頭の上にミカンをのせる

もうマンガの感想だけでいい気がしてきた

平和について語るときは「軍事的リアリズム(俯瞰・メタ)」と「生活に根ざしたリアリズム(ベタ)」の両立が必要だというお話

話の枕として、「反戦デモ」に対するはてブ民の反応を先にまとめてみました。


100文字しか各スペースがないからしょうがないけど、どっちの陣営もつまんないことしか言わないなと思ったので、自分で思ったことを下に書きます。


やっぱり100文字のスペースだけだとどうしても思考に限界があると思います。みんなもブログやろう。




b.hatena.ne.jp

・反戦デモ(および田中優菜さんのマンガ「考えすぎ人間が反戦デモに行くまで」)に関する154件のコメントを、内容の主な傾向で分類しました。

分類の基準は以下の通りです。

1:コメントの中心的なスタンス(支持/批判/中立)

2:具体的な指摘ポイント(共産党オルグ、対象の誤り、思想の浅さ、民主主義の権利など)

3:重複する意見は代表的なものを引用してまとめました



1. デモ参加を肯定的・支持する意見(約35-40件程度の傾向)

「デモは民主主義の権利」「気軽に参加すべき」「世論形成に意味がある」という立場が中心。


「デモも自治会もPTAも気軽に参加すればいい」「自分の身の回りにある身近な政治に関心を持つ方が健康的」(keidge)
「反戦運動には意味がある」「政府に対する反戦運動」(donovantree)
「おいやめろ!と言いに行くのがそんなにおかしいことか」(LoYL)
「戦争良くないって思うことの何がマズいのか」「左翼扱いされるのがおかしい」(myr)
「試しに参加してみるのは悪いことではない」「常に盲信せずに疑って考え続ける」(mujisoshina)
「個人のこのような行為を馬鹿にしたり黙らせるような意見は自由民主主義的じゃない」(antonian)
「デモは国民の権利」「過去の市民活動の結果にフリーライドしているくせに…」(futbasshi、getcha)
「冷笑は最悪」「戦争が始まった国で反戦デモしても遅い」(taruhachi)
「カジュアルに参加しようぜ」「自衛隊員の命も大事」(iinalabkojocho)


→ 全体として「行動する権利」「不安を表現する手段として有効」「冷笑する方が異常」という主張が目立つ。




2. デモ・マンガを批判する意見(最も多い、約70-80件程度の傾向)

批判の内訳はさらに3つに分かれます。

2-A. 共産党オルグ・プロパガンダ・カルト扱い(最多)

「共産党オタク焚き付けようとしてる」「サナ活の二匹目のドジョウ狙い」(teisi)
「カルトにハマる流れと一緒」「代替医療とかにもハマりそう」(mia_pia_tia_dia)
「新歓オルグ」「一般人を装う共産党員」(sekiryo、ZurLurUdon、augsUK)
「労組組員が大量に動員されているのを確認してしまった」(karagenkig)
「勧誘漫画」「白々しくてデモ集客用」(camellow、ys0000)
「カルト宗教がやる手口と一緒」「ノンポリ装っている方が怖い」(poko_pen)

2-B. 考えが浅い・知識不足・対象が間違っている

「戦争のメカニズムを知らずに反対するのはヤブ医者」「金の棒でこするとガンが治る」(etherealcat)
「考えすぎ人間なのに内容が小学生みたい」「知識も思考も浅い」(golotan、kkobayashi)
「外国の戦争への反対デモを日本でやるの?なんで?」「イスラエル大使館に行きなされ」(RXRHsZcJ6xnGXZR8TEZA6hAxzRd3mkD、wnd_x)
「戦争してる国の大使館には行かず、国会や日本国民に対してだけ訴えてる」(T-anal)
「アメリカはデモされたぐらいじゃ戦争やめない」(takahire_hatene)
「去年から中国やロシアの領海侵犯の時に声をあげてたら…」(mobanama)

2-C. その他の批判(不安を煽るだけ、遊び感覚、プロパガンダ的など)

