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「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

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「夫のちんぽが入らない」感想(前編) 夫はどういう気持ちで主人公のそばにい続けたのだろうか?

作者の実体験に基づいた私小説的な内容らしい。

途中の部分が読むの結構しんどいが、最後まで読んだら話題になるのもわかる印象的な話だった。


www.tyoshiki.com
「普通」に生きられるのにそこから逸脱しようとあがき続け、結局どこにもたどり着かないこちらの話と対極のような存在だ。



作品の帯では

暗闇を歩くあなたに届いてほしい、愛と堕落と希望の物語

とある。

「堕落」によってどん底を死なずに通過し、そこから這い上がることに成功したこのストーリーはとても「優しい」話だなと思う。

最近の世の中は、いつも「普通」の人がちょっとした堕落も許さないとばかりに相互に他人を監視しあって目を光らせあっている。
みんな自分のことを普通だと思っていて、隙あらば普通でない人間を見つけ出しては攻撃し痛めつけることを娯楽としている。
多様性を尊重というのは口だけだ。誰もが異物を排除したがっていると私は感じている。

そういう状態で、「普通」になれない、なんとか装えるけど体力を消耗しきってしまう人間には今の世の中は厳しすぎる。
そういう世の中ですりつぶされそうになっている人には、スッキリはしなくても「心地よい諦め」を肯定してくれる作品だと思う。



この作品は部分だけを切り取ったら「間違った決断」ことばかりなのだけれど、だからこそ最終的に到達する地点がすごいと思う。
「普通」がわからずもがき苦しみ続けるが、普通をあきらめて、違ったところに安住の地を見出すという展開になっている。




最初から最後までちゃんと読んでほしいので、まずざっくりと全体のストーリーをなぞっていく。
前編では3巻まで、後編は4巻以降の内容について整理する。



「普通の人」ならできるはずの恋人・夫とのセックスができないことを気に病む主人公

主人公は田舎から出てきて都会で男と出会い恋仲になる。

そのうち、恋人との性行に臨むのだが、彼のちんぽがでかすぎて挿入できない。

潤滑オイルなどを使って何度も挑戦したが、地獄の痛みを味わうだけで
毎回血まみれになり、結局一度も成功することはなかった。

私たちは、こんなに犠牲を払い、滑稽な真似をしてまで、つながらなければいけないのだろうか

結局二人は一度もセックスすることがなかったが、それでも結婚をする。

妻となった主人公は、自分が世間一般の妻ができることができないことに強いコンプレックスを感じつつも
口淫などの手法で夫に奉仕することで何とか問題をやり過ごしつつ結婚生活を過ごす。


仕事でも普通の人がこなしていることができないことを気に病む主人公

そうこうしているうちに、夫だけでなく妻である主人公も小学校の教師として仕事を始める。

精一杯頑張っていたが、いろんなところで躓いてしまう。

例えば、こんな感じ。

・若くて女の先生は頼りないから子供を任せられないと保護者からつつかれる。
・価値観の古い職場の人間から無神経な言葉をぶつけられる。
・保護者会では無神経な母親たちから「子供はまだなの?」みたいな声をかけられる
・共働きだから専業主婦と比べると夫に対してできてることが少ないと馬鹿にされる


「ちんぽが入らない」ことにコンプレックスを抱いて、妻としても先生としても頑張ろうとするし、つらいことも我慢して耐えてしまう

妻としても社会人としても頑張りすぎて擦り切れそうな毎日を送っている中で、
夫とは性による身体のつながりを持つことはできない。

その分夫には恥ずかしくないように尽くしてきたつもりであった。

夫をこれ以上、かわいそうな目に遭わせるわけにはいかない。
この人は、ちんぽのはいらない人を妻にしているのだから。

夫は途中から風俗通いを始める

しかし、夫は自分に内緒で風俗に通っていた。しかも割と頻繁に。
妻でいる自分は性の問題で悩み続けていたのだが、夫は妻に相談せず一人で「解決」していた。

ずるい。私を置いて、一人だけ「入る」世界に行ってしまうなんて、ずるい

しかし、主人公は彼に対して負い目が強すぎて、それを責めることができなかった。

知らないままでいたかった。
だけど、そもそもちんぽの入らない私が悪いのだ。
(中略)
この人のことをよろしくお願いします。この人、私ではダメなんです。

別の小学校に職場が異動になる。いきなり「学級崩壊を起こした5年生のクラス」を担当させられる

4年間小学校の教師を務めた後、職場を移すことになる。

1学年30人規模の小規模学校で1学年1クラスという難しい学校だった。

前の学校で4年の経験を積んだとはいえ、経験のない高学年、しかも「前年に学級崩壊を起こした」クラスの担当になる。


頑張ろうとしたがうまくいかなかった。

・頑張りが空回りして教師の間でも孤立させられ
・クラスも二か月後には結局「学級崩壊」を起こすことになった。

すでに外部の機関に相談しなければいけない域に達していたのに
私はまだ自分の力で何とかできると思い込んでいた。
その厚かましさや思い上がりこそが、大人のいやらしさかもしれなかった。
それが積もり積もって、私も信用ならない大人の一人に加わったんだろう

