頭の上にミカンをのせる

「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

最近のこのブログのお気に入りは「アークナイツ」です
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サイドストーリー「風雪一過」 「帰還!密林の長」と合わせて読むと楽しいシナリオ。ラタトスが凄く好き

私のようなアークナイツ入門者にとっても非常に読みやすいシナリオでした。

他のシナリオは世界中で行われてきた長年の「被感染者」「サルカズ」差別とが描かれ、一方で「被差別者側が加害者になっている」という逆転構造が存在するため、どちらかに感情移入してしまうとどうしてもひっかかりが生じます。 しかしこのシナリオは感染者問題がほとんどない状況で、あくまで一つの国の物語となっており、アークナイツのシナリオとは思えないほどに明るい終わり方になっている。

アークナイツの設定を全然知らなくても楽しめるシナリオになっているので新米ドクターさんにぜひおすすめしたい。

このストーリーは「イェラグ」という雪国の宗教国家が舞台になっている。

アークナイツはもともとケモミミキャラが売りのゲームですが、このイェラグの民は特にもふもふ度が高いキャラが多くてたまらない……。


メインはシルバーアッシュ家の兄妹のお話なんだけど、ちょっと前に盛り上がってたAI生成絵と反AI生成絵のいがみあいを見ているような展開が面白かった。


3つの家+権威としての「巫女」という4つの勢力があるのでもうちょっと複雑だけれど、


根っこの部分としては「生き残るために文明開化をしなければならない」という勢力と「1000年以上続いた伝統を変えることはまかりならぬ」という勢力の争いだ。そして、だからこそ改革派と守旧派の中間の立ち位置にいた「ブラウンテイル家」の当主である「ラタトス」の悩む姿がとてもグッとくる。




 (この姉妹、見た目が凄い好き)


彼女は外国に門戸を開くことには賛成だったが、それでも急進的な変化には抵抗があった。
急進派であった「エンシオディス」や「ノーシス」たちに共感を示しつつも、強い警戒心を持っていた。


結局物語では守旧派側に与して一度は優勢に立ったが、途中で改革派の策略に乗せられて絶望的な立ち位置に追いやられるが……


という感じの展開となっている。


このあたり機械文明の可能性に魅了されたユーネクテスが一人で奮闘して、それを周りの人たち深く考えずに受け入れてくれる展開だった「帰還!密林の長」と違ってだいぶ葛藤がある。
私もAI生成絵に関してはこういう感じの宙ぶらりんの立ち位置なので、こういうキャラを上手にえがいてくれていて物語に入り込みやすかった。




現実においては、この両者の対立がセルシス(クリップスタジオ)がAI対応を自重する判断につながり、
そこをまるっとAdobeに全部持っていかれるというオチになってしまった感じがある。
日本企業はこうやっていつも敗北していくのだ。
一方で、アークナイツのストーリーにおいては、珍しく犠牲が少なく、さわやかな終わり方となっている。







大長老との会話。大審問官のアレじゃないけどこういうの好き。

人々がいかなるものでも信仰できるのなら、信仰とはいったいなにか?
人々が信仰しておるのは信仰そのもの
人々は選択権を信仰の対象にゆだねる。
人々は自らが何かを排斥する理由をすべて進行に擦り付ける。
人々は信仰が教え導く生活規範に無条件で従う
つまり信仰とは何か?
信仰とは安定、言い換えれば停滞である!つまり信仰とは怠惰、逃避、退廃と同義なのじゃ!
信仰は醜悪じゃ!しかしたとえそうであっても、信仰を打ち砕くことのできる者はおらん!
信仰を否定できるものなどおらん、信仰はイェラグがイェラグたるゆえんであるからじゃ!
信仰だけがイェラグ人を一つにできるのじゃ。人々は信仰を追い求め、人々は信仰に依存する!
人々は安定を――停滞を渇望しておる!


同意しません。
信仰そのものに資性(生まれつき備わったもの)などはなく、信仰とはそれに与えられた内容を示すものなのです。
信仰が前進すれば、信仰する人も前進するのです。信仰が止まれば、信仰する人も止まります。
あなたの目に、イェラグの人が停滞を望んでいるように見えるとすれば、それはあなた方曼殊院がイェラガンドへの信仰を停滞させているからにほかなりません
我々が千年守り続けてきた習わしは、本当に信仰と関係しているのでしょうか?
それはただの曼殊院の傲慢ではないのですか?
本来「そうあらねばならぬもの」などどこにもないのです。もしあるとすれば、おそらくそれは、単に変化した経験がないというだけのことにすぎません。
変わるべき時が来たのです、大長老!
私は巫女ですが、曼殊院の巫女ではありません。イェラグの巫女なのです。
人々が自由に前進し、探求し、そして冒険することが叶うように、私は自らの信じる方法で彼らを導きます!


これまで正しかったことがこれからも正しいとは限らない。
もし時代に適応できなければ、どれだけ強大であろうとも、それは捨て去られてる運命よ。
イェラグはここで歩みを止めるべきではないわ。
大長老、良い夢を。あなたも、そしてあなたたちも、今までお疲れ様。