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「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

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「ヒラリー・スワンク in レッドダスト」 私達には、「傷ついた」と主張する権利がある

私達には、「傷ついた」と主張する権利がある

半年以上前に法華狼さんから教えていただいたのですがようやく見ました。とても遅くなりましたがありがとうございます。他に教えていただいた作品にもとりかかっています。


作品全体の内容は法華狼さんのエントリを読んでいただくとして
『ヒラリー・スワンク IN レッド・ダスト』 - 法華狼の日記
個人的には、とにかく「許す」というテーマにしっかり取り組んでる作品だな、と思いました。とはいえ許しって素晴らしいですよって語ってる作品かというと全然そうじゃなくて、とにかく「許す」ために乗り越えなくてはいけない痛みや苦しみ、代償の大きさがあまりにも大きいことを描き、それでも許すべきだ、と語りかける内容になっています。



「許し」への長く苦しい道のり

"TRUTH AND RECONCILIATION"という標語が作品中何度も背景に登場しますがこの「真実」がすごく重い。


①「許し」のためにはまず真実を明らかにしなければいけない。真実をうやむやにしたままでは許すことも和解することもできない。しかし、そんなことわかっていても、真実に向き合うのは簡単なことではない。


②真実を明かすことは、それを覆い隠すことによって成り立っていた現実に深刻なダメージをもたらす。そのダメージを、誰かが、ほかならぬ自分たちが引き受けなければいけない。 実際、作品中では真実に向きあう過程で、耐え切れず嘔吐するシーンなどある。そこに耐えられるか


③さらに、真実に到達するためには、いろんなものを失う場合がある。許される側だけでなく、許す側が、真実を隠すことで成り立っていた立場を捨てなければいけない。なぜ許す側がここまでしなければいけないのか、あいつが悪いのに、という感情を抑えてそれができるか。


④真実を明らかにしても、すでに取り返しの付かないことはいっぱいある。明らかにされた真実を受け止め、受け入れてもそこには苦痛しか無いように感じられるかもしれない。受け入れるためには「死の受容」のプロセスに近いプロセスを経由する必要がある。

「否認と孤立」→「怒り」→「取り引き」→「抑うつ」→「受容」

実際に、あまりに重い真実を受け入れるというのは、一度死んで生き返るくらい困難だと思われる。


⑤ここまできてようやく「真実」に辿り着いたとして、その真実がおぞましいものであった時それを許すことができるか。許すためには色んな物を捨てなければいけない。真実を隠すことで成り立っていた立場も、被害者として報復する権利も全て手放さなければならない。


なぜそこまでして「真実」を明らかにしなければいけないのか。なぜそこまでして「許し」を実行しなければならないのか
 

この作品では「真実」の重さや「許し」の苦しさまでは表現されているものの、⑥の問い、なぜそこまでして許さなければならないのか、はこの作品を見ただけでは納得出来ない。あくまで老弁護士が「それでも許すべきだ」と語るのみである。エンドクレジットでツツ大司教の言葉が流れるのみである。

何も現状を分かってない。これは悪者を裁くためでなく、国民的統合を目指すものだ。我々の記憶が凝り固まる前に過去を解き放つのだ。

Having looked the beast in the eye,
having asked and received forgiveness...
let us shut the door on the past,
not to forget it,
but to allow it not to imprison us (ツツ大司教)

この作品は、そういう意味で、あくまで考えるタネを撒いた段階でとどまっている作品で、完全に花が咲いてない印象がある。事実に基づいているゆえにそこまでは描けないといことだろうか。花が咲いた光景というのは、この作品をみた私が、歴史もふまえつつ自分で考えなければならないということだろう。


カタルシスは無く、美しさもない。ただ現実と、それを何とかしようという祈りがある

この作品の目的は以下の3つであると思う。

・ヘンドリックスという小物に全て真実を話させること=ヘンドリックスに恩赦を成立させること
・ヘンドリックスに恩赦が成立させた上で、それを主人公たちが受け入れること
・その「許し」のプロセスを視聴者に納得させること

真実を明らかにする過程は、弁護士もののドラマにあるような者と違って、ひたすらに打算や計算にまみれたものであり、美しさはなく、極めて泥臭い。悪人を打ちのめすカタルシスもなければ、正義を執行する快感もない。むしろ最後のヘンドリクセンの嫌らしい意味や、悪びれず恩赦を請求するムラーの姿を見て、絶望的な気分になる人もいるかもしれない。

