頭の上にミカンをのせる

マンガアニメ大好き兼業投資家の日記です。WORLD END ECONOMiCAアニメ化のCFを応援しています。

「我々はすでに十分な説明をしている」「お前が納得する気がないだけだ」「シーライオニングだ」という指摘に対しての返答

結局「ぜんぜんわからない。俺たちは雰囲気で宇崎ちゃん問題をやっている」って感じでしたね - 頭の上にミカンをのせる

おっ、シーライオニングという言葉はこういう人に使えばいいんだな。早速事例が現れたぞ。散々説明をさせておきながら「説明されてないぃィぃ」言い出す人の実例。

2020/02/04 09:15


このお二方には私の言いたいことが全く伝わってないようなので、改めて説明します。

特にユンダさんはこのようにツイートされているので、
f:id:tyoshiki:20200204222211p:plain

↓の記事で十分説明されている、と主張されていると解釈します。

ltyさんが説明したのは「個人が不快に感じた理由」としては十分。 ただし「社会的にNGである理由」としては不十分

まずはじめに。私は、この記事自体にはとてもいい印象を持っています。 
主張しようとしている内容も記事の目的も明確ですし、かなり頑張って第一弾と第二弾の違いを整理していただけてると思います。
私がこの目的で記事を書いても一部を除いて同じようにまとめると思います。


その上での印象ですが私はltyさんが紹介されてる理由は「個人が不快に感じた理由」としては十分で、「なぜ第一弾がダメだといえるのか」の説明としては全く不十分なものであると感じます。
第一段階の時点でもこの程度の説明をしている人はいました。牟田先生の説明もこのレベルまではできていたと思います。


ただし、このレベルでは「社会的にNGである理由」としては不十分であると考えます。理由は後述します。


ただし、ltyさんの記事は最初から「個人が不快に感じていた要素」を説明することを目的としており全く問題ない

この記事では、単に「第一弾を批判して第二弾を肯定的に見てる人は、どこに違いを見出してるのか」の解説をしたつもりだ。

と書かれているように、ltyさんは「第一弾が不快と表明していた人がどの点に変化を感じたか」について、以下の5つから説明してくれています。

①乳袋 ②表情 ③構図 ④台詞 ⑤掲示

このうち、④についてのみ文句を言っていた人が手のひらを返した説明としては説得力が足りないと思いましたが、その他の点については少なくとも「変化を感じた」理由としては十分ではないでしょうか。ltyさんの記事については主旨の部分については大きく批判する点はないと思います。(細かい部分で2点ほど同意できない点がありますので後述します。ただこれは前提の違いであって間違いだというわけではありません)



ただ、前の記事でも明記している通り、私は「個人の感想レベル」の宇崎ちゃん批判は全く否定してないんだよなぁ……

最初から「個人の感想レベル」はご自由にどうぞと言っています。

フェミニズム側の人たちだけでなく、オタク側でもこの絵はちょっと……ってなった人が多かったことは知ってますし、私自身「問題点はある」と翌日に書きました。しかし基本的にほとんどの人は、ltyさんが書かれた通り、「個人の感想レベル」で好きとか嫌いを表明してただけです。

太田弁護士などの強い言葉で煽る人に影響を受けて同じように過激な物言いをする人はいたかもしれませんが、一人一人捕まえて意見を聞いたら「規制すべき」「無理やり辞めさせろ」なんて考えてる人はほとんどいなかったはずです。せいぜい「これは不快だから次からは考慮してほしい」程度でしょう。宇崎ちゃんの件ではゾーニングという言葉もシュナムルさんの放火事件の時ほどは見かけませんでした。「いやそんなことはないほとんどの人は規制しろとかやめさせろと思っていた」というのであればぜひを教えてください。



そして、その感情は当然ありうるし尊重する、と「宇崎ちゃん騒動が起きた翌日の時点から」述べてます。

―批判してる人の感情というか「前提の違い」は考慮すべき

一方で、批判してる人にはそんなん知ったこっちゃないからこのキャンペーンのために「わざと胸を大きくした」「エロ推し」のキャラが無理やり使われてるくらいの認識だったんじゃないだろうかと思います。んで、それはめっちゃ分かる。オタク絵に慣れてるけどこの作品の宇崎ちゃんは絵として明らかに記号的だしこの制服なんてまだかわいい方で、浴衣でも乳袋できてるのとかオタク的な感性からしても違和感あるよ。だから、ぱっと見の印象として「私は気持ち悪く感じるよ!」などの感想は全然ありだと思います。

https://www.tyoshiki.com/entry/2019/10/15/175504

そもそも私は「ぜんぜんわからない」の記事の概要の①②でも「社会的にNG(規制)を突きつけるのではなく個人の感想レベルで不快感を述べるのは自由だ」って書いてますよね?