学校で完全に孤立させられて、ストレスで心身共にバランスを崩してしまう。


しかし、この時主人公は夫に相談することができなかった。
元々主人公は夫に対して負い目があったし、夫も高校の教師で、夫は教師としてうまくやっていたからだ。

「学級崩壊の原因は100%担任の指導力不足。家庭教師のせいにする人がいるけどそんなの教師失格だよ」

「うん、そうだね」

――ここに、いるのです。 目の前に

普通に考えれば全然別の話だし、担任指導力が足りなくても、うまくいく先生もいればいかない先生もいる。
上手くいかなかったからと言って周りや夫に助けを求めるのは何も間違っていない。

でも、主人公はそれができなかったのだ。
幼少時から母親に「気合で何とかしろ」といわれて育てられ、うまく助けを求めることができなかった。

夫は主人公が作ったご飯を食べずに捨てるようになり、それを咎めることもしなかった

これが、よくわからないのだけれどなぜか夫は途中から妻の作ったご飯を食べずにゴミ箱に捨てる。

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なぜこういうことをするのかが良くわからない。


主人公はご飯を手抜きして作っているわけでもないしメシマズでもない。朝食べる時間がないならラップして冷蔵庫にいれればいい。

それをしないで捨てるのだ。

私だったらこれは「お前のことが嫌いだ」という意志表示としか受け取れないのだが、しかし彼はこの後もずっと彼女と一緒にいるし、つらい時は彼女のことを支える。

つまり、別に妻のことが嫌いになったわけではない。なのに、なぜかご飯を捨てやがるのだ。


結局これは最後まで読んでも「なぜ夫はご飯を簡単に捨ててしまうのか」は説明がない。妻から夫になぜかとたずねるシーンもない。

いずれにせよ、この行為は「妻」としての主人公を深く傷つける。当たり前だ。


職場でも家庭でも追い詰められすぎてこのころから希死念慮が強くなる

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同時に、このころからインターネットに思いをつづるようになる。

多分この時無駄に常識人ぶる人間ばかり多い「はてな」で書いてたらボコボコにされていたと思うが彼女が自分の思いを書くために選んだ場所は出会い系サイトだった

主人公はインターネットで知り合った人と実際にオフ会で出会い、そのつもりはなかったのだがなし崩し的にセックスをすることになる。

とんでもないことをしてしまったと思ったが、その際、「夫のちんぽは入らなかったのに、他人のちんぽは入る」という事実に驚く。また、口だけとはわかっていても他人から「君は大丈夫」と言ってもらえたことは彼女にとって大きかった。

これによって、張りつめていた何かが切れたのか、数か月ぶりに安眠することができる。

シマシマ(1) (モーニングコミックス)

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いっきに「堕落」していく主人公

誰でもいいので「君は全然大丈夫」と言ってもらいたかった

ここから主人公は、ネットで不特定多数の男性と出会っては関係を持つようになる。


特に登山おじさんが意味不明すぎるんですが……。みんな病んでるんやね…。

ただの身体だけという浅薄さにわたしはずいぶん救われてしまった。わたしは空っぽになってしまった心を、相手は性欲を満たす。ただ心と身体がむやみに汚れるだけなのに、自分と同じようにすさんでいる人に会うと妙に安心した。


その人を通して、自分を見ているような気がした。

こうして、堕落するという方法は最善ではなかったかもしれないけれどそれによって自分は「立派にやらなければならない」と自分を追い詰めてしまう状態からは脱することができた。そしてなんとか生きる方向に舵を切りなおすことができるようになる。

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安吾の「堕落」論も、ちゃんと読むとそういう話だったりする

