柏木ハルコ「健康で文化的な最低限の生活」を読みました。前にも一度紹介したけど「福祉事務所生活課」においてケースワーカーを務める人たちを描いた作品。
「生活保護」がテーマではあるけれども、それよりも「自分に向いているかどうかわからない仕事」に就いて、そこで「ちゃんと人の役に立ちたい」って人が主人公。彼女が七転八倒しながら仕事と格闘していくってのがいつもの柏木ハルコ作品で本当に良い。成長描くとかそんなんじゃなくて、とにかく「ままならなさ」みたいなのと格闘する姿をまっすぐに描いてくれる作家さんでそれが本当に好きです。
本当はこの言葉メモしておくだけでいいんだけれどついでだからさっさと作品紹介しておきます。
「なぜ人の話をちゃんと聞くてはいけないのか」「人は自分の都合でしか動かないから」
この作品において、主人公の仕事は相手の話を聞いてそれに適切な対応をすることだ。しかし「相手の話を聞く」というのがめちゃくちゃ難しい。
基本的に受給を受ける側にとって、生活課の人間というのは怖い存在であって、なかなか味方だとは思えない。なにかあれば受給を止められたり額を減らされたりするのではないかと怯えてしまう。担当者の人に頼るしか無いのに、それでも警戒せざるを得ない。そんなジレンマで怯えている。
担当者側である主人公も話を聞きたいとは思う。でもなかなか話してもらえない。だからどうしていいかわからない。わからないことはストレスになる。ストレスを感じるとだんだん相手の行動が理不尽に見えてくる。
そして決まってこういう物いいをしてしまう。
「なんで○○するんですか?」「なんで○○しないんですか?」
あたかも現状を責め立てるような言い方をしてしまう。主人公は相手の話を聞きたい一心で必死なだけなのだがこの言葉は基本的に相手を追い詰めることはあっても心を開かせる方向に働くことはない。
相手はますます殻に閉じこもって何も言わなくなる。ますます焦った主人公は、しびれを切らして無理やり相手を動かそうとする。この時、今までずっと下手に出てきた相談者は怒りを顕にする。
一触即発の状況だったところでベテランの先輩が出てくる。先輩と相手がしばらく話を続けていると、相談者は主人公にはしてくれない話をしてくれる。そうしてやっと「わかる」状態になる。
「わかった」後になってから
「そういう事情なら最初から言ってくれれば」
と何度も繰り返す主人公。しかし、それを聞き出すために何が必要なのか。なぜベテランの先輩は話を聞けて、自分は聞けないのか。そもそも話を聞くとはどういう意味があるのか。なぜ話を聞かなくてはいけないのか。それがわからない。
そうやって悩む主人公に先輩がかけてくれる言葉が以下の通りです。
どんな温厚な人でも尊厳を侵されれば怒ります。
仕事を失う、病気になる、お金がなくなる…そういったことで人の人生の選択肢はどんどん少なくなります。でも、どんなに選択肢が少なくなっても、時には全く選択しがないような状況でも、その人の生き方を最終的にきめるのは本人です。……基本的にね本人の意思を無視して、こちらの都合で無理やり動かそうとすれば人は当然怒ります。どんな人にもその人なりの都合があります。人は自分の都合でしか動きません。その都合を知るには、まず相手に喋ってもらわないと。そのためには、こちらにも「聞く準備がある」と示す必要がありますね。以前も言ったとおり「相手の話を聞く」まずはそこからです。
これ、言葉にすると当たり前すぎるんだけれど、ホントに大事な話だなと思う。大事なのは関係性であって「理由」とか「理屈」とかはそれを補強するためにある。これを忘れてしまうと、上の主人公のようなことをやってしまう……。そのつもりがなくても相手を切り捨てたり責めるような物言いになってしまったり、逆に相手の言葉をシャットアウトする態度になってしまったり。
おまけ1 新人時代のしごとってなんでこんなにつらいんだろうね……乗り越えるまでは本当にきつい
もちろん、こんな話を聞いただけですぐ人の話が聞けるようになるわけではない。主人公は知識や経験が浅く、雰囲気的にも「頼りない」と思わせるところがあると周りの人間に指摘される状態だ。なかなか心をひらいてもらえない。話を聞かせてももらえない。
だからその後も主人公は焦って「話を聞く」よりまず自分の考えで行動してしまう。しかもその気遣いが的外れだったり、思いつきで無責任なことをいって、ますます問題になったりということを繰り返す。
対象者に巻き込まれるな。
相手が辛い状況なのはわかる。だがそこに共感しすぎて相手の思いに巻き込まれると、63条でいけるかも、などと都合のいいいい加減なことを言ってしまう。「期待させて落とす」
迷惑をするのは対象者だ。
本人は頑張っているのに、頑張れば頑張るほど泥沼にはまっていく感覚。 相手のタメを思って行動しているのに相手に睨まれ、話が違うとなじられ、上司にもちゃんと仕事をしていないとなじられる。先輩もフォローはしてくれるが基本的には自分一人でなんとかしなければならないことが多すぎる。実力不足故になにをやっても思う通りにいかず無力感を感じ続ける。
私のせいなのかな……
だから向いてないんだって……
なまじ責任感というか相手に共感してしまう性質ゆえに、自分を責める毎日。このあたり、見ていて本当に苦しい。
「難しい時は一度でうまくやろうとしない」の教え
個人的にこれは自分もちゃんと意識したいなと思った先輩の教えパート2。
説明して納得してもらう。それは必要なことですね。
ただもう一つ、今回の面談には大事な目的が有ります。それは次もまた福祉事務所に来てもらえるようにすること。それなりの関係を作るということです。それさえあれば、説明は後日でもできます
これな。
学校の試験や就職活動の面接とかだとアウトなのだけれど、それ以外だと「一度で決まらない」「一度ダメでも再チャレンジできるもの」のほうが実際には多いよね。
そういうものについては、いきなり一発で決めようとせず「関係をつなぐ」という防衛ラインを維持するのも大事ですよね。そういうゆとりを持ったほうが逆にうまくいくことも多いと思う。ゆとりって大事だと思う。 *2
*3
なんだか、新入社員の頃のような気持ちになってこの文章書いてますね(*´∀`)
良い所も悪いところも含めて新入社員の頃の「初心」を取り戻したい人におすすめ!
おまけ2 不正受給について
平成24年度は
・生活保護利用者数216万人
・生活保護費総額 3兆6000億。
・不正受給の件数は生活保護利用世帯数全体の2.4%(概算)
・うち、不正受給額は190億5000万。 割合は全体の0.5%
だそうです。
この作品で不正受給を扱った章についても「制度のわかりにくさ」や「文章を読めない人」などの問題が指摘されてて、本当にままならないなあと思います。
*1:さらにいうと、「忘れる」じゃなくて「元々知らない」人もいるかもしれない。親や教師や友人など、がちゃんと自分の話を聞いて尊重してくれるって経験がないと、そもそも「知らない」ことかもしれない。とある人物をきっかけとして視界に入る率が高くなってきた「人の話を聞けない人」を見るに、そんなことを考えたりする
*2:最初に入った会社、とにかく一発で決めろってケツ叩く上司のせいで本気で鬱になりかけたわ……
*3:というかですね。この作品の描写がもし事実なら、生活課はいくらなんでも組織のオペレーション力が低すぎる。職員の人が笑いながら「一人ひとりのケースワーカーの裁量に任せておくと、説明下手なケースワーカーにあたった人だけ不幸になっちゃうもんね」って言ってるけど笑ってる場合じゃねえ。企業サービスとして考えたら当たり外れ大きすぎて成り立たないよ……