頭の上にミカンをのせる

「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

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オッサンになればなるほど「いい人」というだけでは他人を信用できなくなってくるのが悲しい……

最初はダブルスコープがらみで投資の話をするつもりだったんだけど書いてるうちにだんだん自分といういう人間が嫌で生きるのがつらくなってしまったため感情の制御がおかしくなって支離滅裂になった文章です。


最近日本株ですごく人気があったダブルスコープという株が暴落しました

先週の時点では3000円あった株価が、3連続ストップ安になり夜間取引では1250円まで下げています。

日本株に投資している個人投資家というのは現実においてはレアキャラなのですが、
情報伝達速度が異常に早いのでTwitterでは結構存在感があります。
最近の人気株が3連続ストップ安になるという大惨事にすべての株クラ住民が注目した結果
Twitterトレンドにも載るくらい話題になっています。


投資している人たちの間では「株価は10000円も夢ではない」と騒がれていたのですが
日本で最も著名な投資家であるCisさんは「現時点での株価は」1150円程度の価値しかないといいます。

実際、ものすごく有望な会社なら株クラで凄腕と呼ばれる人たちも多少は追いかけているはずなのに
その人たちは「え、何その株?」という反応もちらほら出ていました。
そもそもチェックの対象外だったという感じですね。

いつもの事なんだけどこういうのを煽る人って「いい人」が多いし、だまされる人も「いい人」が多いんだよな……

私は上がってる途中から観察してたんですが、
「この株について批判的なことをいう人はいない」という空気がすごく危ないなと思ってました。

それほどこの株に詳しくない私から見てもいろんなリスク要素があって
そのあたり考慮した上でトレードしないといけない「かなりハイリスクハイリターン」な企業だったんですが
誰もそういうリスクについて話をしない。ひたすらにいいことしか言わない。

会社も都合の良い情報はじゃんじゃんIRで発表しまくるのに
ある程度株式投資を続けてる人なら当然気になることを全く開示しない。
「根拠は示さないけど将来的にこうなるから信じろ!」みたいなノリでした。


正確に言うと「韓国のネットで、韓国語で開示されて」いました。
なぜか日本人の投資家に投資してもらいたがってるはずなのに「日本語では情報判断に必要な情報が出ていないかった」んですね。


韓国語がわかる人が一生懸命情報を探し、翻訳して共有していたようですが
逆に言うと、その人たちに依存しないと自分で情報を確かめることもできない……。
韓国語がわかる人に情報を独占されてしまっている。そんな感じでした。



結果が出た後であれば「なにそれ怖い」……ってのよくわかりますよね。
凄腕の人は、当然他人に頼る前にまず自分で情報を精査しますから
その精査すべき情報がないこのダブルスコープという会社についてその時点でもう眼中にない感じでした。



ところが、この株を買ってる人たちは
韓国語の情報を共有してくれる人に感謝し、その人の言うことを完全に信じているようでした。
そいて、株を買ってる人どうしでもよい情報だけを共有しあって株価が下がると励まし合う。


ああ、これは「かつて味わったことがある嫌な感覚だ」ってなりました。

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それでよく調べてみると自分が体験したときと同じように教祖様みたいな存在がいました。

しかもこの時の教祖様は複数体制でした。
本尊として「大教祖様」がいて、その下に数人の「プチ教祖様」がいるような状態。
今まで株クラで見たことがない人が「教祖様」「凄腕の投資家」としてあがめられ
よくわかってない人たちが教祖様を信じて盲目的に付き従っていく感じ。
これはアカンやつやーってなりました。

初心者の頃って「いい人」というだけで他人のいうことを信じちゃいがちだけどこれ一番危険

繰り返しになりますが、こういう空気の時って
「批判が存在しないみんないい人の世界」が形成されちゃうんですよね。

株式投資ってぶっちゃけいい人であっても無能な人より
どれかけ性格がクズでも勝てる人を信じるべきというか
そもそも他人を信じちゃダメな世界なんですが、
やっぱりみんな不安だから、頼れる人を探してしまう。
その時に、「いい人」の意見を聞いてしまう……。

なんか「ダブルスコープに否定的なことをいう人」はその時点で邪教扱いして
全く聞く耳を持たない人が多かったんですよね……。

でも株式投資ってインデックス投資以外はクソゲー(敗者のゲーム)なので「能力がないいい人」はただのカモですよ

でも、厳しい世界であればあるほど、ゼロサムやマイナスサムな世界観になるほど
クリアするのが難しければ難しいゲームほど
人って「まっとうにやるより、自分より弱い人間をカモにするほうが楽だ」って妥協しちゃう。

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みんながいい人であるのは「参加者にとってゲームが簡単でみんなにゆとりがある時」だけです。
そういうことは「Hunter×Hunter」や「ログ・ホライズン」というフィクションで学ばないといけない。


いい人かどうかより「本当にすごい人かどうか」の見極めの方が優先度が高いし、その上でいい人かどうかを判断したほうがいいですよ

弱肉強食の世界において実力がない人が「いい人」なのは当たり前です。

でもそれって弱いのに態度がデカかったら仲間が作れなくて食い殺されるからですよね。

良い人としてふるまわなくてもいいのにあえて良い人とふるまってるわけじゃないですよね。

そういう環境では「良い人」というだけでは信頼するに値しないんですね。悲しいけど



しかも、すごい人だからといって信用していいかというとこれも微妙。そもそもすごい人がなぜ自分(たち)に親切にしてくれるのかって考えたときに納得いく理由がなければこれまた信じてはいけない。


みたいなことを考えはじめると、人を信じるのってすごく難しいんですよ……


私は信じるたり人を受け入れるのが苦手すぎるので、

上の記事で述べた通り、私は一度騙されてますから、そのせいで過剰に他人を警戒してしまう。

むしろ「ただのいい人というのは一番厄介」くらいに思ってしまう。

損得勘定がない範囲の浅くて表面的な付き合いはそれなりに如才なくこなせるけど他人に心を開くということができない。

人を好きになるということができない。

好きになろうとするとストーカーのように相手を観察して徹底的に安心できないと難しい。

自分より強い人とか優れてる人に常に警戒心を持ってしまう。

そのくせ自分より劣ってると感じてしまうとそういう人には敬意を抱けない。

私はこういうのを考えるのが煩わしくて嫌なんですよ……。

こういうことを考える自分がほんとに嫌でしょうがない。

誰かと深い関係を築けているというだけで、なんかもう人として私より数百段格が上の人なんだなと感じてしまう。

中島義道だってなんだかんだいって結婚して子供もいるし世の中クソだな。

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なんか自分が人を信じることができるようになるビジョンが見えないので、せめて人に信じてもらえるようなことをしたい

それで、人に信じてもらうってのはどういうことなのかを今からでいいから他の人から教えてほしい。

なんかホワイトアルバム2の春希くんが20歳のころに通過したような地点の話を

その倍生きてるのにいまだにしてる私って本当になんなんじゃろ……。

ああ気分が鬱になってきた。それもこれもすべてダブルスコープが悪いんだ(サイテーなオチ)