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女性がかかえる「加害衝動」や「暴力的な衝動」はどこまでも個人的な問題であり男女差別とか関係ない。個人で向き合って解決しなければいけない

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すごく面白かった!

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DMMブックで54%pt還元中だったので早速購入。面白かったら他の話も感想書く予定です。

これ見てて「一時期の石川優実さんは傍から見てるだけで辛そうだったなあ」ということを思い出した

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完全にこれですよね。

男性だったら99%パワハラとして扱われてたと思うしそうでなくても「君は精神的に不安定だからちょっと休め」って声がかかるのが当たり前なんですが、この時は周りの皆さんが「石川さんには何一つ責められるべき点はない」「石川さんを苦しめるやつがすべて悪い」かのような無理筋の擁護を続けていてさすがにこれはもう社会運動じゃなくて個人崇拝の宗教だろって思ってしまった。

なによりも、石川さんしんどそうだったのに休むことすら許されないんやなってのが見ててキツかった。マジでクボなんとかさんとかKTBさんあたりがすっごい気持ち悪かった。

田房永子さんは自分の加害行為をもとに「女性の加害にたいする社会的ケアが弱い」と問題提起されてましたね

www.tyoshiki.com
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しかしこの人、自分の夫に対する加害行為について自らマンガで描いておきながらそのあと「女性は男性社会の一方的な被害者だ」的なマンガを描き続けてるの謎なんだよなあ…。
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正直いって田房さんみたいな人は男性なら即アウトだし、女性であってもあかんやろって思うわけですが……。
なのに「男性は男性であるだけで加害的」「女性というだけで被害者」「やはり権力勾配。権力勾配はすべてを解決する」みたいなトンデモ理論が最近まで(今でも頭の悪い人界隈では)結構幅を利かせていてこういうのが許されてしまってた。最近になって「応用ポストモダニズム」みたいな名前が付けられてこの理不尽な理屈が納まりそうですが、まぁそれまでの間ははてなでも宇野ゆうかさん当たりを中心にトンデモな意見を数でごり押しする人が多かったですよね・・・。

暴力的な衝動とか加害衝動ってしんどいものなのに、それを抑えるどころか煽り立てる空気が続いてたのはかわいそうだと思う

こういうのって傍から見てると「好き放題無責任に男をDISりまくってさぞ楽しかっただろうなあ」って思う人もいるかもしれませんが、実際はかなりしんどいと思います。

私はミサンドリとかミソジニーっだとかいうものはいくら相手をDISってもちっともすっきりしなくてずっと続くものだと思ってます。なぜなら上の漫画にもあるように、他人から見てドン引きするくらい攻撃が強い人って、自分では自分の事を被害者だと思ってることが多いからです。ネットでよく見かけるミソジニーやミサンドリーも「差別意識」や「蔑視」よりも根強い「被害者感情」によって駆動している可能性が高いです。

変な言い方ですが「女性を見下してる」という理由だけで出てくるミソジニーって割とライトなんですよ。カラッとしてる。注意してたら「あ、ごめん次からは気を付けます」ってすぐ訂正しそうな軽さがある。だからいわゆる強者男性からの差別意識ってネット上だと問題になりにくい。見た目はそこまでひどくないから。本当はこっちのほうがよくないことのはずなんだけどね。

一方で自分の人生に不満を抱えていたり自己肯定感が低い人がその原因を誰かに求めた結果出てくるミソジニーやミサンドリーはあきらかにウェットだ。というかジメジメしてる。粘着質でドロッとしている。見るからに理不尽で気持ち悪いから抵抗を感じさせるしネタにしやすいからすぐ拡散される。

私はこのタイプは差別じゃなくて「相手を怖いと思う防衛本能」とか「嫌いな相手に対する依存」が表に出てくる感じなんだけど、こっちのタイプが「差別」みたいな言葉で批判されてぐちゃぐちゃになってる。なーんか変だなって思うわけです。