最初から「個人の感想レベル」の人たちにはほとんど期待もしておりませんし、今回の件で太田さんや北守さんや灰さんはそのレベルだとわかったので今後はなにも期待しない代わりにまともに応対する義理もないですと書いています。

私が主張しているのは「社会的にNG」という重要な話を突き付ける場合にはそれ相応の根拠が必要だよということです

その上で私はこう述べています。

これに対して「違和感がある」「私は気持ち悪い」の域をはるかに超えて、過度に性的な意図を勝手に見出して批判するのは全然自明なことではありません。「そういう風に感じる人がいる」という話で尊重はされるべきだけど「内心の決めつけ」やまして断罪は許される範囲ではない

何回も言ってるけど「個人の感想を越えて社会的にNGだと主張する場合のみ、それを主張するに足る根拠が必要であり、それに十分な説明はされていない」と述べています。ltyさんの整理されている論点はごもっともだと思います。別に否定するつもりはありません。

しかしそれでは説明が不十分だといっています。「過度に」の部分が説明できているとは言えません。

牟田先生は、あちこちのガイドラインが過度な性的描写には注意をうながしている、ということを列挙しているにすぎず、そのガイドラインの根拠についてもはっきりしない5)。宇崎ちゃんは過度に性的なのだろうか

牟田先生は「幼い表情で、巨大といってもいいような乳房を強調」している描写は過度に性的だとか女性を性的対象物として描いているとかそういうことをもっときちんと言ってくれればよかったのだろうと思いますが、あれが過度に性的だとか性的対象物だとかというのはかなり議論の余地があるように見えて、「明らかだ」というほどではないように思います。だからこれを論じてもらわなければならない

「過度に性的なのはいかん」という言明を「性的なのはいかん」のように「過度に」という限定があり、それを論証しなければならないことを忘れてしまうのには「限定あり言明から限定なし言明への誤謬推理」Secundum quidという名前がついてます。われわれが非常によくやる詭弁と詭弁的思考なので、ちゃんと昔から名前があるわけです。

私が前の記事で「説明してない」といったのはこのレベルの話です。


zyzyやユンダさんをはじめ「私たちは説明した。でも説明してないといいはる!シーライオニングだー(ドヤァ」と主張している皆さん。
貴方がたは確かに「個人の感情レベルでの理由」は皆さん一生懸命説明されています。
でも、そのレベルの話は(少なくとも私は)別に最初から否定してませんし争点にしてません。むしろそちらは尊重すると申し上げております。
ただし、そのレベルをいくら積み重ねられても「そうだね。個人の感想どまりだね」だとしか言ってるだけです。
これだけ説明して、納得するかどうかはともかくこちらの主張を理解しないというのであれば、説明を聞いて納得する気がないシーライオニングをしているのはあなた方の方です。



みなさんがいろんな形で説明を試みたことは承知しています。ですが十分だとは言えないと思います

牟田先生に限らず、twitterでは社虫さんなど、ガイドラインを持ち出していろいろ言ってたのは見ました。しかし、ガイドラインを持ち出しただけでドやってた人は牟田さんと同レベルです。やはりきちんと三段論法でつなげたところは見たことがありません。


いや、これでもまだ「そんなことはない。過度に性的で問題だという理由は十分説明した」とおっしゃる方がいるかもしれません。

そうですね、たしかに、「性的客体化」などの議論を持ち出しておられる方々はたくさんいらっしゃいました。

しかし、牟田先生も小宮先生も、宇崎ちゃんに関して直接それをつなげることを避けたという事実を軽視してませんか? 牟田先生は結局三段論法において「過度に性的」の部分の「過度に」の説明を避けましたし、小宮先生も一般論として述べただけで宇崎ちゃんに関しての直接の言及を避けました。「かえる(ふくろ)」さんに至っては自説を強調するために、自説に都合がいいように宇崎ちゃんを「改変」するという行為をしていました。


この事実をどう受け止めていらっしゃるのですか?

