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仕手株アンジェスで学ぶネット炎上 |ネットの炎上の半分は「説得力の弱い擁護をする人間」でできている

davitrice.hatenadiary.jp

読みました。このブログ好きだし普段はいろいろ参考にしてもらってるんですがこの記事はちょっとどうなんだろ……。

道徳的には正しいのかもしれないけれど、ネット炎上の理解としては片手落ちだと思います。


炎上はもともと理性や道徳とはかけ離れた行為

それを道徳的な立場から理解しようとするのはただの自己満足にすぎないと思います。

そういう態度で炎上を語ろうとすると、「わからないこと=おぞましい」みたいな雑な理解で終わって「間違ったやつらに対して自分は正しい人間だ」みたいなアングルになってしまうのだと思います。

あなたがバカにしているはてなブックマーク民相手だからこんな記事でもいいと思ったのかもしれませんが、目の前の事象を理解しようとする意志が感じられず、上の立ち位置から雑に切り捨ててるだけであまり好ましい記事だとは思いませんでした。


本当に炎上について理解したいなら、「道徳的」というものさしから離れた方がよいと思います。






私の意見もあくまで一面的なものの見方に過ぎませんが道徳的観点とは別の視点を提供するために株式投資の「仕手株」という概念を紹介します。
炎上は「数」の暴力でありそこに道徳や「価値判断」が入る余地はないと思うんですよね。

岡村さんへの批判も、平田オリザさんへの批判も、とっくに「ファンダメンタルズ」完全無視の需給相場になっていますよね

※先に「ファンダメンタルズ」と「需給相場」、それから「仕手株」について簡単な用語の解説をします。

①ファンダメンタルズ
株式投資の世界において、通常時の市場参加者はその企業の現在の資産や業績、それから将来確実に期待されるであろう収益など、現在の市況などを考えて現在の適正株価を考えます。この適正株価を考える際の諸条件のことを「ファンダメンタルズ」といいます。株価は日々揺れ動きますが、長期的にはその企業価値=ファンダメンタルズに収束するという前提で売買されているのですね。ところが、コロナ禍のように予想外の事態で市場評価の基準が混乱したりすると、この前提が崩壊して、みんながバラバラに考えるようになってファンダメンタルズはめちゃくちゃになります。

②需給相場
この状態になると「本来の企業価値」は完全に無視されます。本来の価値とされるところからはるかに乖離した価格が平気で突くようになります。長くは続きませんが、後は売り手と買い手がとどっちが強いかという綱引き状態になります。これを「需給相場」「モメンタム相場」などといいます。逆にファンダメンタルズが重視されるときは「業績相場」「ファンダ相場」といわれます。


③仕手株
特に、特定の集団の介入によって意図的に株価がつり上げられることがあり、この状態になったものを「仕手株」といいます。瞬間的に、常識で考えれば絶対にありえないような、本来の価値の数倍もの高値を付けた後、急激に下落する理不尽な株価の動きをすることがあります。

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大阪府知事によって煽られて不自然な株価の動きをしたアンジェスのチャート

仕手株は、「買い方が無理やり売り方を巻き込む形」でどんどん値段が上がっていく

私はネットの炎上というのは、この株式市場の「仕手株」状態と同じだと思っています。つまり「煽り屋に先導される形でよくわからず適当に参加してるだけのイナゴがたくさん群がっている」状態です。 ネットを見てると、株式投資を馬鹿にしたり敵視したりしてる人はよく見かけますが、ネットでの炎上を見るたびに「株式投資の代わりにネットで安全にイナゴ行為を楽しんでる人たち」によって毎日のように「仕手株化してる」案件だなと思って見てます。 