私はミソジニやミサンドリは差別の文脈じゃなくて「被害者意識からくる加害衝動」っていう形でとらえなおしたほうが良いと思ってます

こういう感情は直接的に他者に危害を及ぼすリスクがあるので差別以上に一番恐ろしいんです。しかも、個別の問題だから社会的な文脈に包摂しても意味がなく個人ごとに解決するしかない。にもかかわらず、こういうヤバイ感情を社会的な文脈に接続して中途半端に正当化してしまうせいで、ただでさえやばい人がどんどんおかしくなっていってる。

自分だけだとどんどんエスカレートしていって抑えが効かなくなるものなんだけど、普通の人は怒られたり周りから反発されて(ネガティブフィードバック)適度なところで落ち着きます。

ですが石川さんみたいに急にえらくなったり、田房さんみたいにツイフェミから支持されてメシくっていくようになると、周囲がどんどんとそういう過激な行動を求めるようになります。そして、これは麻薬のようなものであり、うっかりそれにこたえようとしてしまうと「ポジティブフィードバックループ」が止まらなくなります。常時心が被害者モードになってしまう。

被害者モードっていうのは心の収支に負債を抱えてるようなもんです。常に不機嫌。常に不幸。誰かのせいにせずにはいられない。こんな状態が健康なわけがない。このせいでずっと身心にデバフがかかりますから百害あって一利なしです。しかも一定のラインを越えると、田房さんのように暴力が止められなくなるみたいです。この状況は本当にしんどいだけなので、なるべく早期にその状態から抜け出したいです。


私は被害者モードになってると自覚したら、「何に怒りを感じてるか」を言語化することで怒りを吐き出してニュートラルに戻すようにしてます。ニュートラルに戻ったら被害者意識の原因となった対象からは距離を取るようにします。つい最近は結構強い被害者モードになってしまったのでそれなりに丁寧に吐きだし作業をやってました。「スルーしろ」とか「別の事で忘れろ」みたいなアドバイスすぐしてくる人いますが、ぶっちゃけ余計なお世話なので黙っててほしいです。


「そもそも、支配まで暴力に含めていいなら女性の方がはるかに暴力的な部分あるよね」って考えもある

まぁちょっと乱暴な意見だと思うのでさすがにこの話だけで肯定はできませんが、女性の加害性を頭っから批判してしまうとしんどいこともあると思います。「女性だって暴力的になったり支配的にふるまうことは当たり前のようにある」という話はマクロ社会の事情とかで正当化してしまうのはやめましょうマジで。レイヤーが違います。

まずは個人の問題として向き合う。ニュートラルになった上で社会の問題を考えるのはいいけど、「自分の個人的な怒り」を無理やり正当化すると、その時はよいかもしれないけど後々苦しいことになるだけだと思います。 このあたりをごまかさないようにする。そして社会としてもそこの区別をしっかりつけて、女性の暴力性や加害性についてはちゃんと個人の問題として対処するようになってほしいと思います。


結論:自分の被害者意識や暴力的な衝動と向き合うためのヒントとしてこの本はとても良いと思いました。

最近は男性を加害者として扱う意識だとか、男性が自分の加害性と向き合うよう促すという部分ははかなり浸透してきたと思います。ぶっちゃけ過剰なほどだと思います。一方で「女性を加害者として扱う。女性が自分の加害性や暴力的な衝動と向き合う」という部分はむしろ不自然なほどにおざなりにされてきたように思います。なんなら「もっと怒れ」と煽られ続けてたのではないかと。おかげで女性は「制御の仕方もわからずにむやみやたらに怒る」「加害衝動を抑えられない」といった苦しい状態になってる人もいるようです。


ネットのロールモデルがツイフェミになっちゃってるのはよくないと思います。あれは雑すぎる。小学生のような幼稚な言動をする人も多い。「男に対する怒りを発散して終わり」なら男に依存してるダメ女のままなのに、なんでそれでヨシ!としてるのか本当にわからない。馬鹿じゃないかと思います。それより「怒っちゃダメ」じゃなくて、「上手に怒りを伝える」「相手を動かす」という方向に行けばよいのに・・・と思うことが多いです。


だからSNS上で「他人の夫婦問題に口を出す」みたいなことをやってる人は全員読んだ方が良いと思います。