これで説明したと胸をはって言えるんですか?

「あなた方が納得した」と「十分な説明をした」は全然別の話ですよね?

むしろ、なぜあなた方はこれで「十分に説明した」と胸を張れるのかが本当に疑問です

こちらが納得する納得しない以前の問題です。

「宇崎ちゃんのポスターはこれこれこういう理由で過度に性的であり、公共の掲示物としてのガイドラインには抵触しており、社会的にNGである」という三段論法を自己の責任においてきちんとつなげ切った人は一人もいなかったと私は認識しています。

個々のパーツではみんないろいろ言ってますが、基本的にはすべて「におわせ」程度であり、自己の責任としてきちんと説明しきったという人はいません。地下猫さんなどのように最初から最後まできちんと語ろうとされていた方もおられます。その点では地下猫さんは敬意に値すると思います。しかし逆に言うと今回の第二弾で「よくなったね」と主張することはできませんし、引き続き批判しなければ筋が通らないように思います。


こういう事実認識を持って、私は「必要な説明をした人は誰もいない」と述べています。

zyzyさんとユンダさんみたいな自己完結した人間はなぜこんなに傲慢に振る舞えるのか

もちろん私の観測範囲の問題かもしれませんので、「そんなことはない。ちゃんと説明しきった」というのであれば、その記事あるいはまとめを提出してください。
zyzyさんやユンダさんとかはそれだけどや顔で言ったんだから当然提出できますよね?

もしそれができないのにこちらに対して侮辱的なコメントをしたというのであれば、軽くでいいのでちゃんと詫びてほしいです。あなたたち絶対に自分の非を認められなさそうですけどね。

でも他人に失礼なこと言って謝罪もせずフェイドアウトしようとするなら、あなた方は反撃してこないと思った相手に一方的に石を投げて責任を取らない卑怯者です。二度と自分たちの発言に価値があると思わないことですね。





余談 ltyさんの記事について軽く

先ほども述べたように、ltyさんの記事は嫌いじゃないし、ちょっと引っ掛かる点があったけどそれほど気にしてるわけではありません。

ただ2点ほどツッコミポイントがあります。間違ってるというか、私とは意見が違うなというだけなのであまり気にしないでください。おまけ程度です。



この方がなせか記事の大前提として語られている下記の記述ですが、

国民の声を掬い上げ、基準を制定するのはそういった組織の仕事だ。「弾圧」だの「規制」だのをやろうと思えば出来てしまえるのは、権力者だ。決して「ツイフェミ」ではない。


これについて私は意見が違います。およそ表現問題においては、国家権力以外にもミクロな権力を想定したほうが良いと思います。

「国家などによるマクロな権力(全体に影響する)」だけではなく「ミクロな権力(国家などによらない、特定の主義主張を主張する集団)」というものがあること。
かつ、権力というのは「制約・検閲」だけでなく「特定の価値観の煽動」の方向もあり大衆はこちらに対して防御が難しい、という論が過去に語られていたことを意識しておくといいと思います。


むしろ、フェミニズムによるオタク批判の根拠の重要な部分にこの「ミクロな権力」の想定があるはずです。このミクロな権力を想定しているからこそ「こういう絵が公共の場にあったり、ジャンプでゆらぎ荘みたいなのがあると、女性への抑圧や攻撃になるからNGだ」という主張ができるわけですよね?

ちがいますか? 国家権力以外のミクロな権力を想定しないのであれば、国家権力と結びついてないオタク関係のコンテンツへの批判を公共の概念から批判するのかなり苦しくなりませんか?明確に法に反するわいせつ物くらいになりませんか?

自覚的か無自覚的かは知りませんが、フェミニズム側は今までさんざんこの「ミクロな権力」を前提としてオタクを批判してきたわけじゃあないですか。違いますか?

