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『未来を花束にして』感想 ロンドンの急進的参政権論者「サフラジェット」を描いた作品

宇崎ちゃん問題でも話題に上がったり、最近読んだ漫画「コルセットに翼」という作品*1でも最後の方で登場していた「サフラジェット」を描いた作品。以前話題になってた時にいつか見たいと思ってブクマしてたんですが、Amazonプライムで無料で見れると知ったので見てみました。

ロンドン1912年
数十年の間、女性は男女平等と参政権を平和的に要求してきたが、無視され続けた。
急進的な参政権論者(サフラジェット)のエメリン・パンクハーストは全国的な抵抗運動を呼び掛けた。
これはその運動に参加した、ある女性労働者団体の物語である

これでピンと来る人もいると思いますが、映画「ジョーカー」とも通じるところがあると私は思うので、ピンと来た人はぜひ合わせてみてほしいなと思います。もちろん、中盤からは「ジョーカー」と決定的な違いがあります



初めて「サフラジェット」が登場するシーン、あまりに唐突かつ暴力的でマジキチにしか見えない

物語の主人公は、街の工場で務める女工であり、最初はサフラジェットではありません。

その彼女が配達のために出かけた街中で、ショーウィンドウに置かれている人形を見てなごんでいたら
いきなり「サフラジェット」の連中が、集団でその店にわけのわからんこと言いながら石を投げこんでいきます。

当然、街は大混乱。けが人も出ます。主人公は結局配達ができず、少しけがをしてしまいます。
主人公は女性ですが、少なくとも最初に遭遇したシーンではサフラジェットに良い印象を持っていません。
工場で働く女性も「働かずに権利だけ主張しているいけ好かない連中」のように扱う人が多数でした。


工場内にもサフラジェットの人はいましたが、仕事は今一つで文句ばかり言っており、
態度的にも褒められたものではなかったので、ますますサフラジェットに苦手意識が付きます。

サ「私は13の時から洗濯女。娘はまだ12歳なのに。女にはきつい仕事よ。手段を選ばず闘うわ。」
主「窓ガラスを割って?ご立派ね」
サ「かまうもんか。立派な法律さえできればいいのよ」

サフラジェットが、外部の人間からどのように見えるかが伝わるいい描写だと思う。


サフラジェットじゃなかったのに、なし崩し的にサフラジェットの活動にかかわってしまう

しかし、気が付くと、いろんなところにパンクハースト夫人のシンパが増えていた。
息子が世話になっている街の医者もそのようだ。

彼女はそれまで自分の人生にほかの可能性があるなんて考えてなかったが、
本当に、本当にふと思い立って公聴会を聞きに行くことに決めて、
なし崩し的に公聴会での証言をすることになる。

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*2

しかし夫は「妻」が権利を主張することを歓迎しなかった

家族としてはいい人だったが、「男女問題」になると夫もやはり男の権利を女が侵略することを良しとしなかった。

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夫は男の価値観から、妻が厄介な運動に巻き込まれないように「心配」してくれていたんだけど。
決して彼女の心を理解しようとはしなかった。



もともと現状への不満はたくさんあった。それでも頑張って生きようとしてた。なのに「社会」が彼女を切り捨てた

主人公の母親も14の時から女工。
名も知らぬ父親に孕まされ、産後もすぐに働くことを求められる
4歳の時に工場の事故で死亡。もちろん労災保険などなかった。

主人公自身も7歳から働くことを求められ24歳になるまでずっと洗濯の仕事だけ。
それ以外何も与えられず死ぬまでその仕事をして工場に尽くすことを求められる。
挙句に環境は劣悪な上、同じ環境でも男より過酷な労働を強いられる。
周りのみんなは、工場に尽くすだけ尽くして若くして死ぬ定め。
自分にはそれしか生きる道はないと言い聞かされ、それを受け入れていた。

「若いのに立派だね」
「洗濯女は短命です」
「なぜだね?」
「体は痛み、セキがひどく、指は曲がり、脚は潰瘍にヤケド。ガスで頭痛持ち
 去年肺をやられて辞めた子も。」
「賃金は?」
「週13シリング=0.65ポンド(我々の感覚だと1.5万円程度)です。
 男は19シリングで、労働時間は3割短い。それに配達中心で外へ行ける。」

明言はされてないが、工場では主人公をはじめ多くの女工が工場長の慰み者にされたことがあるようだ。
セクハラは日常茶飯事であった。

そんな様子を、かすかな希望を持って、公聴会で証言する。

「あなたにとって選挙権とは?」
「ないと思っていたので意見もありません。」
「それではなぜここに?」
「もしかしたら、他の生き方があるのかもしれない……と」

何かが変わるかもしれないと期待して。

期待はあっさりと裏切られ、主人公は活動家として投獄される

証言の場では真剣に聞いてくれていると感じた。
何かが変わると期待させられた。



しかし、女性参政権のための法改正は否決。
集団で抗議を行ったら「暴動」として鎮圧され、サフラジェットたちの多くは怪我をしたうえ拘留される。
保釈金は2ポンド。払えるはずもなく、投獄される。

しかも、この時、それまでのサフラジェットの活動の成果として「政治犯」として扱ってもらえるはずだったのに、彼女たちはその扱いを受けることができなかった。

リーダーであったホートン夫人も結局夫には逆らえないことが明らかになる。

「(私たちの声に耳を傾けるといった政治家たちに)だまされた」

「違うだろ。ただ夢を見ただけだ」

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一週間の刑期を終えて帰宅すると、夫は激怒。二度としないと誓わされる。

