この夜が明けるまであと百万の祈り

発達障害者としての生き方によく悩んでます。いろいろあって今現在は教育系の出版社でつとめてます。普段は自分が好きなマンガの話してます

平成も終わるしざっくり「Kanon問題」の話でもする

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の続き。

この漫画の3巻でこんなシーンがありました。

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ゼパフルよ……それはKanon問題といってだな……

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は?(#^ω^)ピキピキ 
あるにきまってるわけですが?


……まぁ怒ってるのは冗談ですが(笑)


ギャルゲーやっててこの問題について考えなかったことはないというか、「考えさせられなかったことはない」という人はあんまりいないと思います。

そんなわけで、この通称「Kanon問題」についてざっくりと書いておきます。ざっくりなので、詳しい人はもっといろいろ語ってもいいのよ?


「Kanon問題」が平成ギャルゲーマーの必修科目だった時期があった、かな?

ギャルゲーというのは、ものすごい文脈が重要なジャンルであり、「ギャルゲーにおける選ばれなかったヒロイン問題」などというのはギャルゲーマーの中ではある種常識です。実際にこの問題についてギャルゲーマーが強い関心を持っていることを前提としたギャルゲーがたくさん出ています。


この「選択されなかったヒロインのその後」を考察する問題が通称「Kanon」問題と言われてます。


「Kanon」というゲームにおいて、基本的にヒロインは、主人公とのかかわりによって奇跡が起きることによって救済されない限り、ほぼ全員バッドエンドが確定しています。(名雪を除く) 要するに感動させるためにヒロインの環境を過剰に厳しいものにしたために、「救済されないヒロインはどうなるんだよ」という問題が出てしまったことからこう呼ばれるようになったとかなんとか。詳しくはリアルタイムじゃないから知らんけど。

それまでもヒロインがひどい目にあう作品なんぞなんぼでもあるんですが、ある意味世界そのものが残酷なので平等であるとか、一本道のシナリオが多くて主人公が選ぶヒロインは固定されており説得力があった、などの面から問題視されなかったのでしょう。

Kanonでは一本道ではなく完全に分岐した状態であり、さらに「優しい世界が突然壊れて残酷な運命が描かれ」「奇跡が起きて助ける」というギャップが大きかったため、そのあたりがプレイヤーに引っかかったのだと思います。

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このKanon問題の提唱したメタの問題は、そのものが物語の良い題材となっていて、さらに突き詰めて高い評価を得ている作品が何作かあります。

例えば「いつか、届く、あの空に」や「スマガ」「装甲悪鬼村正」などであり、「fate heaven's feel」における「桜を助けるためにその他をすべて犠牲にする」という選択もこの問題に連なる系譜です。

ちなみに、やりすぎて話題にはなったが評価はいまいちになってしまった作品として「彼と彼女と彼女の恋」などもあります。どれも名作なのでやったことない人はぜひプレイしてもらいたい。

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まぁそのなんというか。なぜか一時期のギャルゲーというのはエロが大事じゃないとかそういう話じゃなくてなぜかやたらと「ものすごくメタ構造をもてあそぶ系のお話」が人気になったわけです。 ヒロインそのものはそのメタゲームを楽しむための道具だったのではないかと思うくらい。 

なので、当然ギャルゲーの倫理を問うみたいな作品も多かった。そして、製作者もそういったプレイヤーに対する挑戦を投げかけるという時期が続いていた。

当たり前だけどこういう状況が長続きするわけないんだよね……。むしろこういう極端に偏ったエンタメを楽しんだり考察することが求められるゲームは、時間がたっぷり余っている文系の学生が一定数以上いることが前提であり、そういう人たちがほかならぬギャルゲーに集中してくれないと成り立たない。 


というわけでこの傾向は2006年あたりからはすでに廃れはじめ、本来の「エ口ゲ」や「ストーリーゲー」「キャラクターゲー」という本来の要素をしっかり追求しているゲームがまた強くなってきたとかなんとか。 その後ギャルゲー自体の市場も縮小したけれど、こちらの本来の意味でのギャルゲーについては一定の需要は維持されているそうです。詳しくは現役のギャルゲープレイヤーのブログでも読んでくださいまし。



ちなみにKanon問題は主流からは外れるものの細々と残り続けます。「個別エンディングをすべて攻略したあとに初めて選択できるようになるグランドエンディング」という形と「ハーレムもの」に分岐・発展していくことになる。このGEにおいては、誰か一人を選ぶという形ではなくすべてのヒロインが救済されることになる展開が描かれるようになります。

そもそも名前の由来になった「Kanon」が、京アニによってアニメ化された際に、原作になかった「グランドエンディング」の形式になってます。どこがこのGEを始めだしたのかはあんまり記憶がないのだけれど、fateのファンディスクであるhollow/ataraxiaが出たころにはすでにそれを受け入れる土壌はできてたと思うしすでにそういう作品があったかもしれない。なんとなくですが、キャベツの作画で有名なAugustの「けよりな」あたりからはある程度GEの存在を認識していた感じ。

夜明け前より瑠璃色な -Brighter than dawning blue-(初回限定版)

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すべての個別ルートを体験したうえでGEを体験するために「ループもの」も多く取り入れられました。「ひぐらしのなく頃に」がその代表例であり、逆に「うみねこ」や「最果てのイマ」「Baldr Sky」においてはループを別の形で表現しましたね。

ひぐらしのなく頃に 奉 通常版 - PS4

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個人的には「マブラヴオルタネイティヴ」からの「Alterd fable」の流れのように、「GEにたどり着くまで無限にループさせられ、GEにたどり着くことでようやく物語のスタート地点に戻れる」という設定も面白かったです。



とか、個人的な体験を語ることだったらいくらでもできるんだけど。

全体としてはどうだったんですかね?

……結局ググっても、リンク集こそあれど、評論家によって総括された書籍や記事が見当たりませんでした。あずまんとか坂上さんは一体何をやっていたんだ……。平成終わるまでにちゃんと総括してくださいお願いします



参考文献
www.palantir-k.net


d.hatena.ne.jp
ttp://d.hatena.ne.jp/imaki/20100516#p1(はてなブログ以降でリンクがどうなるかわからないので)