にも拘わらず、フェミニズムの活動にはそうした権力性は帯びないと主張するのはさすがに筋が悪すぎるのではないでしょうか。

ltyさん自身がオタク批判をされてるわけではないかもしれませんし、どこまで意図してこの記述を書かれたのか知りませんが、ちょっとこの部分は同意しかねるなーと思いました。




もう一点は「立証責任」のところですね。

もしあなたが何かを恐れているなら(誰かの言葉を借りるなら「フェミのヤクザ論法に権力者が折れて、フェミに言いなりの表現規制ガイドラインを作ること」を恐れているなら)、フェミニスト叩きではなく、一つ一つの表現に対して「なぜこの表現は問題が無いのか」に言葉を尽くすべきだと思うよ

さすがにこれはギャグで言ってるのかと思いましたがちょっとどういう意図でこの記述を書かれたのかがわからないので保留します。



ltyさんの記事は全体的に「国家権力」以外を想定していない素朴なモデルのためか、フェミニズムの加害性・権力性などが無条件で阻却されており、そこが違和感につながっていますが、それは些細なことであり、記事自体は素晴らしかったと思います。



追記
http://dogear.hatenablog.com/entry/2020/02/05/070947

 
はあ、、、

まず、誰がどんな名目で言い出したとしても規制では無いという主張ですが、この記事の「ミクロな権力」についての記述を完全に無視してますよね。私にはここ関係ないって読み飛ばしましたかね。

改めて思ったけど、やっぱり批判してる人たちって、自分たちの活動が攻撃性や権力性を帯びてることや、批判を受ける側のプレッシャー完全に無視してますね。

そうかー。私達の意見は無力だけど批判された側が勝手にいろんな表現を取り下げた、という建付けを無邪気に信じてるわけですねー。そうかそうかー。

おそらく、フェミニズムとオタクのすれ違いの根本原因はここにあるんだろうな。このあたりのダブスタぶりからネトフェミさんが目をそらし続ける限りは全く議論しても意味がない気がするな。



次。
対日赤が全てであり、オタクや反フェミに説明する必要はないという理屈。

あのさあ、、、別に読めとは言いませんがその「日赤が判断することである」も過去記事に書いてますね、、、日赤が第一弾について、フェミの人たちが言うような批判に対して、日赤はそうは考えていない、と言う判断を出したときに。ガイドラインなんかより明確に直接にそういう意見を出したときにあなたは耳を傾けましたか?あなたはその時点で「日赤がそういう判断をくだしたのだから従おう」とか「そうか、自分たちは言いすぎだったな」と矛を収めましたか?

もしそれなら筋は通りますが。

もともとこの主張は単体としては正しい。あなた方がちゃんとその理屈に従って行動してたならこちらも納得できるものです。でもあなた方は自分に都合が悪い状況のときは日赤の判断を受け入れませんでしたよね?今更何言ってんですか?流石に恥知らずじゃないですか?


 
それから私は日赤がガイドラインを発表したことも記事で取り上げてますね。そこ見てみぬふりしてなどいませんね。

どうせそのあたり読まずに書いてると思いますが。ほんとため息が出るわ。

 

次に、あなたは「日赤が批判を受けてガイドラインを作成した=批判していた側が正しい」とまでは主張していません。しかしその時点でフェミニズム側はこれ以上の説明は不要であると言ってますね。

 

なぜですか?

 

これは直接的なたとえではないので後できちんと今回の件に戻しますが例えばコンビニで暴走老人が店先でイチャモンつけたとしますよね。

これに対して店長がオペレーションの邪魔になるからとりあえず老人の言うとおりに対応したら、老人のイチャモンは正しかったことになりますか?なりませんよね。他に優先すべき点があったということしか言えませんよね。老人の主張の正しさを証明するものではない。

むしろそういうことになるのなら、店長はいかなるクレームについても妥協しなくなる。

 

違いますか?

 

 

日赤が最終的に判断する。そしてその結果ガイドラインを作成した。我々が今得ている情報はこれだけですね。ガイドラインの内容も、既存の政府のガイドラインを参考にしたとだけ言ってるだけですね。中身について読まれましたか?私は読むつもりですがまだ中身が確認できていません。

 

さて、日赤はガイドラインを作成しました。でも第一弾がNGだったとは一言も言ってません。むしろ第一弾はNGではなかったと明言しています。

 

あなたはその点を無視されていませんか?

 

日赤がガイドラインを作成したというニュースだけ見てどこまで判断されましたか?

どのような三段論法を構築されましたか?日赤はフェミニズム側の意見をどこまで尊重したと言う理解ですか?フェミニズムの意見と老人のイチャモンが全然違うと判断した根拠は何ですか?
 


なぜ少ない情報で勝手に満足して、挙げ句冒頭で私に対して失礼なコメントを平気でかけるのですか?

正直昔ならいざ知らず、今となってはあなたよりは青二才さんのほうがだいぶマシに見えますね。