頭の上にミカンをのせる

実を言うとこのブログはもうだめです。こんなこと言ってごめんね。でも本当です。少しだけ間をおいて終わりがきます。

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なぜ人は「山上容疑者の行為がテロかテロでないのか」という、心底どうでもいいところで争うのか

最近のはてなブックマークは異常者の集まりになりつつあって怖いのでtogetterではてブ外の反応を見てみようとした結果はてブからたくさん意見が寄せられたのだけれどその反応見てなんとなくわかった。

「テロかどうか」はどうでもいい。「テロだから統一教会の問題は不問にすべき」とかいう愚論があれば徹底的にぶったたくけど。

面倒なのは「テロだ派」の人たちの一部が「テロを受けて問題意識を高めることはテロの肯定になる」という理屈で統一教会と政治家の癒着問題を矮小化しようとするから「テロだテロじゃない」の話になる。

なるほどなるほど。


①「テロだから統一教会の問題は不問にすべき」「テロをきっかけとして統一教会のことを大々的に取り扱うのはテロの肯定になるから駄目」と主張している人がいる。

②それに対して「テロではない」って言い返しちゃう人がいる

③いつのまにかテロかテロでないかの議論が白熱してしまった


って感じですか。


個人的な感想なんですが①に対して②という反論をしちゃうのは、めちゃくちゃ危険ですよ。この反論に誘導されている人は運悪く宗教勧誘に引っかかったらまず100%助からない。ここは「別にテロでもいいよ。でもそれは統一教会の問題を大々的に扱うべきではない理由にはならないよ」って返してもいいことを知っておいてほしい。そうすれば人生の別の場所で他人に利用されるリスクが少し減ると思うので。



以上本文終わり。




すっごくわかりやすく要点をついてくれるコメントがあったので紹介。そう。これですこれ!私が最近思った点について端的に表現してくださってて素晴らしいです!




後は蛇足です。



「最初からうやむやにすることが目的の人」は絶対に論破できない。そういう相手に対して「論破できないと負け」だと思ってると足元をすくわれる(2敗)

繰り返しになりますがもう一度。最初から無理なことを言ってる人を説得するのは無理です。あきらめましょう。何よりもそこで「テロじゃない」と主張するのは相手の思うつぼです。見事に相手の土俵に乗っちゃってる。

今回の場合「AはBである。BはCである。ゆえにAはCである」の三段論法が成立してません。最初から無理な理屈を通しに来てる。

なのでこちらはそういう無理に付き合わなくてよい。「統一教会を批判するのはテロに屈することではない」「山上がテロだとしても統一教会のほうがそれ以上に国家に対するテロ*1という構造だから、山上の問題で統一教会問題を過小評価するのはそれこそテロに屈してることになる」など、適当に答えて主張を打ち消せばいい。(※後述しますが論理的に正しい必要はないです)

なので、「統一教会を批判するにあたって」山上の行動がテロであるかどうかはどうでもいいのです。にもかかわらずテロかどうかを考えさせられてるのは「テロであれば政府や統一教会を攻撃してはいけない」という理屈を受け入れ始めちゃってることになります。非常に危険な状態です。

宗教はそもそも「無理(非現実的な論理)」でできている。キリスト教や仏教が現実的な理屈だけで構成されてると思ってる人いないよね?

これについては岡田斗司夫が語っていた「なぜ頭のいいはずの人が幸福の科学を信じちゃったりするのか」という問題に通じるものがあると思う。(実態は「幸福の科学」はボランティア経由で入信する人が多くて、多くの人は別に大川隆法さんの言ってる霊言はそれほど信じてないらしいけどね)

岡田斗司夫が幸福の科学のエピソードで言ってるのは「相手の言ってることを完全に論破できなくても、それを信じる必要はない」ってことです。「なんだったら相手の言い分を全面的に認めてもなお、それは否定してかまわない」とまで言ってます。

例えば、幸福の科学で「坂本龍馬がこういうことを言ってた」という霊言かなにかに対して普通の人は「坂本龍馬がそういうことを言うわけないだろ。常識的に考えろ」って思ってしまう。まじめな人は「間違ってることは完全に論破しないとだめだ」って思っちゃう人ほどドツボってしまうかもしれない。


でもね、こういう時って相手は最初から「常識的な話」をしてるわけじゃないんですよ。そこで個別の論点で論破しようとしたら相手の土俵に乗ってしまうんですよ。むしろ最初から「現実的な無理」を通そうとしてる。実在性の部分は最初から「うやむや」にすることが目的なわけです。向こうは別に実在性を証明しようとなんかしてない。「完全に否定されなければ勝ち」なんです。無限に引き延ばしができる。なので最初からまるっと受け入れないという態度で臨まないと突き崩されます

