とても素晴らしい記事。
山田ズーニーさんもだいたい同じこと書いてますが、シチュエーションを「絞る」ことで具体的になっている。
この記事もっと多くの人に広まって欲しい。
"言いたいことは分かったけど聞きたいこと(相手に求めるリアクション)は何?"っての、地味に多いです。
ものすごく大事なことなんですが、書いてないことって相手に全く伝わらないんですよね。いいですか、書いてないことって相手に全く伝わらないんです。あなたの脳内にある当たり前の前提条件のことまではわからないのです。自分が思っているだけのことは他人には一切伝わらないということに気づいた方がよいと思うんですよ。
相手の立場に立って相手が持っていないであろう情報は何かを考えそれをちゃんと提示するという行動がもう癖になるレベルで身につくまで実践することをおすすめします。
これは他人に説明するときも同じです。
これについては決定版というものが存在していて藤沢さんの本を読めばいいです。
中古本は1円で買えるので、説明が苦手だという人は絶対に読んでください。「分かりやすい説明」とは「脳内関所を通過しやすい説明」のことです。
「脳内関所で行われるはずの作業を、なるべく事前に代行処理し、脳内関所の作業負担を軽減すること」
これが脳内関所を通りやすくすること、すなわち、説明することの定義です。
5W1Hや主語が欠けていたり、冗長であったりと
「ん?」と頭の中に「?」が浮かぶ瞬間があったり一瞬考える時間を要してしまうような
なんかバリアフリーデザインじゃないあの感じを解消してあげることがわかりやすい説明ということです。
「わかりやすい説明ができる」ということは
「どれだけ相手の立場に立って考えることができるか」と
「どれだけ相手の手間を減らすために自分がスキルを持っているか」に分解できます。
つまり、どれだけ自分では思いやりがある人間だと思っていても
目の前の相手にわかりやすい説明ができないのであれば思いやりがあるとは言いません。
思いやりとは、自己満足ではなく、相手が満足することではじめて意味を持ちます。
「結論から話そう」はよくいわれる話ですが、正確には結論だけではだめです。こういう認識で考えておきたいです
人は迷わされることが嫌いです、「迷う」というのは「自分がどこにいるかわからない」という意味でしょう。
これは町を歩いている時のような物理的空間の中で迷う場合だけでなく、説明を聞くときも同じです。「今、どこ(何)を説明されているかわからない」のは嫌なものです。だから常に以下を意識する必要があります。
1:全体像を示す
2:これからの展望を話す
3:時折、現在地を教えてあげる
実例がわからない人は、副読本としてこれを読むといいです。
まずこの本を副読本としていくつかのパターンを踏まえた上で藤沢さんの本を読んで考え方を理解する。
これを2~3往復すれば、少なくとも「どういう風に相手に説明すればいいのか」がわかります。
もっとも、頭でわかってもすぐには実践できないのですが、まず仕組みがわかってないと良くすることもできません。
こういうスキルは何歳になってからでも遅くないので、
今の時点でできてないと思ったらちゃんと勉強したほうが良いです。
めちゃくちゃコスパが良いのでやらない理由がないと思います。
私は他人とのコミュニケーションが苦手ですが、最初に「全体像」と「要望」を伝えてもらうととても助かります
私は他人とのコミュニケーションに苦手意識がありますが、
正確に言うと、会話することそのものが怖いわけではなく、しんどいのです。
なぜしんどいかというと、相手が何を考えてるのかとか何が言いたいのかはかなり察することができるけれど
それに対してどう返せばいいのかという出力部分に難があり、なんとか返そうとするとめちゃくちゃ疲れるからです。
「何の話がしたいのか」「どういうリアクションを求めているのか」を示してくれるとすごく助かります。
なんでこの質問を書こうと思ったかというと、冒頭のnoteと同じく何回言ってもマシュマロでクソ質問を投げてくる人がいるからです
匿名だから晒しに当たらないと思いますがこういう質問ね。
出羽守型リベラルについてどう思いますか?
リベラルっぽい言い方をしながら実際は西洋至上主義になってしまうねじれた主張をする人っていますよね。
こういう質問をする人は、答える人にめちゃくちゃ負担をかけているということを自覚してない。
「軽い気持ちで聞いたんだから軽い質問でいいだろう?軽く答えてくれればいいじゃないか」と思ってるのだったら大間違いです。
そういうノリを求めてるんだったら他のところにいってほしい。
自分がそういういい加減な人間だからって、相手までそういういい加減な人間だと思うのをやめろ。
こういうこと言う人って、結局、自分の価値観で妬んでるだけなんだよね。自分が同じ立場だったら、そう言うことをやるのが当たり前だと思っていると言うこと。やらない人はそんなこと考えもしない。 https://t.co/i6HcPZlRp2
— かわんご (@gweoipfsd) 2023年12月12日
この黒酢なんとかもそう。自分の器が小さいからって他の人も同じだと思うなって話
「自分の感覚ではそうだから、相手もそうだろう」と思い込む。こういう考え方をするのがガチのコミュ障
自他の区別ができてない。
つまり「他者」と会話ができない。
自分と同じ感性とか知識とかを持ってる同質の人間としかコミュニケーションできない。
そういう人間は、必然的に自分を受け入れてくれる人としか会話できない。
ちゃんと説明しなくても頑張って解釈してくれる人としかやり取りができない。
ひたすら自分の感覚や考え方を押し付けてるだけ。それを受け入れてくれる相手に甘えてるだけ。
にも関わらず、自分が甘えているという自覚がないから、相手に負担をかけていることに気づかない。
そういう状態をずっと続けてると、徐々に相手にうざがられて、敬遠されるようになっていく。
酷い人間になると、そこまでいっても「なんで敬遠されるのかわからない」。
それどころか「俺はこじらせだから」とか「俺は青二才だから」とか「相手は◯◯だから」などといって問題と向き合わない。
「どうせ僕はコミュ障だし」って開き直ったりね。
コミュ障といっても許容されるレベルとそうでないレベルがあります。
自分がサボって甘えてるだけのタイプは誰も同情してくれません。
もちろん、こういう人間でも、そのかわりになにか優れた技術を持ってたり実績を残してるとかで必要とされてるならいいでしょう。
でも、そういうスキルも実績もないのにこういう態度を改めない人間は他人から見たらマジで救いようがないと思いませんか?
当然、年を取れば取るほど誰にも相手されなくなっていきます。
ここまでくると、自分と同質の人としか付き合わなくなり、
延々やきうの実況中継でしったかぶった発言を繰り返すだけのおじさんになったり
どっかのエコーチェンバーに入ってそこから出てこれなくなると思います。
「人と会話するのはしんどいからやだー」程度のコミュ障は全然いいと思うんだけれど(私もそうだし)
「人に自分の感性おしつけて甘えてるのに気づかない」というガチのコミュ障になってはいけない!と私は思います。
少なくとも、私はそうなりたくない。
その他おすすめ本が知りたい人は続きから。