株式投資の場合、応援派と否定派の意見が「株価」という形で可視化されるので、炎上を理解する際に大変役に立ちます。


仕手株の値動きはだいたいいつも同じです。

なので、それに対処する方法も株式投資には格言もあります。

「三空踏み上げ売りに向かえ」

酒田五法による格言です。

一空目(1つ目の窓)は新規の強力買い勢力の出現、
二空目(2つ目の窓)は売り方の撤退と買い方の買い乗せ、
そして、三空目(3つ目の窓)は売り方の踏み(損を承知で買い戻すこと)と遅ればせながらの買い方の成行買い

となれば、ここで大天井を打つという見方です。

残るは買い方だけで、買い方同士のつぶし合いの場となるため、逆に売り向かった方が良いという相場戦術です。

https://kabu.com/glossary/1204288_3151.html


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先ほどのアンジェスのチャートをさらに拡大したもの。見事な三空からの下落でした



平田オリザさんや岡村さんの炎上は仕手株の動きそのもの。ネットイナゴのやる行為なんて株でもネット議論でも大して変わりません

例えば平田オリザさんや岡村さんが批判されるべき落ち度が100としましょう。


①インフルエンサー的存在が批判を始め、それに同調する人が一斉に叩き始める(岡村さんの場合は藤田孝典。平田オリザさんの場合は?)。この時点ですでに200くらいの批判が行われます。



②ある程度批判が強まるといろんな擁護が入り一時的に拮抗するが、擁護意見が強い影響力を発揮せず、批判の声の方が強くなっていく。擁護意見に対応する形で批判する側も手段を選ばなくなり、ありとあらゆる方向から批判が行われる。 それに乗じて「煽り屋」の声がすごく大きくなっていく(岡村さん批判の場合は石川優美や勝部元気など。平田オリザさんの場合は?)。 この時点で400から500くらいの批判が行われます。



③こいつは「好きに批判してもいいやつだ」という風潮が高まり、イナゴが大量に湧いてくる。 批判側の声が強くなりすぎて擁護意見は耳を傾けられることなく叩き潰され、批判する側の声ならなんでも通るようになり、無理筋な批判やしょうもないネタがバズったり、Twitterの晒上げ、Wikipediaの改竄などしょうもないことをする人間が増える。この時点で1000くらいの批判までヒートアップしてたりします。ここまでくると本人が何を言っても無駄ですね。 ちなみに、①で火をつけた人や②で煽っていた人たちはこのあたりからすでにこの話題から抜け始めます



④最終的に、批判する人がさんざん調子に乗りすぎ、批判されてる本人も擁護する人もうんざりして黙ってしまうと、明らかに「やりすぎ」という空気が生じてきます。 はてブやTwitterでも「まだこの話題やっるたの?」っていう声が出始めます。散々無責任に楽しんでおきながら「飽きた」からやめろというサイコパス的発言をする人が出始めたらそろそろ炎上も終わりが近づきます。
②や③の段階で煽り屋たちはとっとと「利益確定」(フォロワー数増加)という果実を受け取って撤退しているので批判の勢いはピタッと止まり、空気が読めないバカなイナゴだけが騒ぎ続けます。このイナゴたちは煽り屋と違ってしゃべり方の工夫なんてできないので感じが悪い。そのため今度は批判していた人に対して批判の声が高まっていきます。 



⑤ここでいったん黙っていた人たちや、今まで中立を決め込んでいた人たちが急にイナゴをぼこぼこにたたきます。そして、雑魚のイナゴを徹底的につぶした後、散々炎上案件を楽しんだ後で、みんな言うわけです。 「なんでこんな案件でマジになってたんだろう」「ネットイナゴは害悪だよね」っていう感じの論調で〆められます。



⑥ネットには何一つ学びは残らないまま。 景色を見回すと、そこにあるのは焼け野原になった当事者たちと、愚かなイナゴの死屍累々、それから肥え太った煽り屋たち。 煽り屋たちは自分が燃やされるときまで、また別の案件を見つけては火をつけようとする。