それでも、一度希望を持ってしまったら諦めることはできない。
再度集会に参加し、パンクハースト夫人の演説を聞く。

将来生まれる少女が、兄や弟と同じ機会を持てる。
そんな時代のために闘うのです。
女性には、自らの運命を決める能力があるのですから。
法を破るのではありません。私たちで法を作るのです。
私たちに残された道は、政府への反抗しかありません。
私は奴隷より反逆者になります。

再度逮捕された後、自宅に送り返された後の夫の態度がエグい。

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今までよき夫だと思っていたが、それは「分をわきまえた妻である間だけ」だった。
豹変した夫は、あっさりと妻である主人公を家から追い出す。子供にも合わせずに。



彼女は「将来に少しの希望を持ちたい」という望みを抱いただけで、危険人物として逮捕され、活動家として新聞に顔をさらされる。「カルト宗教に騙された愚かな女」として扱われ、職場では同じ女工からも敵扱いされ仲間外れにされ、結局クビを宣告される。今まで家族だと思っていた人から追い出される。社会からいないものとして扱われながら、それでも存在することの罪として周囲から足蹴にされる。
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社会は彼女を「ないもの」として葬った。


切り捨てられた彼女に残された道は

・「サフラジェット」として目的を果たすか野垂れ死ぬかの戦いに身を投じる
・警察の犬となって「サフラジェット」の仲間を売る

どちらかしか残されていなかった。




……というところまでがちょうど半分です。 ね、ここまでだとすごく「ジョーカー」っぽいと思わない?



でも、この作品の場合はそこからが違う。警察は必死に「彼女たち」を一人一人分断して孤立さえ、スパイとして取り込もうとするけど彼女たちはそこで「連帯」する。決して一人にはならない。姉妹のように絆を結んで闘い続けることになります。





後半は実際に読んでみてもらいたいなと思います。

ちなみに、作品では共感を得やすいように「洗濯女」が主人公として描かれていますが、この作品で本当に重要なエミリーはこういう人物です。

ja.wikipedia.org

1906年にデイヴィソンは女性政治社会連合 (Women's Social and Political Union、 WSPU)に入った。1903年にエメリン・パンクハーストにより結成されたWSPUは、女性参政権という最終目的達成のためには戦闘的で対立も辞さない戦略が必要であると考える人々を糾合するものであった[4]。1908年、デイヴィソンは運動に完全に身を捧げるため、教職を離れた。同年、デイヴィソンは現代外国語学位の外部候補生としてロンドン大学の試験を受けた

直接的には男性による女性参政権への政治的支持を活気づけることとなり、北部男性女性参政権同盟(Northern Men's Federation for Women's Suffrage)ができた。最初はイギリス首相アンソニー・アスキスへの代表団という形をとっていたが、これが拒絶されると永続的な団体となった。トップは女優のモード・アーンクリフ=セネットであった。

墓石にはWSPUのスローガン「言葉ではなく行動を」("Deeds not words.")が刻まれている。

ご存じの通り、女性参政権の直接のきっかけは第一次世界大戦であり、サフラジェットの行動にどれほどの意味があったかは歴史的にも評価が分かれるそうだが、「こういう人たちがいた」というのは強く印象に残る映画だと思う。 

今の世の中は、「窓を割り、爆破しないと、男は耳を傾けない」時代ではない。
むしろ、この論理を援用してよいのなら、女性がぶん殴られなければならないことも多いような、多様性の世の中である。
だが、もし社会が当時のロンドンのように女性や弱者を扱うなら、こういう存在はいつでも登場する可能性はある。


そのことは忘れてはいけないなと思う。




関連作品。
ここら辺の作品が好きな人ならこの映画絶対面白いと思う。

www.tyoshiki.com
初めて「銃」が戦場に投入され、女性も戦争に参加した歴史的な「フス」戦争を舞台に、女性たちの奮闘を描く。


www.tyoshiki.com
地獄のような環境で「連帯」する女性たちの姿を描く。


第3のギデオン(1) (ビッグコミックス)

第3のギデオン(1) (ビッグコミックス)

フランス革命が舞台で、有名なロラン夫人が登場するほか「女性の権利」を訴えて戦った人たちの姿が描かれている。
オランプ・ド・グージュ - Wikipedia


コルセットに翼 1

コルセットに翼 1

この映画をみるきっかけになった作品。もっとも、この作品だと主人公たちは穏健派サフラジスト側であり「サフラジェット」は悪者として描かれてるんですけどね。「家に閉じ込められてきた女性が自立を勝ち取っていく物語」として面白い。

*1:「コルセットに翼」はかなり面白かったので、「レディー・ヴィクトリアン」が読み終わったらセットで紹介したいと思います。

*2:それにしても、今よりずっと労働環境が悪く、まして女性の待遇は低いはずだったのに、仕事中に「サフラジェットの政治活動に参加しています」って明言しても、仕事さえちゃんとしてれば政治活動そのものが理由でクビになったり露骨に不当な扱いを受けないんだね。100年後の日本では、労働基準法で定められてるのに、表立って職場で表立って政治活動について発言できる人なんてほとんどいないことを考えると、本当に恐ろしいのは日本の同調圧力か。