
「障害当事者への配慮がない」
「有料記事で儲けている」
「炎上商法だ」
これらは議論として意味がないわけではありません。
記事のレトリックや倫理性を論じること自体は正当な批評対象です。
しかし、それは本文の主張への反論とは別の話です。
なぜこうなりやすいのか
これは、はてなブックマークに限らず、多くのSNSで起きる現象です。
人気コメントは必ずしも「最も論理的なコメント」ではありません。
むしろ、
共感を得やすい
一言でわかる
感情を刺激する
仲間内で評価されやすい
コメントほどスターや「いいね」が集まりやすい傾向があります。
一方で、「本文のこの前提は妥当だが、この論証のここがおかしい」のような長くて丁寧な反論は、読むコストが高いため評価されにくいことがあります。
これはプラットフォーム設計の影響も大きいでしょう。
ただ、読者がこういう反応になるのは記事の方に問題がある可能性もありますよね。記事の問題とコミュニティのレベルの低さの問題はどちらのほうが深刻だと思いますか?
この記事側にも、議論を難しくする要素があります。
例えば、
「中学生レベルの読解力」
「資格がない」
といった強い表現は、どうしても読者の注意をそこへ向けます。
すると、
「読解力論」ではなく「その言い方はどうなのか」という議論が起こりやすくなります。
これはある意味では予想できる反応でもあります。
このコメント欄についての評価
私なら、「記事の中心命題に応答する文化」よりも、「記事の態度や価値観に反応する文化」が強く表れているコメント欄という評価をします。
つまり、論点そのものよりも、「この人は感じが悪い」「この言い方は許せない」といった評価が前面に出ています。そのため、作品読解や批評の方法についての建設的な議論はあまり深まっていないように見えます。
この二つは分けて考えた方がよいです。
そのうえで、もし「議論の質」という観点だけで比較するなら、私はコミュニティ側の問題のほうが長期的には深刻だと考えます。ただし、それには条件があります。
記事側の問題
この記事には、意図的かどうかは別として、読者の反発を招きやすい表現があります。
例えば、
「中学生レベルの読解力」
「資格がない」
こうした表現は、相手を評価する言葉なので、読者の注意が「その評価は妥当か」に向きやすくなります。
つまり、
「作品読解とは何か」というテーマより、
「人を見下している」というテーマに議論が移ってしまう。
これはレトリックとしては損をしています。
しかし、それでも……仮に記事の書き方が悪かったとしても、読者が「レトリック」と「主張」を切り分けて読めるかどうかは別問題です。
例えば、「この人の言い方は嫌いだけど、この論点については検討してみよう」という態度があれば、
「差別的描写」と「差別肯定」の区別
キャラクターと作者の距離
メタ認知
などについて議論できます。
ところが今回の人気コメントは、そういう方向にはほとんど進んでいません。
コミュニティ側の問題が深刻だと思う理由
一番気になるのは、記事の核心を拾って議論するコメントが人気になっていないことです。
例えば Reinassance のコメントは、「肯定ではないが、不幸の消費を肯定している」という別軸の批判をしています。
これは議論として成立しています。
こういうコメントが議論の中心になるなら、かなり健全です。
しかし実際には、
煽りだ
東大卒編集者を馬鹿にするのか
有料記事で儲けるな
炎上商法だ
といったコメントが上位です。
これは「議論」ではなく、「人物評価」に重心が移っています。
なぜこちらの方が深刻か
記事は一人が書いたものです。
でもコミュニティは多数の人が作ります。
もしコミュニティ全体で「まず論点を読む」という文化が弱くなると、
誰が何を書いても、結局「感じが悪い」「嫌い」「炎上商法」という話ばかりになります。
そうなると、まともな反論を書こうとする人ほど埋もれます。
これは知的な議論をする場としてはかなり厳しい状態です。
ただし、記事側にも責任はある
一方で、もしこの記事が「読解力には段階があり、この作品はメタ認知を要求する」という話を、
相手を「中学生レベル」と評さずに書いていたら、コメント欄の様子は多少変わっていた可能性はあります。
もちろん全く同じにはならないでしょうが、「言い方」への反応は減り、内容への反論はもう少し増えたかもしれません。
私の見立て
このケースでは、
記事側:議論を難しくする表現を選んでしまっている。
コメント欄側:それを理由に本文の中心論点をほとんど検討せず、人物評価や態度批判に流れている。
という両方の要素があります。
そして、長期的に知的な議論の場を維持できるかという観点では、私は後者のほうがより深刻だと考えます。
なぜなら、文章には多少挑発的なもの、感情的なもの、未熟なものも常に現れます。それでも読者側に「主張そのものを取り出して検討する」文化があれば議論は成立します。逆に、その文化が弱いと、書き手が誰であれ「書き方」や「人物」への反応が中心になり、論点自体を掘り下げる議論が育ちにくくなるからです。
では以下のコメントの中で、はてなブックマークというコミュニティでまともに議論をできるようになるために、最も害となっているであろうアカウントを深刻なレベルから10ピックアップし、その理由を説明してください。
以下の出力には私の主観は一切反映してません。(私はworrisさんのほうが有害度高いと思ってますが彼はセーフ判定でした)
私なら、次のような基準で見ます。
Aランク:議論そのものを破壊する(人格攻撃・レッテル貼り・読んでいないのに断定など)
Bランク:論点をずらし続けて議論を成立させない
Cランク:単なる意見の相違や不十分な反論(有害とは言い切れない)
この基準で見ると、特に問題だと思うのは次のコメントです。
議論コミュニティへの悪影響が大きいと感じるコメント(上位10)
1位 err931(属性攻撃)
問題点
記事内容ではなく筆者の属性(ASD)を持ち出して評価を下げる。
「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」に議論をすり替える。
コミュニティへの悪影響
属性攻撃が許容されると、内容を検討する文化が弱まり、「この属性の人だから信用できない」という風潮を助長しやすくなります。
2位 eagle2017(属性攻撃)
問題点
「自称ASDだから」といった趣旨で、内容ではなく属性を根拠に評価している。
コミュニティへの悪影響
1位と同様で、論点ではなく話者の属性が議論の中心になってしまいます。
3位 hetarechiraura(人格攻撃・レッテル貼り・論点放棄)
問題点
「クソ煽り」「劣化青二才」といった人格評価が中心。
「ミュートしている」と締めくくることで、議論ではなく排除を促す姿勢になっている。
「皮肉を理解していない」と主張する一方で、その具体的な論証は示していない。
コミュニティへの悪影響
相手の論点を検討する文化ではなく、「気に入らない相手にはレッテルを貼って終わり」という文化を強めます。
4位以降は読みたい人だけ読んで。