私がべらぼうに好きな大河小説「流血女神伝」のイラストレーター、船戸明里さんのマンガ作品。
絵が上手なのはもはや言うまでもなく、話自体もいろいろてんこ盛りで繰り返し楽しめるやつですね。
主人公ミス・ブレナンは、牧師の父親と教師の母親から厳格な倫理観と貞淑さを叩きこまれて育った。
身分に不釣り合いな教養と、遠くからでも目立つ美貌の持ち主である。
彼女は過去のとある事件によって愛というものを信じられなくなっていたが、
せめて自分のモノにはならなくても、愛の実在を信じたい、その側にいたいと願っていた。
自分には永遠に手にはいらないもの 自分には届かないもの
だから せめてその輝きのそばにいたかった
愛の満ちた場所へ この魂を鎮めたかった
この世界に どこかに 神の示すままの愛があってほしい
どこにあるの? 本当にあるの?
そんな彼女は、家庭教師としてロウランド家に赴任する。ここからが物語のスタート
最初はこの家こそ、自分が理想とする愛がある場だと思い、
家庭教師の分を越えてまで精力的に活動するも、ロウランド家の闇は深かった。
ブレナンはロウランド家の人間の思惑に利用され、翻弄されて、陵辱され、屈従を強いられる。
さらに、過去のゴシップを暴き出され、信じていたものが自分から遠ざかっていく。
ブレナンは、周りの全てから攻撃をされれているように感じ、
世界の誰にも味方がいない、もう誰も信じられない、と思いつめるまでになっていた。
最初精力的に活動し、雇い主とも強気にぶつかりあっていた彼女が、
疲れきって一人になることを願い、ただ眠ることだけを考えるようになる姿は痛々しい。
そんな彼女が意外な人物から助け舟を出される。
「ホンモノの中傷はあんな程度じゃなくてよ?
私がギルと結婚した時、社交界じゃイロイロ言われたわ。
デタラメな話ばかりが面白おかしく伝わっていくの。
お友達だと思っていた人も去っていた。
誰だって我が身は可愛い。立場や家や守るべきものが多すぎるもの。責められない。
でも、仕方ないと諦めたからって悲しくなくなるわけじゃないの。
夫や家族が愛してくれるほど、社会に拒絶される我が身が惨めだった。
時間が解決してくれるという人もいたわ。いつか癒やされる日が来るって。
ウソよ。
何年経っても、今、この瞬間に起きたことのようにあの時の感情が胸の内で泡立つの。
早く忘れたいのに忘れられない。
私を救ってくれたのは、見返り無く信じてくれたのは
グレースキング、あの方とロウランド伯爵だけだった。
派閥争いに理想したんだとご忠告くださった方もいらしたわ。
なんだってよかった!私は本当に嬉しかった!
だから…私は私の目を信じる。
彼女の後任に貴女を選んだロウランド伯爵を信じるわ。
私を信じてくれた彼女のために、貴女を信じるわ
ねえ、ミス・ブレナン。
貴女はどんなに辛くても、あの時あの場で弁明すべきだった。
貴女は、あの場にいた全員を
"醜聞を信じるような人間"だと決めつけて侮辱して傷つけたのよ
貴女はアスパン夫人を信じなかった。
いいこと?
私が貴女を信じてあげたのだから今度は貴方が誰かを信じる番よ」
さらに、その人物からのアドバイスによって自分を信じてくれていた味方がいたことに気づき、
その味方を守るために強くなっていく。
泣くのは今日が最後。もう弱音ははかない。
誤解されたっていい。でしゃばりと嫌われても構わない。
信じてくれる人がいるなら、私何だってする。
私にしか出来ないことがある
魂を取り戻したブレナンが戦う姿は、教え子である子どもたちの成長も促していく。
この「信頼の連鎖」みたいな姿がとても美しい。
先生は俺達が仲良く、上手くやってるって信じてくれてる
俺達がそう言ったから。だから先生には言えないんだ
先生はいつでも絶対俺たちを助けてくれる。絶対だ。
だから、自分のチカラで解決したい
先生はいじめられた女中を助けるためなら嫌われ役でもできるんだ
すごいよね、俺なら怖くて逃げちゃうよ。
父さん。俺も先生みたいになりたい
とはいえこれでめでたしめでたしではなく、
ブレナン自体はいつ爆発してもおかしくない火種をすでに抱え込んでしまっている。
いつこの連鎖がちぎれ、反転して憎悪の連鎖になってしまうかもしれない。
ハラハラさせられる展開が続いていて目が離せない。
アレは幻
近づけば蜃気楼のように消えて失せてしまう
若さも美しさも 無垢な愛も
遠くて 私にはもう遠すぎて
というわけで、とても面白いでござる。
余談ですが、私はこの作品を超豪華なエロ本だと認識しております。
「チャタレイ夫人の恋人」って読んだこと無いけどこんなかんじなんかな?
「クズの本懐」が美少女が誕生していく様を描いている作品だとしたら、
この作品は「美女」「魔女」が誕生する過程を描いているような感じ。
貞淑の見本であった、というか自らは愛というものから無縁であると信じていたミス・ブレナンが、
自分の意思ではないにせよインモラルな世界と、歪みつつも強い愛のある世界を往復する中で
どんどん深みにはまっていく様子は、見ていてドキドキさせられますね!
この作品は大人と子供が明確に切り分けられており、
子どもたちはまっすぐに成長していくのだけれど、一方の大人はかなりドス黒い。
大人たちはみなそれぞれの思惑をもって動いている。
それはすべてブレナンが求めてやまない「愛」ゆえなのだけれど、
まぁ見事にみなさん歪んでいらっしゃって、それぞれ形が違うのでとても複雑なことになっている。
あの日見たかった家族の姿が
神様 貴方の教えに背いて ここにあります
なんて 残酷な美しさ
こういう中でブレナンがそれぞれの「愛」を観察し、自らもそれに染まっていくという展開。
この作品の舞台であるロウランド家の数十年後を描いた「ハニー・ローズ」という作品があり、
すでにこの作品の結末は確定した状態だったりするわけですが、
結末がわかっていてなおその過程から目が離せない作品ということで非常に面白いです。
暗い話の中で、ありきたりなものではない、
あっけからんとした希望を描く船戸明里さんの作風を見ていると桂明日香さんを思い出すなー。