この身体に希望を持てるものがあるとすれば、この血だけだ。
王家の血が、この身体の罪を覆い隠す。
神にさえ罰せられないほどの権力だ。この世界は地獄だ この頭に黄金の冠を戴くまでは
作品評価★★(個人的評価★★★★)
「リチャード三世」といえばシェイクスピアの戯曲の中で、四大戯曲以外では「冬物語」「夏の夜の夢」などと並んで上位に入る有名な作品。実際に題材として一級品だと思うのだけれど、日本の場合は世界史でこのあたりきっちり習わない*1ため、馴染みが薄いという人もいると思う。歴史を知らなくても楽しめないことはないけど、歴史を知ってるほうが絶対に楽しいです。「エドワード三世」あたりから続く、フランスイギリス王家の複雑な血筋のお話は、一度知ってしまうと「ガンダム」なみにやみつきになれる魅力があると思うので是非みんなもハマるといいよ。
簡単に言うと「リチャード三世」は「百年戦争」の後に続いた「薔薇戦争」におけるヨーク朝最後の国王です。シェイクスピア史劇に置いては
①「奇形」故に人から疎んじられ
②それゆえに平和や人の幸せを憎み
③王位簒奪を試みて多くの人を殺した悪魔のような極悪人
として描かれています。
ただ、実際はシェイクスピアの創作であり、彼の名誉回復を目指す「リカーディアン」というファンがいる人物でもあります。
悪王リチャード三世の素顔 | ||||
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と、作品背景を説明していくとキリがない*2ので、とりあえずこのあたりの歴史をささっと見るか、シェイクスピアの史劇のあらすじを一度見て欲しい。
ここからはシェイクスピア「リチャード三世」を観たことが有るか、薔薇戦争について簡単に歴史をご存知の方むけのお話します。
というわけで、シェイクスピア史劇を見たことがある人を前提にして注目ポイントを3点紹介します。
見どころ1 最初の関門 シェイクスピア史劇の冒頭(ヘンリー6世殺害のシーン)をどうクリアするか。(7巻が1つ目のクライマックス)
「王家に害をもたらす人間は、誰であろうと排除するだけだ。
すでにこの世界で、最も愛した人間も殺した」 (9巻)
シェイクスピアの戯曲「リチャード3世」の冒頭のシーンはリチャードが属するヨーク家が、敵陣営であるランカスター家に勝利しヘンリー6世一家を捕らえたところからスタートします。このシーンにおけるリチャードの演技で作品の8割くらいが決まってしまう、と言われます。
「薔薇王の葬列」はこのシーンを最大限効果的に演出するため、
「リチャード三世」の前作品である「ヘンリー6世(三部作)」からスタートしています。
これによって、
①リチャード(両性具有として描かれています)とヘンリー(絵では年が近く見えるけど実際はリチャードより30歳年上です)が
②お互いの正体を知らずに友達のような恋人のような関係を時間を書けて築き上げ(マンガだとわかりにくいかもしれないけど、リチャードの父が2巻で殺されてからヘンリー6世が最終的に敗れるまで10年経ってます)
③そして、極限までお互いの気持を高めあった後で、不倶戴天の的であることを知ってしまう。
という下積みをしていくわけですね。(ついでにいうと、ヘンリー6世の息子「エドワード」と、その妻である「アン・ネヴィル」とのフラグも積みまくってる)
うん、どこかで見たこと有るよねこの展開。そう「BASARA」の朱里と更紗ちゃんだ。
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まぁこういう展開に成るのはもう2巻くらいから読んでる人なら誰でもわかるでしょう。
しかし大事なのはこの後です。 リチャードは、シェイクスピアの史劇であれば
「①まずヘンリー6世の息子であるエドワードを殺し
②その後ヘンリー6世も殺し
③さらにアン・ネヴィルをたぶらかして自分の妻にする」
という展開をこなさなければいけません。
しかし、この「薔薇王の葬列」という作品におけるリチャードは女性の側面を持っておりヘンリー6世を愛しちゃってる*3わけです。エドワードのことも憎からず思っていたし、アン・ネヴィルの存在には恋ではないにせよ親愛の情を持っていた。
さて、どうやってこれをクリアする?