こういう連中に対して大事なのは、その議論から立ち去るか、より強い力をもってきて黙らせるかどちらかです。

これ宗教だけの話じゃなくて、むしろ「ブラック企業」でしょっちゅう同じこと発生してますよね

ブラック企業の上司は最初から無理なことを言います。

https://matomehub.jp/b727ana/page/13851

無茶苦茶なことを言って「俺の言ってること間違ってる?」って問いかけてくる。

で、これについて「否定できないなら受け入れないといけない」と思うとハマる。

どんな無理な話でも、100%間違ってることって意外となくて、特に労働に関しては「成長」とか「お客様」とか「仲間」みたいな言葉を使えばいくらでも一理か二理くらいはある状態にできるんです。

https://www.youtube.com/watch?v=TvrIqJQtF1Y

そして、知識や立場の差があると「実際は95%間違ってるのに、5%正しいところがある」だけで相手に無理やりそれを飲ませてくる。


この時大事なのは「相手の理屈が正しいから従ってるわけじゃなくて、相手が怖いから暴力に屈してるだけ」であることを忘れないことです。例えばファイブエム商事の件で、「おとはPが一時期問題を認識しながら命令に従ってナメクジがある店での調理を行ってた」からといって、おとはPがナメクジ料理を肯定してたことになるかというとなりませんよね。


ところが、ブラック企業とか宗教というのは、有利な状態を作って一回無理を飲ませると「あの時同意したよね?」といって100%同意をしたことを既成事実化することを重ねてくるんですね。これを繰り返されると、だんだんと間違った前提を正しいと刷り込まれていきます。これが「モラルハラスメント」です。


こういう構造と比べたら相手が論理的に正しいかどうかなんて些細なことです。相手は95%間違ってても絶対にその主張を曲げないしごり押ししてくるのだからそれに付き合ってはいけません。間違いを指摘しようとして相手の議論に付き合ってドツボにはまるほうがよほど怖い。


我々が今ネットにおいてまともっぽいことを言えるのは、たまたま我々がネットの向こうで安全を確保しており何のしがらみも背負わされてないからだということを踏まえておかないと、みんなが自分と同じ状況で発言してると思うと間違います。


ブラック企業にしても統一教会にしても完全にニュートラルな状態でやられることはまずありません。「相手が力の差をもって無理を通そうとしているとき」には論理にはまじで意味がない。「無理なことを言うやつ」が近くに迫ってきたら、やるべきことは「戦うこと」じゃなくて「逃げる」ことです。


www.tyoshiki.com

www.tyoshiki.com


今回の件、東さんが最初から「論理的に正しい話」をしようとしてる前提で考えないほうが安全ですよ

dot.asahi.com

今の東さんは、己の知性や良心のみに従って行動できる状況ではないのでしょう。「こういう風に言うしかない立場にある」と考えてます。

自民党の方々も多くはそういう感じなんだと思ってます。

そこにいくら憤ってもたぶんなんも変わらない。

末端はトップの顔色を見てるだけであり、この状況はトップを変えるか、よりでかい力を外部から持ってこないとそうそう変わらない。

なので、これ何度も言ってますけど、一番大事なのは国民が岸田さんにプレッシャーかけることです。

トップの批判に集中したほうがいい。

その点、国民の反応は割と期待できるかなと思ってます。

共同通信が30、31日に実施した世論調査によると、
内閣支持率は前回調査から12.2ポイントも急落し、51.0%だった。
内閣発足以来、最低を記録した。一方、不支持率は7.1ポイント増の29.5%だった。

統一教会の問題にケリをつけるまでは何があっても自民党を支持しないということを示していくことが大事でしょう。なんかしょうもない市議会議員まで統一教会の手先だと攻撃したり、ましてネットで自分の意見に従わないというだけで「こいつも統一教会の手先だ」とか言ってるアホがいますけど、そういう行為が今一番、不毛で愚かで無能な味方ムーブだと思う。今回のテロだテロじゃない議論もその一種だと思うんですけどね。



ホッテントリに上がってくる統一教会関連の記事を見る限り、はてなブックマークユーザーはこの件に限らず明らかに優先順位を間違えてる。

たとえば統一教会を真剣に批判したいならTwitter情報は弁護士団の人の情報を中心にして掘り下げたほうがいいと思う。

他にも過去事例として宗教法人法81条とか明覚寺事件とかをググった方がよほど有意義だと思う。

オウム真理教の事例に頼らずとも「霊感商法」を理由にして統一教会の宗教法人に対して解散命令は出せるぞってのはもっと広まってほしい。

togetter.com

情報のインプットの幅が狭くて、この問題に対して取りうる選択肢などがないから結局お気持ちコメント連発になったりとりあえず叩きやすい奴を見つけてうっぷんを晴らすだけとかいう非生産的な行為に没頭してしまうのであって、いろんな選択肢が情報として共有されたらもうちょっと有意義な議論ができると思うんですよ。