「不安に飲み込まれて安直な行動」「同調する仲間を求める」(mia_pia_tia_dia)
「意味が無ければデモに行ってはいけないのか?」という前提自体に疑問(gooeyblob)
「音楽で反戦はOKだけど漫画だと途端にプロパガンダ的」(town2town)

3. 中立・「好きにしろ」「自由」寄りの意見(約25-30件程度)

参加自体を否定しないが、条件付き・距離を置くスタンス。
「デモに参加する人もしない人も、みんな理由があるんだよね」(togetter公式)

「好きにしろ、としか」(pochi-taro00)
「否定しませんし漫画の内容も別にいいんですけど、全体的に『なんか嫌だな』って印象」(Futaro99)
「外交わかってるのと、戦争反対は別の軸」「どっちも自由に意見を表明したらいい」(nuara)
「参加は自由だけどなぜ日本で?」「主訴を隠れ蓑にした政治活動に加担させられないように」(kingkero、ho4416)
「デモはすればいいと思うけど、やり方とか場所とか対象とか考え直したほうが」(Fluss_kawa)

4. その他・メタ的な指摘(冷笑批判、漫画の読みにくさなど)

「冷笑ってお手本がたくさん見れる」「冷笑する方がダサい」(mukudori69、ototohato)
「クソ冷笑は違法性の安倍答弁がなければ…」(sin4xe1)
「漫画の読み方が違ったのか」「めちゃくちゃ読みにくい」(zeromoon0、morita_non)
「アーティスト自認の人怖い」「クリエイターはすぐ蛸壺にハマる」(yk_mobile、ysksy)

全体の印象まとめ

・批判派が明らかに優勢(特に「共産党オルグ」「考え浅い」「対象誤り」の3点が集中)。

・支持派は「民主主義の権利」「気軽に参加」「冷笑するな」を軸に反論しているが、数では劣勢。

・中立派は「参加は個人の自由」という穏健な意見が多い。


コメント全体で目立つのは「冷笑勢 vs 行動勢」の対立構造で、「お互い冷笑している」というメタ批判も散見される。













自分の意見はこちらに書いておきます

上の記事の内容をざっくりまとめると「軍事的リアリズム(俯瞰)」と「生活に根ざしたリアリズム(ベタ)」の両立が必要だという話です。


忙しい人のための要約。

1️⃣「軍事的リアリズム」は前提として重要だが、これだけを重視すると「生活に根ざしたリアリズム」が失われる。

2️⃣「軍事的リアリズム」だけで考えると日本はもはや強国ではなく、主体的にこの問題を解決する立場になることは難しい。 その立場をわきまえすぎると日本にできることはなにもない、に近い結論となってなにも言えなくなりそれどころか、なにか行動する人を冷笑するようになってしまう。

3️⃣たとえ力を持たなくても、自分のためにできることをしようとか、大切な人を守りたいという気持ちも蔑ろにすべきではない。自分の生活を守りたい、自分にとって良いと思うことをしたいという気持ち自体は尊重されるべきである。

4️⃣ただし、日々の生活を守りたいとか、良きことをしたいという 素朴な気持ちから出た行動を受け入れてもらいたいのであれば現実とのつながりを手放してはいけない。

5️⃣軍事的リアリズムに対抗しようとしなくて良い。自分たちの「生活に根ざしたリアリズム」を大切にすれば良い。

6️⃣さらに「歴史的リアリズム」の話も大事だと思っているけれど、これ以上複雑にするとかえって混乱するからこれは別途考えてみることにする。



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反戦デモに参加した人のマンガの感想を読みました。
b.hatena.ne.jp

「共産党のオルグ漫画だ」「考えが浅い」「カルトっぽい」

一方で

「でも気軽に参加していいよね」「冷笑する方がおかしい」……。

反戦デモをめぐる議論を見ていると、こうした両極の声が目に入ります。

正直、どちらの言い分にも一理あると思います。しかし同時に、どちらにも少しずつ物足りなさを感じてしまいました。

その違和感の正体は何か。私はそれを、「リアリズムの偏り」だと考えています。

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