個人的にはかなりぐっと来ました。
『誰でもないところからの眺め』特設サイト - いがらしみきお/太田出版
いがらしみきおさんの作品。東日本大震災から数年後(2014年5月)の宮城県を舞台にしたフィクションです。
「アイ(i)」「かむろば村へ」などを経て「私とは何か」ということを考え続けたいがらしみきおさんの集大成のような作品かもしれません。
ストーリーはあってないようなものです。むしろこの「何が起きているのかわからないが確実に起きている変化」に巻き込まれていく」ことの恐怖を描くのがいがらしみきお作品であり、
この作品の場合、物語の舞台は震災から3年後、日常を取り戻しつつ宮城県です。いつまでも拭い去ることができない不安、その他理不尽な環境の中で、登場人物たちの中には自分でも制御出来ない変化が起こってくる
自分でない何かに乗っ取られていくような感覚、自分というものが失われていく恐怖。自分が自分でない何かに変わっていく感覚。しかもその変化が、自分だけでなく周りの人間にもおきている。今まで自分が信じていた日常がだんだん侵食され、破壊されていき、自分もまた壊れていく、そういう恐怖が淡々とした描写で綴られていきます。
その結果、最後は……という感じ。
恥ずかしながら最初読んだ時この作品が何を描こうとしているのか全然わかりませんでした。ただただ恐ろしい、という感じでした。でも、そういった恐ろしい事態において、後半になればなるほど登場人物たちの表情が笑顔になっていくんですよね。 なんだこれ?って思いました。
しかし、最後の作者あとがきで「遊動民」というキーワードが出た時に初めてこの作品が言おうとしてきたものがなんとなくわかった気がします。
この作品で起きていたのは、バイオハザードのように「ウイルスによる突然変異」みたいなものなの。 そして、この作品で発生したウイルスは「遊動民ウイルス」とでも呼ぶべきでしょうか。もちろん物理的なものではなく、「日常への不安」「自分からの逃避願望」「生存本能」そういったものが組み合わせ合ってまるでウイルスのように感染し、あるいは同時多発的に人々に変化をもたらしている。
なるほどな、と(本当はわかってないかもしれないけど)
先導者というか目立ってる人がアレなもので、ネットではあまり重視されず、一時のブームのように消費されてしまった感じがありますが、本質的な意味での「ノマド」や「ミニマリスト」というのはかなり深刻な話なのだな、と。
うまく言語化することは私には難しいですが、感覚的に彼らのような存在が多数出現している背景にあるものが少しつかめた気はします。
これ、ノマドやミニマリストを名乗る人なら絶対に読んどくべきだと思うし、はてなブログでみかけるなんちゃってな人を見てわかったつもりになるのではなくちゃんと考えたいと思うならかなりぐっと来るものが有るんじゃないかなと思います。