頭の上にミカンをのせる

マンガアニメ大好き兼業投資家の日記です。WORLD END ECONOMiCAアニメ化のCFを応援しています。

そもそも皆さんがどうやって「バチェラー」とか「テラスハウス」を楽しんでるのかがわからない

これは私がおかしいのであって皆さんは別に気にしなくていい。


note.com

この件ね。



私はもともと、何かのきっかけがあったのだろうけれど(それが何かは思い出せないのだけれど)

「作り物」がヤラセなしですよ、みたいな顔をしてることそれ自体に猛烈な嫌悪感を感じてしまう。(だから虚構新聞とかいわゆる「嘘松」もすごい嫌い)

クイズ番組か、東京フレンドパークみたいなやつ以外、バラエティ番組は子供のころからほとんど見れなかった。

もちろん多くの人が「言わなくてもわかるだろ?」「わかったうえで楽しんでるんだよ」って考えなのは知ってるからそれは否定しない。

でも自分は、「実在の人物」で台本あるなって思うやつが全く素直に楽しめない。

そういうものを見ていると無性に不安にる。安心できないから楽しむどころではないのだ。



台本があるってわかってるものについては、

三次元ならきっちりドラマとして、フィクションであることを明示してやってほしい。

プロデュースものなんかは二次元キャラでないと素直に楽しめない。

二次元は百パーセント作り物だから逆に安心できるけど三次元はほとんど無理。

自分が好きだったのって「洲崎西」とかの一部の声優ラジオくらいですね。 声優ラジオでもほとんどのものは無理だった。



リアリティショーとか恋愛バラエティ番組を面白いと思ったことが全くない

まず用語の確認から。

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

あいのりは「リアリティ・ショー」に分類され、

バチェラーとかテラスハウスとかは「恋愛バラエティ番組」に分類されるようだ。

Wikipediaには過去の番組のラインナップがずらっと並んでいるので眺めてみたのだけれど……

あくまで個人的な話として言わせてもらうと、友達との付き合いのために何作品か何が面白いのかみじんも理解できない。


なんせ、私はヒカキンの面白さすらわからないので特定の方向の感性が死んでる自覚はある。



面白さがわからない私のような人間にとってこれらの番組は「なくてもよい」ものである

もっと露骨な言い方をすれば、私からすれば「楽しんでる人間」が気持ち悪く感じられる。
私にとってはこういう番組は「虚構新聞」を喜んで楽しめといわれているのに近くて拒否感がある。


一方、楽しんでいる側からしたら、面白さがわからない人間は「わかってないやつ」になるのでしょうね。
実際になぜかこの手の番組が好きな人たちは
「この番組を楽しめるのは当たり前」で「楽しめないやつはおかしい」という扱いをしてくることが多かったです。


身内でも「バチェラージャパン」の時に
別に自分が出演者よりモテる男や女というわけでもないのにすげえ上から目線やしたり顔で恋愛論語ってる人が多くいてめちゃくちゃ気持ち悪かった。
なぜか本人たちはそういう発言がイケてると思っているようなのだけれど
私的には「野球観戦の時にテレビの向こうに向かってヤジを飛ばすおっさん」と同じに見えた。



そんなわけで、「自分が見てもよさがわからない」「楽しむことを強要してくる人がいる」「楽しんでる人たちの所作や発言が不快」
といった経験を積み重ねるうちに、すっかりこの手の番組そのものへの苦手意識や嫌悪感がついてきてしまったという感じです。


こういった番組を楽しめるかは、内容の良しあしよりも「出会い方」とか「周囲の人間」といった外部要因が大きいんだろうなと思う

この嫌悪感や抵抗感は最初「人」への嫌悪だったものが「番組」に転移したものだとは思うのだけれど、
今となっては生理的な嫌悪にまでなってしまっているので、
良いきっかけでもない限り、今更素直に楽しむことはもう無理だろうと思う。



なんかそういうコンテンツはもう全部二次元でいいやという気持ちになっている。
どうせ作り物なら、「生もの要素」は要らない。
「生ものゆえのイレギュラーの意外性があっても全体的に出来が低い」と感じるリアリティ番組を見るより
テレビドラマやアニメやアイマスでもみてたほうがいいです、私はね。
なんでそこで「リアルの人間」であることにこだわる必要があるんですか?



私はそのあたりが良くわからない。



だからといってこういうものの存在を否定していいということではない


でも、エロゲやってない人には私がエロゲ楽しんでる気持ちわからんだろうし
プリコネやってない人からしたらプリコネ楽しんでる人は気持ち悪いんだろうし
投資やってない人からしたら投資家なんて人間の屑の集まりなんだろうと思います。


なので、「わからない」ことについては「わからない」でとどめておくべきだろうなと。



誰かの好きは誰かの萎え。
この問題は「わからない」以上のことはあんまりいうつもりはありません。




それができなくなったら宇崎ちゃんポスターで発狂してた人とか
岡村さんを過剰にバッシングしてた藤田なにがしとか
今回の件でも自分を棚に上げて「誹謗中傷してた人を釣ろうとしてる村人」になっちゃいそうだから。


いつも思うけど、はてなブックマークやってる人たちって
「自分が絶対に吊られないオオカミにも噛まれない人狼ゲーム」をやってるつもりなのかなって不思議になる