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「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

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組織における「ルール」は主人じゃなく、あくまで考えるための道具って考え方が大事だと思う

5秒以上見つめるのは禁止 ネトフリがセクハラ防止対策:朝日新聞デジタル
この記事批判的なコメントが沢山付いてるけど、私は「え?なんで?これすごいいいじゃん」って思いました

①同社のスタッフらが守るよう指示されたルールは、
・5秒以上見つめてはいけない
・同僚が不適切な振る舞いをしたら「やめて、二度としないで!」と叫ぶ
・長いハグはしない。長く触らない
・異性とふざけない
・一度断られたらデートに誘わない▽同僚の電話番号を聞かない――など。

②現場では、互いに見つめ合い五つ数えてから視線をそらすといったジョークもはやっているという。

前者だけだったらなんだこれって思うところだけど、②があることが大事。

この取り組みが気に入らないって人は多分、ルールってものの考え方がちょっと違うかもしれない。

おそらく批判的な感想を持ったみんながイメージしてるのは「就業規則」みたいなかっちりしたものであり、かつ

A:絶対的な存在によって一方的に押し付けられるものであり(片務的)
B:不変なものであり(硬直的)
C:一度決まってしまったら疑いを持つこともできず(無謬性)
D:理不尽だとしても拒否はできず、みんなで監視しあって守らないといけないもの(同調圧力

のようなものじゃないかと思う。
そういう感覚だと、上の記事は「緩くていい加減なルール」を「押し付けてる」ように見える。



でも、従業員の反応を示す②を見ている限り、
ネットフリックスの場合はガチガチに遵守しなきゃいけないルールってわけじゃなくて
会社の姿勢を示すガイドラインみたいなもんみたいな感じじゃないのかな、と思うのです。推測ですが。

本当はガチガチのルールだけど、ルールを守りながら茶化してるのかもしれないけどね。




で、私はもし「ガイドライン」みたいなものだったら、その会社はいい雰囲気だなと思うのです。

どういうことかと言うと、固定的で硬直的なルールに従業員が縛られるんじゃなくて、

①会社はまずきっちり「セクハラ」はダメっていい切る。

②だいたい目安としてこんな感じのことは慎んでいこう、とざっくり決める。

③実際に運用してみて、従業員たちは各々仮に示されたラインをもとにいろいろ考えて意見を出し、
 そこから妥当なラインを探って随時調整していく。

という感じだったら、みんなが納得できるようなものに近づけられるんじゃないかなと。



「ルール」がそんなざっくりしたものでいいのかって思うけど、
いずれきっちり決めて、契約書とかに載せるその前の試験的なものとしてはありだと思う。




そもそも「ルール」って何のためにあるのとか、なんで守らないと行けないのかというと
「みんながうまくやっていくために、みんなで合意したもの」だからのはずなので、
一方的に上から押し付けられるものばかりではないはずなんですよね。
少なくとも、不服があったら異議を申し立てたりしてもいいはずなんですよね。
変なルールだったらこんな風に茶化したりしてもいいはずなんですよね。



古くなって非合理になってるルールとか理不尽なルールをしかめっ面して守るんじゃなくて、
ルールをもとに、笑いながら仕事できたらいいよねって思うのです。



特にネットはなにかと教条主義の人が、勝手にルールをこさえて
そのルールに反する人にいきなり死の宣告を突きつけるような野良死神化してるわけで。
いきなり個々人にとっての完璧を求め、それを他人に押し付けるなんて狂気の沙汰だよね。
ああいうのと比べたら、この記事で書かれてる取り組みのほうが、だいぶ健全だと思う。

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