頭の上にミカンをのせる(&1年かけて整体する)

「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

当ブログのおすすめ記事(アイキャッチ画像は気が向いたら作ります)
nosh3000円オフセールの紹介
kindleセールの紹介
おすすめマンガセール
ウマ娘

「ヨイコノミライ」の平松ちゃんはどうやったら救われるのか?問題

あままこさんの文章読んでて「これは共感できる」って思ったのは初めてかもしれない。

amamako.hateblo.jp

その執着は、端的に言えば「平松ちゃんのような女の子を、幸せにしたい」というものです。

平松ちゃんは、確かに世間的に見ればダメダメな女の子かもしれないけど、でもそのダメさって、だれもが心の奥底では持ってるもので、ただ平松ちゃんは人より正直で、嘘がつけない故に、そのダメさを隠すことが出来ないわけです。

その正直さが、本当に僕には愛おしくて仕方なくて、「こんな女の子こそ、幸せにしたいのになぁ」と、思ってしまうのです。更に言えば、そういう女の子が救われるなら、僕の心の中にもある、平松ちゃん的な部分、「間違っているのは、僕じゃ無くて世界だ」という思いが、救われるような気がしてならない

といっても「平松ちゃんみたいな子が救われてほしい」ということではなく*1、「自分にとって思い入れのあるフィクション上のキャラクターがいて、その子が救われたいと願い続ける執着の気持ちがある」という部分です。

そのくらい、物語に必死になってのめりこんだことがあるという部分に強く共感を覚えます。

自分にとっての「ピギー・スニード」を持つ人はみんな仲間だ、くらいに思ってます

過去記事に書いてきた通り、私にもそういうキャラクターがいました。「御堂麻弥子」と「シーラ・ヘルマン」と「恵庭 杜若」です。カキツバタは一時期ブログ名そのものにしてたことがあるので見たことがあるかもしれませんね。

www.tyoshiki.com

www.tyoshiki.com

www.tyoshiki.com

www.tyoshiki.com

www.tyoshiki.com

私の場合は、幸運にして製作者たちを信じ続けていたら「EVE」シリーズでも「ランス」シリーズでも救われてほしい存在が救われる展開が来ました。その瞬間が来たときはマジで号泣しましたし、製作者さんに何度も何度も感謝しましたね。

あままこさんも「あままこさんの心の中にいる平松ちゃん」がいずれ救われる時が来るといいなと思います。

そこまでは共感を覚えるのに、その先にオタク臭を消そうとするところが私があままこさんが気に入らない根本的な理由かもしれない

そういうテーマをもっていろんな作品を見てたら、
平松ちゃんそのものではないけれど、平松ちゃん的なるものが救われる作品はあったんじゃないでしょうか。

それを探すのがオタクってもんじゃないんでしょうか。
泣ければ自分でそういうものを稚拙でもいいから考えてみればいいんじゃないでしょうか。

少なくとも私は御堂麻弥子については本物が来る前に代替となる救済ストーリーはいくつも見てきたし
自分でも稚拙な妄想を積み重ねて二次創作を2作品くらい作りました。
(その上で、本家のソリューションがあまりに見事だったので今では自分の稚拙な妄想は完全に破棄しましたけどね)

「杜若」みたいな子が救われてほしいという気持ちが残っていたので
大人になってから被虐待児や貧困家庭の支援のビジネスに挑戦してみたこともあります。うまくいかなかったけど。


あままこさんほどの人が、その探求をしなかったとか、妄想したことがないとは思わないし
きっとあままこさんも自分の中で平松ちゃんを救う100の方法を考えてみたはずです。

