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「拡大自殺」に関する議論や報道への疑問| 川崎市多摩区殺人事件は「自殺報道のガイドライン」の対象にならないの?

www3.nhk.or.jp
この事件についての話です。

「一人で死ね」について議論が云々していますが、、、なんか議論以前の前提レベルで分断が起きてるよね。

すなわち、この事件を殺人として受け止めるのか自殺と受け止めるのかが人によってブレまくってる。

人によって立脚点そのものが違う状態でまともな議論になるわけ無いと思う。


拡大自殺は「自殺」としての局面を強調すべきか? それはなぜか?

news.yahoo.co.jp
の記事においては、「拡大自殺」という言葉で殺人としての要素より、自殺としての要素を強く認識すべきだと説明されています。

というよりも、ほとんど殺人としての要素が論じられておらず、「自殺」を食い止めるためにどうすべきかという話になっています。


拡大自殺 大量殺人・自爆テロ・無理心中 (角川選書)

拡大自殺 大量殺人・自爆テロ・無理心中 (角川選書)

死刑願望を含む自殺巻き込み型の無差別殺人は、これまでも起きている。児童8人が死亡し、児童生徒15人がけがを負った大阪教育大付属池田小学校の事件(2001年)、2人が死亡し7人が重傷を負った土浦連続殺傷事件(2008年)、7人が死亡し10人が負傷した秋葉原通り魔事件(同)等々。秋葉原事件を模倣したとみられる1人死亡11人負傷のマツダ本社工場殺傷事件(2010年)などもその一つと言っていいのではないか。

藤田さんの言うことは「正しい」けどこれで必要十分だ、と言われるともにょる

このように「自殺」の側面を強調している人は

「死にたいと思う人を止める役割の者からすると、そういう言葉は、死にたい人に『死ね』と言っているに等しい。言っている人たちは、他者を巻き込んだという部分だけを見ていて、事件全体を俯瞰的に見ていないのだと思う。自殺を考える人をどのように減らしていくかを考えるのが事件の本質。本質を見て欲しい。社会全体が考えていくべき問題と思います」

この点を主張する。

これはものすごくよくわかる。最終的な結論としては、殺人と見た場合でも私はこれに同意する。

だが、初手からこの事件の犯人を自殺者という側面を強調してみることが自明であるとして、藤田さんらの解釈を理解しない奴は馬鹿だみたいなツイートがめちゃくちゃRTされまくってるのはなんだかなーって思う。


拡大自殺といっても「殺人」としての要素はある。これについて殺人を憎む気持ちの吐露したり、被害者に「憑依」して発言している人に対して、「なぜそれではいけないのか」という部分として「他の自殺するかもしれない人を追い詰めるから」だけでは弱いのではないか。


正直言って、それでは正しくはあるけど事件の半面しか説明されていないと思うし、そもそも本当に私たちは「一人で死ね」という言葉を慎むだけで問題に対応できてるといえるのか?「やってはいけないことやってない」だけで、お手軽になにかいいことをした気持ちになってない?


あくまで藤田さんの意見はこの事件の「自殺」という面を強調したときにとりうる主張として正しい、という話であって、その他の側面からの議論を排除すべきではないんじゃないの?



そもそも、この事件を本当に「拡大自殺」として理解するのは正しいの? 統合失調症とかの可能性は?


しかしながら、こと今回の事件が、その背景も明らかにならない(少なくとも、他の類似事件よりも明らかに判断材料が乏しい)うちから「無敵の人が起こした事件」と半ば決め打ちされて議論が展開していることは、「無敵の人をなくしたい」というよりもむしろ「なにもわからない状況だからこそ、自分たちを納得・安心させるための『物語』『筋書き』がほしい」と考える人びとの、ある種の自己防衛的な反応であるかのように見える。

平和で安全になっているはずの社会において、このような事件は異様であり、グロテスクであり、意味不明なものとして強いインパクトを与え、人びとを不安にさせる。

だからこそ人びとは、このような凶行に及ぶ人物を「平和で安全な社会で生きる自分たちとはまったく異なる存在」「経済的にも社会的にも追い込まれ、世間に恨みを持つ異質な存在」であると規定して、不安を取り除くための「とりあえずの説明」を得たいと考えるのではないだろうか。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64916

ぶっちゃけ私は白饅頭さんのことが好きではないのだが、この件については同意する。

現時点ではまだ何も言えないなーって思ってるところに藤田さんの見切り発車記事が出て議論が完全にそっちに誘導されてるのは好きじゃないです。



自殺面を強調するんだったら、今の報道ってどうなんだ?

この点もちょっと気になるんだよね。

www.mhlw.go.jp
ja.wikipedia.org

・機会あるごとに公衆に自殺に関する知識を与える
・自殺をセンセーショナルにする言葉や陳腐化させる言葉を使わず、また問題に対する解決策のように表現しない
・自殺に関する話題を目立つように配置したり、過度に繰り返したりしない
・既遂した自殺や自殺の試みの方法について詳細な説明をしない
・自殺既遂や自殺の試みがなされた場所についての詳細な情報を提供しない

今って明らかに殺人としての報道がされてるよね。
そうやってみた情報を仕入れて殺人事件という側面を重視してる人に藤田さんの理屈をぶつけてもかみ合わないと思うわけで。


NHKなどでは「拡大自殺」という言葉を紹介しているが、これはこれでゴールドウォータールール的な話との解釈との関係も混乱してる気がする。(この人は精神科医じゃなくて心理学の教授だから厳密には違うんだけど)

www3.nhk.or.jp

米国精神医学会 医学倫理規程第7条3項
精神科医は、公衆の注目を集めている人物や、または公共のメディアを通じて自身に関する情報を公開した人について、意見を求められることがある。このような状況では、精神科医は、精神医学問題全般に関する専門知識を一般の人々に共有することができる。しかしながら、自身が実際に検査を行い、且つそのような発言に対して適切な認可を与えられていない限り、精神科医が専門家の意見を提供することは非倫理的である

とかね、報道もネットの議論も、はてなの村のモニョみたいな感じのしか見かけない。私も含めて、とりあえずこの事件について言及したい欲を、藤田さんの記事で満たせてよかったねって感じ。


まとめ……られない

この件は正直まだなんも自分の意見を言えることがないです。