頭の上にミカンをのせる

「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

最近のこのブログのお気に入りは「アークナイツ」です
アークナイツ
kindleセールの紹介
新NISA解説ブログ
発達障害

「ドキュメント・エルサレム」を見たので内容を忘れないようにまとめておく

NHKプラス見れない人もいるだろうから、内容を知りたい人はとりあえずこれでも読んでね

note.com

note.com

私達は、敵とされる人々がいますが、その人達とは親密でもあるんです。まるで兄弟のようなものです。兄弟でもあり、敵でもある。敵でもあり、隣人でもある。だからそうした敵にも、人間としての権利があると考えなければなりません。矛盾しているようですが、パレスチナ人との関係は「親密な敵」ということばでしか言い表せないのです

我々は、大シリアというアラブ人連合体の一員だと考えていました。それが我々の国家に対する考え方でした。シリアやレバノンとは別の国だというのは、イギリスやフランスが勝手に考えたものでしかありませんでした。シオニズムは、我々にとっては「アラブ民族主義を弱体化させるために組織されたものだ」と頑なに信じていました。しかし、それに対抗してパレスチナにアラブ人国家を作るという考え方にも乗り気ではありませんでした。アラブ民族の一員なんだから、パレスチナという国家は必要ないと考えていたんです。

正義など無いのよ。私達は自分たちの土地にいたのに、他の国の人が外から侵入して土地を取り上げてしまった。それなのに今では私達は世の中からテロリストだと思われている。いったい、どこに正義があるのよ

理性的なユダヤ人のリーダーである「ベン=グリオン」ですら、イスラエルからアラブ人の文化をすべて一掃しようとしていた。まして今の極右政権では……

「我々の土地について、アラブ人に政治的所有権を認めない。それと同様に精神的所有権も認めない。我々はアラブの匂いのする地名を一切必要としていない」

「パレスチナ人」が消滅することが臨まれたんだと思います。私達はヨルダン人になることを求められたのです。パレスチナ人のアイデンティティを保持するような行為はすべて禁止されたのです。父は知事としてヨルダン政府に反対しましたが、ヨルダン政府は父は彼を知事から下ろして別の人物を知事に据えました。私達パレスチナ人のアイデンティティが消滅の危機になったのです。




362人がはてブしているけど13人しかコメントしていない件について

この続きはcodocで購入