それが非現実的で稚拙な妄想だったとしても、そこからなにがしか得るところがあったんじゃないかと思う。
そういうところをもっとさらけ出してほしいと思ってしまう。

あままこさんにはまさに「平松ちゃんはどうやったら救われるのか?」についてもっと語ってほしいんですよ。

申し訳ないけど、私はもう理想を失ったオッサンなので
普段あままこさんが書いてるような頭の中と机上だけでこねくり回した
ふわっふわしててつかみどころもないし
そもそもあままこさん本人の意思が込められてないと感じるクソみたいなヘ理屈は大っきらいなんですよ。
いつも思うんですけどあれ誰のために書いてるんですか?
あままこさん本人だって納得してませんよね。
自分が学んできた小難しい本がどれほど大事なんか知らんけど、
本で書かれてる理論をちゃんと腹におとしきれてなくて制御もしきれずに
ただ振り回されてる小人物の話なんか誰が興味持てますかってのよ。
そんなん大学で経済学学んだだけのドへたくそなトレーダーの話と一緒じゃん。
・・・くそおおお書きながら自分にブーメランがグサグサ刺さってるよ畜生……


それよか、「平松ちゃんはどうやったら救われるのか」
「自分の中の平松ちゃん的なものをどう救えばいいのか」という切実なテーマで
いままで学んだ道具を総動員して格闘してるあままこさんを見たいよ。
そういう話だったら、めちゃくちゃ読んでみたいと思うよ。
そんだけ切実なものを抱えてるなら、その問題について本気で取り組んでるとこ見せてほしいよ。

・・・くそおおおおお書きながら自分にブーメランがグサグサ刺さってて痛いよ畜生……


改めて思うけど私はやっぱりあままこさん苦手だわ……

いつものことだけど、あままこさんの記事を読んだり言及すると
大量のブーメランが刺さって自分が痛くて苦しくなるから
この人について話したくないんだよな。
私があままこさんの事が嫌いなのって、あままこさんの中に
自分が目をそらしてる課題を勝手に見いだしちゃうからなんだよねええ。

池田仮名さんやTa-nishiさんがあままこさんのことをかわいがれちゃうのは
私とかあままこさんがいい年こいてまだ解消できずにかかえこんじゃってる問題を
どこかの時点で克服してるからなんだろうなと思うと尊敬の念しかわかない。


余談:一時期のエロゲー業界はそういう目的で作られていた作品が人気になってた時期があったように思います。

どこぞの評論家がエロゲの泣きゲーについて「自分の中の弱い部分や傷を感じてる部分をヒロインに投影し、そういうヒロインを救済することで自分も救われた気持ちになるすごい回りくどいトラウマ当てこすりであり、二次元の少女という人形を使った精神的オナニーであり、ひどいやつはただ鎮痛薬で痛みををごまかしてるだけ」(通称・レイプファンタジー)みたいな話をしてたことがありました。
これについて当時はオタクの人はめちゃくちゃキレ散らかしてましたし、エロゲの魅力をそれだけで語るのって浅すぎるとは思いますが*2、当時の自分としては結構好きな解釈でした。 私はまさにこれが目的で美少女ゲームをやってるようなところがあったからです。

なんかそれと比べると、最近の人気アニメ「リコリス・リコイル」とかはまぁ面白いんだけど最初から「どうせ千束は助かるんだろうな」っていう気持ちで見てるので盛り上がらんのですわ……。ヒロインが助からないことを期待してみるエロゲオタと、「どうせたすかる」「助かってほしい」と思ってみてるアニメオタ、どう考えてもゲスなのはエロゲオタの方ですが、フィクションですらもはやそういうのを求めたらあかんのだろうか……。

*1:私は平松ちゃんみたいな人間は嫌いです

*2:まぁこの批評が当てはまるのってぶっちゃけ麻枝准作品を除けばほとんどなかったし、麻枝准作品の解釈としては表面的すぎると思うけどね。麻枝准の「MOON.」とか「パンドラの夢」みたいないかにも評論家が好きそうなゲームだけをサンプルにして業界構造を無視した評論をやってたあたりから、あの手の評論界隈はダメだなって思うようになりました。宮本さんのエロゲー文化研究の方が100倍有意義でしたよ