ja.wikipedia.org

1984年、後に明覚寺の管長となる男性が千葉県野田市に水子菩薩を扱う訪問販売会社を設立[30]。地元の曹洞宗の寺と協力して販売していた男性が、1987年に醍醐寺の末寺として茨城県大子町に1987年に宗教法人「本覚寺」を設立し、関東一帯にそのグループを展開した[30]。1988年に真言宗 醍醐派を離脱し独立の寺として霊視鑑定を行っていたが、消費者センターに苦情が寄せられて詐欺商法だとして損害賠償請求が次々と起こったため、一時的に活動を中止した[30]。その後、休眠状態にあった和歌山県の高野山 (高野町)[31]にある「明覚寺」を買収し、関西地区で同様の活動を再開したが、こちらでも損害賠償請求が多数起こった[30]。愛知県警は明覚寺系列の満願寺(名古屋市)の僧侶らを摘発した[30]。1999年12月16日に、文化庁は「組織ぐるみの違法性が認められる」として和歌山地方裁判所に宗教法人明覚寺に対する解散命令を請求し、和歌山地裁は2002年1月24日に解散命令を出した[30]。明覚寺は最高裁まで争ったが棄却されて解散になった[32]。犯罪を理由にした宗教法人の解散命令としては、オウム真理教に次ぐ2番目のできごとであった[30]。

宗教法人審議会(第144回) 議事録:文部科学省

第2段落でございますが、「「修行目標」が定められていたこと自体、詐欺行為が組織的なものであったことを裏付ける事実というべきである」。その2つ下の段落でございますが、「さらに、抗告人が相談者から供養料が振込入金されることを確認し、その金員を管理していたことについては、抗告人も自認しているところ、この事実も詐欺行為が組織的なものであったことを裏付ける事実というべきである」。以上の理由から、抗告人の主張はいずれも採用できないということで、結論といたしまして、原判決は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却するという決定を行っているところでございます。これに対しまして明覚寺は、10月4日に最高裁に対しまして特別抗告を行っておりましたが、資料3-2にございますように、本件抗告理由は、民訴法第336条第1項に規定する特別抗告ができる理由で特別抗告をしていないと判断して、棄却する旨の決定を行ったところでございます。以上によりまして、明覚寺は解散をいたしまして、資料3-3の法人登記簿の3枚目の一番下にございますように、平成14年9月27日、和歌山地方裁判所の解散命令の決定の確定により解散となったわけでございます。

ja.wikipedia.org

教祖の福永法源(本名:福永輝義、国司院常照とも称する)以下幹部が霊感商法に関わる詐欺罪で摘発された事により解散した。


まとめ

最後まで読んだ人はわかると思うけどこの記事の本題は「論点をすり替えようとする詭弁に付き合うな」であり、もっと言えば「トレードオフ」「優先度」を自分の中で持とうという話です。詭弁にひっかかりやすい原因として、自分にとって何を優先すべきかが不明瞭であること、は大きなウェイトを占めます。簡単に言うと興味がない話題だと簡単に詭弁に釣られます


別にテロかテロでないかの話をやってもいいです。それを優先的に議論する人も必要ですけど。でも全員でなくても良い。

それによって「より大事なこと」を見失わないでほしい。さらにいうと時間軸も大事です。中長期的問題として政教分離の原則の話をしてる人はいいけど、直近のこの問題に関しては宗教法人法81条のケースを掘り下げたほうがいいよと記事中で述べているとおり。

「統一教会の問題ならなんでも大事」と言い出すのはその人が無限に時間を持て余した神でないなら「何も大事でない」といってるのとほとんど変わりません。普通の人はそこまで統一教会の問題だけにリソース割けないのだからなんでもかんでも追いかけてたら何も達成されずに終わりますよ。この問題をきちんと追及するためにもこの議論でリソースを消費しないでほしい。定義はともかくとしてテロかテロでないかとかそれに対して国民としてどう応じるべきかというのは中長期的視野で論じるべき問題であり今すぐ議論すべき問題ではないと私は思うのですが……。 っていうかよりによって「馬鹿にしてるはずの東浩紀に踊らされる」のってそんなに楽しいのか?って冷ややかな目で見てしまう。


「テロをきっかけとして統一教会のことを大々的に取り扱うのはテロの肯定になるから駄目」という理屈と「統一教会否定を100%すべて否定しなければ統一教会の手先だ」というのはどっちも同じくらい無理のある理屈であると思ってます。私はとにかく自分が無理だと思うものを押し付けてくる相手からは「理屈を抜きにして」「相手の主張に一部の理があることを認めたとしても」遠ざかりたいと感じてしまいます。


ともあれ冒頭で述べたように「たとえ擁護してる側に多少の理があったとしたことを認めたとしても、統一教会を否定するのは変わらない」といってもよい。
そのことだけは忘れないでください。


統一教会の問題は社会的な問題ですが、すべての人がこの問題にかかりきりなる必要はない。自分が一から十まで考えなくて良い。頑張ってる弁護士さんたちを応援することでも十分統一教会に対抗する動きに貢献してます。よくわからん問題に無理に首を突っ込んだりまして結論を出そうとしない。


統一教会問題でもすっかり反ワクチンにハマった人と同じような状態になってる人が何人もいます。本当に気をつけてください。

*1:というか勝共連合やサンクチュアリ教会はKCIAの関与が言われてるわけだからもっとヤバイ