ここがまず最初にして最大の見せ場。
2巻の父親の死でもリチャードの魂は大きく傷つき、闇に飲まれてしまいますが、さらに愛し、受け入れてほしいと望んだヘンリー6世の扱いに寄ってはリチャードの魂は……。ここで、シェイクスピア作品とは違った独自のリチャードを描けるかで、作品の真価が問われるというわけです。
さて、評価は……
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見どころ2 エドワード5世(ロンドン塔の王子)の行く末
正直、ここまでは結構作者の独自色が強く出ていたと私は思います。しかしせっかくここまで大きく差異化を果たしたのに7巻以降はいまのところシェイクスピア史劇をなぞるような展開であんまり面白くなってません。
兄ジョージは……シェイクスピア史劇と同じような殺され方だったしね。
今は溜めの段階だからいいとして、次に作者の独自色が問われるところはというと、、、やはり「ロンドン塔の王子」でしょうか。
悲惨な殺し合いが続くこの時代に置いても、圧倒的に可哀想な運命をたどるのがこの二人。
イギリスでは、エドワード三世の国王集権以降、幼い王が即位した後に政治がgdgdになり、国王が廃位されるということが何回か続いていましたが、このエドワード5世のときにも同じことが起きました。
王子二人は王位を奪われ、幽閉された後そのまま二度と歴史の表舞台に顔をだすことはありませんでした。
史実でもどうなったかわからないこの二人。「薔薇王の葬列」作品中でも確実に殺されるでしょうが、誰がどのようにして殺すのか。ここも非常に重要。
見どころ3 妻「アン・ネヴィル」とその息子の最期
バッキンガム公ヘンリー・スタッフォード(リチャード三世よりもさらに年下)の最後も、多分シェイクスピア史劇とそんなに変わらないだろう。この男はリチャード視点からしたら最悪の裏切り者でまさにクズとしか言いようがないですし。
しかし、この作品はあくまで悲劇であり、その中でも「アン・ネヴィル」の死をどう描くのかは気になる所。
リチャードにとって、この女性は最後の良心の拠り所になるだろうし、この作品ではさらにエドワードとアンの息子まで居る。あまりにも重すぎる。
しかし、史劇を重んじるなら、リチャードは彼女たちも殺されなければならない。果たして作者はシェイクスピアのしいたレールを裏切ることができるだろうか。
英国王室史話〈上〉 (中公文庫) | ||||
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この本メッチャクチャ面白かったのでオススメ。
おまけ 実は「男たちの戦いの裏で戦う女性たち」の強さが最大の見所かも?
男の肋骨から作られた女が、人を宿し生むことができるのは何故だと思う?男から、自分の運命を取り戻すためよ (マーガレット・オブ・アンジュー)
もちろん見どころは他にもたくさんあります。この時代、史実でも「男どもはどいつもこいつも問題だらけなのに対して、女性(母親)がめちゃくちゃ強い」のです。
・リチャードの母セシリー・ネヴィル(ブルゴーニュ公とヨーク派を結び、ヨーク家に勝利をもたらすなど功績大)
・ヘンリー6世の妻 マーガレット・オブ・アンジュー(フランス貴族からイギリスお受けに嫁ぎ、夫に変わり国を支えようとした女傑)
・この時代の混乱の元 エリザベス・ウッドヴィル(彼女の娘がヘンリー7世の王妃であり今のイギリス王家の祖先。つまり完全な勝ち組)
・最終的勝者。ヘンリー7世の母 マーガレット・ボーフォード(彼女の執念がリチャード3世を倒す)
・エリザベス・ヨーク
もちろん、彼女たち本人だけの力ではなく姻戚関係が重要なのですが、それにしても、この当時の人達は決して運命を嘆くだけでなく、自分で道を切り開こうとする。マーガレット・オブ・アンジューやアン・ネヴィルのように勝利を捕まえなかった人達もいるが、それでも戦おうとしている。
シェイクスピア史劇ではこの点があまり描かれていないのに対して、「薔薇王の葬列」はきっちりこうした女性たちの力強さを描こうとしています。この部分こそがこの作品の真の見所かもしれません。
などなど、元の題材が一級品であるため、見所は沢山あります。今のところ作者さんがまだまだシェイクスピアに引きずられてるため評価低めですが、この評価を裏切ってくれることを期待しております。