だいたいこんな感じの見立てになります。



まぁ、私の見立ても欠陥あると思いますけど、少なくとも道徳的動物日記さんの記事よりは現実に近いと思ってます。

この見立てで考えると、ネット炎上を何とかしたいなら、ほんとに狙い撃つべきは、初動で火をつける人間やそれに便乗する煽り屋さんたちです。これは統計でも示されてる話ですよね。火をつけるのは0.5%以下の人間だと。

そして、炎上のむやみやたらな戦線拡大を防ぎたいなら、実は安易な擁護は害になってることが認知されるべきです。

ところが、道徳的動物日記さんですら、「イナゴ」の方をたたいて満足してしまっている。これじゃあネット炎上がなくなるわけないよなぁってもいますね。




長く続く炎上は、その半分は「説得力の弱い擁護」でできていると思ったほうが良いです

だらだらと株式投資の例えを持ち出して伝えたかったのは一つです。


擁護する側もまた炎上の一部である、ということです。


変に「自分たちは道徳的に正しい」と思っている人たちは、この「自分たちも炎上の一部である」という自覚がない人が圧倒的に多いです。

批判している側の人の言い分を全く理解しようとせず、自分の立場だけで考えて中途半端な擁護をします。

その結果、まったく自覚なくあらたな批判を呼び込むことになります。



こう書くと、短絡的な人ほど「じゃあ擁護するなっていうこと?」「じゃあ理不尽に批判されてるものを黙って見過ごせというのか!?」みたいに思う人がいるかもしれません。


……だからさー。

その「自分のやってることは正しいからケチをつけられたくない」という態度が問題なんだってば。

それって本当は批判されてる人を擁護したいんじゃなくて「自分が正しい」って言いたいだけでしょ。自分が気持ちよくなりたいだけでしょ。

その自覚があるならいいんですよ。私が書いた平田オリザさんの記事は自分が気持ちよくなりたいためだけに書いたので、これで平田さん擁護になるとは全く思ってなかったです。


「自分が気持ちよくなるために書いてるけど、その結果が擁護したい対象にとって良くない方向になるかもしれない」ってわかってるならいいんだけど、本気でそれがわかってない人が結構いるよね。

そういう「私は善意でやってて道徳的な人間だから私がやってることは良い結果につながるはず」って思いこんでる人って、ことネット炎上という状況においては下手な批判をしてる人よりよっぽど害だと私は思うんですけどね。



余談

bucchinews.com

岡村さんの場合、知名度が高いため大きな騒ぎになったわけです。単なる岡村さんへの抗議の意味だけではなく、この機会に問題提起を社会に対してしようとすることも想定した署名運動も起こりました。ある意味、岡村さんの知名度が突破口として利用されているわけです。降板を要請するという苛烈なアクションをすることで世間の耳目を集め、広く問題提起する。やりすぎだという反発も多くあるだろうが、女性の人権問題に目を向け考える人も増える。そういう、考えなのだと思います。降板自体はある意味どうでもいいのでしょう。賛否は当然あるでしょう。ただ、そういう形でも動かざるえない問題意識を抱えている人がいるのも確かです。やりすぎかもしれないが、そうでもしなければ世間に声を届かせることができないという根底にある問題を考えれば単純に否定もできない、そんな話だと思うのです。

ええ……これ肯定しちゃうんだ。そうなんだ。ネットのご意見番たるひとがこれを肯定しちゃうなら、今の平田オリザさんバッシングはまだ続きそうですね。

そもそも平田オリザさんがたたかれている理由は「演劇界の苦境を訴えるために他業種を微妙な形で引き合いに出す」という行為が原因だと思うんですよ。だからこそ直接平田オリザさんをたたくのはともかくとして「自分たちの苦境を訴えるために平田オリザさんをダシにする」という行為が今猛威を振るってるっていう状況だと思うんです。

そうした状況において、ロマンさんがこういう発言をするのはちょっとどうなんだ?「女性の人権問題」についての話だったから日和っちゃったとしか思えないんですが、私はこれは明確に反対です。