頭の上にミカンをのせる

マンガアニメ大好き兼業投資家の日記です。WORLD END ECONOMiCAアニメ化のCFを応援しています。

比喩が下手くそな人はそもそも何のために比喩を使うかそれ自体が間違っているんじゃないだろうか

私の知り合いに、普段から意味もなく比喩表現を多用する人がいる。

話の途中に本当に無駄に野球とか食べ物とかで例えようとする。




前々から書いている通り、私は上手な比喩を見るとすごく感動するのだけれど
一方で下手くそな比喩がとても嫌いだ。

その点において、この人の比喩はめちゃくちゃ下手クソである。
「意味がない」だけで済めばいいけどかえって話が分かりにくくなる。
冗長だしその比喩から話がそれたりすることもあるし
何より、本人がそれによってちゃんとした言語化を免れようとするので
普通に百害あって一利なしだとすら思ってる。


というか、「ちゃんと説明できない部分をたとえ話でごまかそうとしてるだけ」と受け取っている。

ちゃんと説明できる人が例え話をできる人を知っているがゆえに、
ずさんなたとえ話をされてもこちらは納得できないし
「そういう話でこちらを納得させられると思っているのはこちらをなめているのか」とすら感じてしまう。
(これはやや過剰反応であるという自覚はあります)



※ちなみに、私自身は比喩表現がめちぇくちゃ下手くそです。


比喩が下手くそな人はそもそも何のために比喩を使うかそれ自体が間違っていると思う

彼が悪い人でないのは知っているし、もう慣れてきたので、私は彼の比喩表現自体は完全にスルーしてる。
一応比喩は本人の頭を整理するための手段でもあるとは思ってているので比喩自体には突っ込まない。
そのかわりにその比喩を起点にして話が逸れそうになったらその話をぶった切って元の話に戻させるし
「その比喩で説明済みだ」ということは許さずに、「要するにどういうこと?」とちゃんと説明させる。



比喩というのは、何のために使うのかがとても大事だと思う。
文学的表現における比喩についてはわからないが、日常会話においては
「相手の」コミュニケーションコストを下げたり、
「相手の」理解をを補助するために使うものだと私は思っている。
理解をスムーズにさせるものであろう。


断じて「自分の」コミュニケーションコストを下げるために使うものではない。
相手に「つまり・・・ということ?」みたいに解釈の負担を余分に与えるようではあまり意味がない。
これを勘違いしている人が多い気がする。



前者の発想であれば今話している話題について
「自分の身体感覚」や「自分のなじみのテーマ」で表現するのはちょっと待て、と思わないだろうか。
「自分と相手で共通に理解できるもの」や「相手の身体感覚」を考慮するのが筋ではないだろうか。



まぁ私もブログでは「自分の経験や感覚」だけでしゃべってる。
そもそも読者のことなんてよくわからないので、自分の感覚をベースに語るしかない。
でも、それで通じる人は限られるのはわかってるから
比喩抜きの説明をしたうえで、「補助」として比喩を使うようにしてることが多い。
(本当にどうでもいい話だったら気兼ねなく独り言のように語るけれど)



彼の場合、相手がだれであっても自分の感覚や経験に照らし合わせた比喩ばかり使う。

例えば私は野球やサッカーについて全く知らないし興味もないのだが
彼は何年たっても私に対してよくわからん野球選手の例えをしてくる。

最初のうちは「野球を知らない人」を想定できないのも無理もないだろうから
「ゴメン、俺は野球のことはよくわからないからその例えは全くわからない」と言っていたが、
本当に何年経っても私に対して野球選手の例えを辞めない。

もしかし彼は私に野球について興味を持ってもらいたいのだろうか?
それにしては野球それ自体の話題を振ってもぜんぜん帰ってこない。
なのに、なぜか比喩の時は野球のネタを使いたがる。


私にとってはかなり不可解なのだ。
正面から「もしかして私のことをバカにしてるのか?」とか
「野球の例えはわからないからやめてほしいと言ってるよね」
と言及したこともあるのだけれど、それでもやめない。