この作品は、ただただすでに取り返しの付かない、救いようのないおぞましい真実を明らかにし、それを直視し、それを許せと問いかけるだけの作品だ。見るだけならいいが、実践する側は苦行以外の何物でもないだろう。

それでも、なぜこのつらい作業を実践し続けるかというと、自分たちの国を作っていくためだ。今の苦しみを未来への希望に変えるためだ。過去の呪いから抜け出し、未来に希望を届けるには、それしか道がないと信じているからだ。その途方も無い祈りは尊い。



ちなみにこういう辛口のレビューもあります。
http://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=17795


おまけ1 真実和解委員会について

半世紀にわたりアパルトヘイトで、80%を占める黒人を、少数の白人が支配した。住む場所を限定された黒人は、仕事や教育の機会を奪われ貧しい生活を強いられた。秘密警察が行った拷問や虐殺によって、多くの黒人が命を落とした。これに対し黒人開放組織もテロを行い、両者間でおびただしい血が流された。大統領に就任したネルソン・マンデラの目指したのは、すべての人種がともに生きる社会の実現だった。

1996年、マンデラ大統領の呼びかけによって、真実和解委員会が設置された。委員長には、ノーベル平和賞を受賞し、白人たちからも信頼を集めていたデズモンド・ツツ大司教が選ばれた。

「過去に目を閉ざせば同じことの繰り返しです。過去の真実を見つめなければいけません。その時初めて、新しい社会を作ることが出来るのです」

1998年10月、2年半に渡った委員会の取り組みが報告書にまとめられ、ツツ大司教からマンデラ大統領に手渡された。報告書は全5巻。3500ページにも及んだ

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/7870/wakai1.html

エンドクレジットでもツツ大司教の言葉が出てくるがなるほどこういうことだったのね。
Avaaz - ツツ大司教、イスラエルの人々へ:自らを自由に!

この取組は、「真実と認められればどんなにおぞましい犯罪であったとしても恩赦とする」という仕組みがなければ「魔女狩り裁判」や、戦勝国による「東京裁判」になっていただろう。

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そうなった瞬間に、このヘンドリクセンの言葉がそのまま当てはまってしまう。今までの行為も「白人が優位だったから差別を行っただけだ」ということになってしまう。それを許さないためにも、自分たちはお前たちと同じことはしない、という断固たる意思が必要だったのだと思われる。

これだけの不屈の意思を持って取り組んできた国家統合の試みについて、気軽に日本から爆弾投げる曽野綾子さんまじパないわ。



おまけ2 ヘンドリックスについて

先程も述べたけれど、この作品の鍵はヘンドリックスである。そして、私はこの人物、とても興味深いと思ってる。 ※「SWAN SONG」のクワガタくんを思い出す

かなりの小心者であり、おそらく上官のムラーと違って黒人を殺すことに対して非常に抵抗があり、実際殺さなかったことが原因で今回の委員会に立つことになった。回想でもいつもムラーに厄介事を押し付けられていた描写があるが、これは要するに「白人の秩序のために、その敵である黒人を殺す」が正義になっている場においてそれを実践できなかったからだろう。

ムラーが、アイヒマンのように組織の有り様に忠実な「凡庸な悪」だったとすれば、ヘンドリックスは、ブツブツ文句をいいつつもその組織のありように抵抗は出来ず、「仕方なかった」と自己正当化をしてしまうさらに少人物である。

お前は信じないだろうが、俺はお前を救った。それが事実だ。
他の警官に尋問されてたらお前も同じ運命さ。
だが、俺のおかげでお前は殴られるだけですんだんだ。
お前は生きるんだ。
俺より多くの人を殺したんだ。
お前もその罪に対して恩赦を求めるか?
ほんとうなら、お前が埋められるべきだ。アレックス、違うか?

ただ、この人は、環境が違えば平凡な善人だったと思われる。彼のように、状況や環境に抗えないが、進んで悪を為すわけではない人間をどっち方向に導くか。それがこの作品の大きな鍵だったのだと思う。「サイコパス(2ではなく1)」のテーマもそういう話だったと思っており、この作品を見た後で、最終話の「なぜ法を守るのか」の会話を振り返ると涙が出る。




次に見たい映画

・遠い夜明け
・マルコムX
・PANTHER
・Selma
・それでも夜は明ける 
・大統領の執事の涙 
・マンデラ 自由への長い道


などなど。