主人公の「生きたい」という決断を助けたのは今まで何もしてくれなかった夫だった

そして、主人公は「生きる」ために仕事を辞める決断をする。
この際、主人公は学校からも親からもなじられるが、それを守ってくれたのは夫だった。

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ここもよくわからない。夫は妻が苦しんでいたのは知っていた。
妻の方からアクションがあればしっかり助けるだったし彼女の決断を受け入れるつもりだったことは、
主人公が仕事を辞めると言い出してからの迅速な行動が雄弁に語っている。
でも、妻が眠れない夜を過ごしている時も、他の男と寝ている時も何もせずに黙っていた。


これは、主人公が夫に対して思うところがたくさんあったのに何も言えずに黙っていたのと似ている。
夫は夫で、妻に対して負い目があって自分の考えを押し付けることを遠慮していたのだろうか?
似た者同士だなと思う。


退職を決意し、心に余裕が生まれてから少しずつ状況が好転する

本当は、自分が思っているほどクラスはぐちゃぐちゃではなかったのかもしれない。
本当はちゃんと伝わっていたのかもしれない

仕事を辞めることを伝えてから、仕事納めの日までは
今までのことがうそのように穏やかな日々を過ごす。


そして、仕事を辞めてからは少しずつ回復していく。

ご飯を食べ、思い煩わずに眠る。
ただそれだけで感情の先っぽが丸みを帯びて、
日ごとに身体の中の毒がぬけてゆくのが分かった。

このまましばらく休んで、何も問題が起きずに回復することができれば、また教職としてやり直すみたいな道もあったかもしれない。

しかし、1年後さらなるつらさが主人公を襲う。


自己免疫疾患で関節が破壊され、治療費で家計に負担をかける存在になってしまう

身体がきしむように痛い。
家事もままならない。
夫のちんぽも入らない。
今の私、誰の何の役にも立ってない

せめて夫のために子供を産みたいという希望を持つが、それも叶えられなかった

そんな中、帰省した時に夫が親戚の子と楽しそうにしているのを見て
せめて子供を産むという役割を果たしたいと決意する。

しかし、そもそもちんぽを入れることが困難な上、
妊活のために自己免疫疾患を抑える薬の服用を一時中断したところ
症状が悪化し、妊活は半年で中止することになった。


逆に「身軽」になった主人公は少しずつ前を向いて歩き始める

しかし、この件で今まで自分を苦しめてきた「こうあるべき」という重荷がまた一つ取り除かれることになった。
今までだったら「あるべきものが失われた」「できなければいけないことができなかった」と余計に苦しんで自分を責めて絶望していただろうけれど主人公はもうそういう風には考えなくなっていた。 

「生きる」方向に舵を切っていたからそういう考え方ができるようになっていた。

この時点から、いろんなものをすっぱりあきらめたうえで、自分ができることをやろうとする。
短期間の労働から始めて少しずつ自分の人生を取り戻し始める。


35歳で夫との性行為をやめ、36歳で閉経

すべての性活動が終了した。卵巣の機能も終わってしまった。
だけど、私は性のにおいのしない暮らしに、ようやく自分の居場所を見つけたような気がした。
ここにいていい。安心してここにいていい。

この間もずっと夫は傍にいた。
作品中では詳細が描かれていないが妻が26歳の時に限界を迎えて退職してからも10年間ずっと夫は彼女と一緒に夫婦として傍にいた。
この間も風俗には行ってたが、それでも妻を見捨てるようなことは一度もなく彼女の生計を支え続けた。
愛情が全くない状態で、こういうことができるだろうか?

ただ、夫の心情はこの作品では全く語られないから、夫がこの10年間どういう気持ちで過ごしてきたかは語られない。


ここまでで3巻終わりです。


前半の感想 夫はどういう気持ちで主人公のそばにい続けたのだろうか?

この作品中では、主人公の気持ちはとても具体的に語られている。なので、あまり思い悩むところはない。
一方で、私が強く興味を持つのは、主人公ではなく、むしろ夫の方だ。

すでに文章中でも疑問を書いたけれど夫はいったいどんな気持ちで妻と一緒にい続けたのだろうか。
描写不足もあってこれがよくわからない。




ただ、それを勝手に書かないのは作者の誠意なんだろうな。

作者は、自己を正当化するために都合のいい夫像を描くことはできたはずだ。
少なくとも推測くらいは述べてもよいと思わなくもない。
だが、この作者は推測すらしない。夫に端しては事実しか描かない。この徹底ぶりがすごいと思う。

だからこそ、読者にとっては夫は読者の鏡になるのだろうなと思う。
ただただひどい人に見えるかもしれないしその逆と思う人もいるだろう。
私は妻に負けずとも劣らずの不器用な人だなと思うが悪い印象はない。皆さんはどうだろうか。