他の点ではいい人なのに、なぜなのだろう……。



彼はとくにひどい例であるが、野球好きの人は本当にやきうによる例え好きな人多いね。
おかげで私は大人になってからどんどん野球のことが嫌いになってしまいました。
高校生の頃は甲子園とか好きだったんだけどね……。



比喩表現辞典

比喩表現辞典

  • 作者:中村 明
  • 発売日: 1995/07/01
  • メディア: 単行本



普段会話で比喩表現を多用しまくってる人って、やっぱり「自分の比喩」そのものが語りたいことの本体になってる気がする

とはいえ、最近は私から見た時にかなり譲歩はしてくれているように思っていた。

私との間だと比喩を使っても結局比喩なしで説明させられるし、
比喩を使ってしゃべってもあんまり気持ちよくなれないためか、
以前ほどは意味もなく比喩を使うことは減ってきていた。
なので、比喩についての意識も改まってきたのかなとかちょっと思ってたりしてた。



しかしある時、私と彼を交えて数人でしゃべっている時に全然わかってないなと感じることがあった。
よりにもよって彼が他人の比喩にかみつくということがあったためだ。



彼と違って、その人(Kさん)の比喩の使い方は私から見て全く問題がない物だった
そもそもKさんは最初に伝えたい意図を比喩を使わずに説明をしていた。
その上で比喩を使うときも、「すべての人に伝わるかわからないけどちょっとした比喩をしますと…」と前置きをしていた。
つまり言いたいことを比喩を使ってごまかすということは一切なく、あくまでも補助として使うという旨を明確にしていた。



にもかかわらず、よりにもよっていつもずさんな比喩を使いまくっている彼がKさんの比喩にかみついた。
しかも「その比喩だと意図が伝わりにくい」とかじゃない。
単に「比喩で使われていた事例だけど、自分の体験と違う」という自分語りを始めたのだ。しかも長々と。



自分が直接絡まれた立場だったらそこまで腹が立たなかったかもしれないが、
その時は「あほかお前!」とあきれたし、その場が終わった後でめっちゃ怒った。



・お前な、普段自分がどんだけツッコミどころのある比喩を使ってるのかわかってんのか。
・今まで突っ込まなかったからってあれが問題ないと思ってたのか。
・絡み方おかしいだろ。そもそも話の本体とその補助の関係もわからなかったのか。
・やっぱりお前、普段から比喩そのものが話の本体だと思ってんだろ。
・お前がそういうことするなら次からお前の比喩表現に逐一ツッコミ入れんぞゴルァ。



くらい言った気がする。
当然だけど彼とはそのあと数時間くらいケンカしてその後も1週間くらい口きかなかった。



比喩ってホント使いどころ難しいよね

Kさんくらいちゃんと使っても、彼のように意味わからんところで引っ掛かる人もいるわけだし比喩ってホント使いどころ難しいなと思った。

比喩を使うのは全然いい。ただ、何のために使うのかは意識しておいた方が絶対に間違いが減る。

比喩を使うときでも、まず自分は比喩を使わずにちゃんとした言葉で説明できるかを考えておいた方がいい。

比喩を使うことで、彼のように比喩そのものにひっかかる人が出てきたり、本来の説明がおざなりになってしまうのであれば本末転倒だと思う。





うーん。こうは書いてみたけど、うまい人の比喩は好きなんだよね。

かといって最初からうまく比喩を使える人もいないと思うわけで。

あんまり下手な比喩にNGばっかりだしてたら上手い比喩を見る機会が減ってしまうことになるような気がする。

私がイラっとするだけで本人たちに悪気がない物をあんまりとっちめるのがいいかというと微妙なのもわかってる。

でも、下手な比喩(を使う人の態度)ってホントにイラっとしちゃうんですよ……。

他人なら見なければ済むだけなんだけどリアルの身の回りにもそういう人多くいるから、どう付き合っていけばよいのかわからない。