あるある。
比喩に使った対象への思い入れが強すぎて引きずられる
いわゆるネトウヨはここ十数年で増えてきた「俺様ラーメン屋」に似てる。店員がバンダナ巻いて、我流書道で人生訓貼ってあるような。ほぼ豚骨系で、背脂とか魚粉とか入れすぎで。つけ麺系に多い。旨み成分が濃ければ純粋という短絡。店長も客も世界の味覚に興味を閉ざした味覚障害同士のオナニー商売。
— 会田誠 (@makotoaida) 2015, 8月 19
上手く喩えようとしたんでしょうけど、自分の嫌いな我流ラーメン屋の特徴をdisってるだけで、ネトウヨがどこかにいって、全く喩えになってませんね…。 >RT
— アートマン (@argent_ange1121) 2015, 8月 20
書いてるうちにネトウヨへの憎悪がラーメン屋への憎悪に乗っ取られたのだ…
— YS@GPCR (@YS_GPCR) 2015, 8月 20
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強すぎる言葉を使う人も要注意
志摩市のキャラは、当事者に満足な根回し出来なかった上に暴言を重ねた行政に落ち度があるのは明らかだし、キャラクター表現の出来自体にも難はあると思う。確かにオッサン的ジェンダー意識は感じる。でも、これを「性的搾取」だとは言わない。
https://t.co/BCOUYbGJ4f
— mishiki (@mishiki) 2015, 8月 20
志摩市のキャラに関しては決して良いとは思わない。造形的な出来もそうだし、行政の運用が下手すぎる。何をどうアピールしたいのかが伝わらない以上擁護もできない。
だが、あれを「問題視」する言説の側も問題だし、そちらに与することもできない。
私の見解はこんな感じ。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2015, 8月 20
人工知能学会誌の表紙イラストのとき、
あのキャラを指して「性奴隷」と表現した社会学者がいた。後に撤回されていたが、こういうのは「ことばのインフレ」だろう。比喩に比喩を重ね、形容に形容を重ねたうえに感情をさかなでする強いキーワードがすぐさま選ばれる。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2015, 8月 20
放射能忌避のひとの「いのちを守るたたかい」なんてのもそう。比喩的な表現だったものが、いつのまにかキーワードとして一人歩きしてしまう。スローガン化するという言い方もできると思うが、いずれにせよ、実態とは関係なく空想的な行動に導かれてしまう。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2015, 8月 20
身内でだけで比喩まわしをやってると、先鋭化しすぎて表現がインフレ化する?
率直にいうと、人工知能学会誌の表紙のキャラをみて「性奴隷」だと本気で感じたとするならば、そう形容した本人の視線のありよう、欲望のありようが問われてしまうところ。
でもそうじゃないでしょう。あれはあえてそう言うなら空虚な記号であり、もっといえば「界隈」の方言と解釈できる。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2015, 8月 20
わたしの見るところにあまり入ってこないというか、さほど関心がないので知らないだけだと思いますが、この手の「比喩に比喩を重ねたキーワード化」とそのインフレは、たぶん「右」サイドもさんざんやらかしているのだと思います。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2015, 8月 20
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