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他人に助けを求められるようになること、ついて

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もうそれなりに長く生きてきて、コミュニケーションについてもブログでgdgd書いて考えたりしてると、確かに人間のコミュニケーションのベースにあるのは「助けを求めること」と「助けを求める声に応えること」なのかなという気持ちになってきてる。


ちなみにベストセラー「夢をかなえるゾウ」で主人公がガネーシャから中盤に与えらえる課題がこの「他人にお願いをしてみること」である。「これができないと話にならない」レベルで基本中の基本であり、それだけ重要だということだろう。

夢をかなえるゾウ

夢をかなえるゾウ

どんな小さいことでも、安いもんでも、とりあえず何でもええから、ただでもらったりしてみい。それ意識してたら自分のコミュニケーション変わってくるで。言い方とか仕草一つとっても気い遣うようになるで。

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普段からの小さなやり取りを繰り返すことが大事なのはわかってるのだけれどすごく苦手です

私は他人に助けを求めるのがめちゃくちゃへたくそだ。そして、同時に「他人に助力を申し出る」のもへたくそ。人を手助けしたいという気持ちは人並みにはあると思っているが、昔からうまく身体が動いてくれない。


なぜかというと、そのことによって生じるしがらみとかが面倒くさいと感じてしまうからだと自分では思っている。


私はちょっと手伝ってほしいなとか手伝いたいなと思うことがあっても、よほどのことがないといちいちコミュニケーションをとることがしんどいと思ってしまう。その結果「よほどのこと」の時以外は自分でやるほうが楽だから自分でやってしまい、普段全然やりとりしてないのに、いきなり「よほどのこと」の時にお願いをすることになる。


でも、これは、良し悪しは置いといて得ではないというのはわかっている。

純粋に数値で見れば、私はほかの人よりお願いしている量は少ない。でもそういう問題ではない。パイプラインとかラポールとかなんでもいいけど、どうも相手との関係性の太さや信頼の度合いは、脳のシナプスみたいに小さなやりとりの積み重ねによって少しずつ拡張されていくものらしいからだ。私のお願いの仕方は、まだ道路ができてないところにダンプカーを通行させようというものであり、そんなもん嫌がられるに決まっている。



こちらが「今回こういうお願いをするのだから、相手の同等の手伝いを求められたら喜んでやろう」と思っていても、相手だってそんなよほどのお願いをするのは気が引けるし、そもそもスキルセットが違うので私が同じくらい貢献できる保証もない。信頼の蓄積をないがしろにしてはいけないのだ。


そのことを、頭ではわかってはいるのだ。


本当にそこまでわかっているなら、普段の行動を変えるべきだろう。普段から周りの人を助けたり、小さな頼みごとをする。お互いに助け合いながら、お互いの得意や不得手を理解するといった日々の蓄積をしていくべきだ。



でも私はここまで頭ではわかっていても、お願いをするというのが苦手で手助けするのもあまり得意ではないため避けようとしてしまう。そのあまり、「よほどのこと」すら頼まないようにして全部自分で何とかしようとしてつぶれたことがあった。


他人に助けを求めるのが上手な人は、さっと他人を助けられる人でもあることが多かった

一方で、職場でこういうのがとても上手な人を何人も見てきた。

もちろん例外はあるが(自分は人の手助けばかりするけど、私以上に他人に助けを求めるのが下手な人や、逆に他人を手伝わせてばかりだけど自分は絶対手助けしない人)、他人に気軽に助けを求める人は、その代わりちょっとしたことでも気づいたら他人を手助けできる人でもあることが多かった。そして、やっぱりそういう人が一番職場でも好かれていたと思う。私もこういうタイプの人は「苦手」ではあるけれど嫌いではなかった。

(あくまで私の観測範囲内の出来事であるため一般化するつもりはありませんが、体育会系出身者にこういう人が結構多かったです。社会人になってからは「体育会系の良い側面の側の人」をよく見る機会が多かったため、今は体育会系アレルギーかなり弱くなってます。むしろ文科系の人のほうが融通利かないケースが多かった。)


こういう人たちを見て、自分も同じようにできたらなと思ったことはあるし、意識してなんどかチャレンジしてみたことはあるんですが、しんどくてすぐにダメになって自己嫌悪、なんてことをしたこともありますね( ;∀;)


仕事場では相変わらずうまくできていないけど、趣味の付き合いの場ではようやくこの自然な「貸し借り」「助け合い」ができるようになってきたかもしれない

結局、私は今でも仕事場ではガネーシャ様の初歩の課題がクリアできてない状態です。どうしても同僚や会社というものに心が許せない自分がいます。 同じ環境でもできているっぽい人はいるので、もうこのあたりは個人の問題なんでしょうが。

でも、最近は仕事場を離れて趣味での付き合いがある人たちの間では、結構自然にお願い事をしたり、こちらから飯に誘ったり、一緒に旅行行こうぜーと提案したりという、初歩的なコミュニケーションがようやくとれるようになってきた気がします。コミュニケーションスキルがようやく中学生~高校生レベルには発達してきたかもしれない。



もしかして発達障碍者の発達って、SSTとか一生懸命頑張るより、友達ができるかどうか次第で決まるんじゃないかな……

「人間は、色々なことをしゃべりますけれど、本当は、二つのことしか言ってないんです。


一つは、私は、ここにいます。

そして、もう一つは。

あなたが、そこにいてよかった」


「それだけですよ。でも、何度言っても、それを言い尽くせないから、みんな、しゃべるのをやめないんです」 (「塵害魔京」より)

うーむ。
本当は「他人に助けを求めるのが苦手で、うちに抱え込んで我慢しちゃうのはすごく損してると思う」っていう話を書きたかったんだけど、なんか前向きっぽい話になってしまった。 まぁそういう気分だったということで。