頭の上にミカンをのせる

「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

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田房永子さんは「信用できない語り手」として話半分で読むくらいが一番美味しく楽しめると思います

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田房永子さん相変わらずだなあ(笑)。


私は田房さんの作品が大好きです

あくまで私の印象ですが、田房さんは自己評価が鬼のように甘く、それでいて他人(社会)に対しては潔癖なくらい理想主義な人だと感じます。自分語りが大好き。すぐに自己陶酔する一方でなんでも自分の周りの身近なことを社会に一般化して語る。およそ客観的な意見とは程遠い。

人格としてかなり問題がある人で、身近にいたらどんな理不尽な目にあわされるのかわからないので距離を取りたいのですが、遠くから見ている分には感情たっぷりのそのマンガ表現はめちゃくちゃ面白いです。

まさに作家になるべくして生まれてきた存在といえます。「めちゃコミ」にありがちな、シンプルな悪役をわからせてスカッとできる作品では味わえない、この人の作品でしか得られない苦味が確かにあります。スカッとしたいのに主人公側もクズだから感情の置き所が難しいという作品が読みたい人にはとてもおすすめです。*1


注意点があるとしたら、彼女の言ってることは真に受けると危ないということ。作品から伝わってくる作者の人格はおよそまともとはいいがたく、言ってることが事実だとは信用できません

数人の人が指摘している通りこの人は数年にわたって夫に対してDVを繰り返してきました。本人が自らそう認めているので間違いないでしょう。
www.tyoshiki.com
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togetter.com

しかも、著書においては自分のつらさだけを語り続け、被害者である男性についてはほとんどその内面を推しはかろうとする素振りすら見せません。

さんざんキレまくったり藁人形で人を殴りまくっておいて、いざ自分が同じ立場になったら途端に自己正当化コミの理解を始めたりします。そして、今まで相手のことをまったく理解しようともせずに散々殴りつけてネタにしたことについて悪びれることもありません。

www.businessinsider.jp

そういう認知のあり方をしている人です。マジで人格的にはめちゃくちゃやばい人です。



また、この人は「相手がそれをヨシとして受け入れてたら自分の行為や考え方には問題がないと考える」とご自身でおっしゃってました。


「自分が嫌か、嫌じゃないか」でしか判断ができないし、自分の考えを修正できない。自分が批判したり怒っている「相手」のことを考える能力が極端に乏しい。同じ立場になるまで想像すらできない。

解釈が間違っているかもしれませんが、私には田房さんは常に自分が正しい。自分を否定できるとしたら自分だけ。自分自身が自分を嫌いにならない限りは大丈夫な人に見えています。その強さが、私はとてもうらやましいと思います。(同じにはなりたくないけど)あこがれます。

現在の田房さんは、田房さん本人が著書で描かれていた母親の相似形になっていると思います

私からみた田房さんは田房さん本人が著書で描かれていた母親の相似形のように見えます。

「毒親のもとで育てられた人は毒親と同じような人間になってしまう」「毒親の毒から抜け出すのはとても難しい」という実例になりかかっているし、本人もそれを多少は認識されているようですが、本人にとってそれは今のところあまり問題だと感じていないように思われます。むしろ、今はそれが飯のタネになるということで、自覚してかせずしてか積極的に田房さんの母親の嫌なところを仕事のために強化してさえいるのではないかと感じます。



*2


田房さんは西原理恵子さんが批判されるようになった「令和」のご時世にはあまりあわない「平成」の書き手だと思います

こういう人が自分自身の話がネタ切れになってきて、自分の体験談と同じ感覚で他人とか社会に対してものを申しだすと不都合が多いことが出てくると思います。周りの人はこういうのをありがたがってるんじゃなくて、注意して止めたほうが良いと思ってます。

そうでなくとも、彼女の芸風には最近逆風が吹いていると思っています。

彼女は身の周りの人に対して、同意も確認もせずに攻撃的な描写を繰り返してきたわけですが、最近はそういう身内のネタでのし上がってきた人たちに対して「同意なく家族をネタにするのは虐待ではないのか」という声が強まってきています。

togetter.com
https://news.yahoo.co.jp/articles/ffd24c20be65043993127bc5b2c05ded40aeb15bnews.yahoo.co.jp
matomame.jp
そろそろ「身内の人が納得しているから」では許容が難しくなっていると感じます。普通に出版社的にもそろそろコンプラ的にアウトになってくるんじゃないでしょうか。

今までは「女性の怒りを表現する」ことは時代の要請にあっていたかもしれません。その流れに乗って成長してきた分自分の芸風を急に変えるのは難しいのかもしれません。第一それは本人が決めることで他人がとやかく言うことではないでしょう。

改めて田房さんは自分のことを全く客観視できない、しようとしない人なのだな(^^)、というのがよくわかる

しかし、田房さん本人が他人に対して「昭和」だの「令和」などと偉そうな区分をしはじめたのであれば話が別です。

田房さんの芸風は明らかに時代遅れというか、やや流れに逆らっていると思います。フェミニズムを主張する人は常に自分の見てる方向が最先端だと主張する人がいますが、少なくとも田房さんの振る舞いやメッセージの発し方は「令和」ではないと思います。

自分自身をある程度客観的に見れる人なら今回の「昭和の夫」「令和の夫」みたいなタイトルの記事は絶対書かなかったと思うので、そういう意味でも改めて「田房さんだけはガチ」という気持ちを改たにしました

信仰とは、神に対する依存である

神に従うもの、神に反目する者 この二者は違うもののようでいて
正邪の判断を神に委ねているのは同じ 斉しく依存にすぎぬ

谷の魔女よ、すなわちお前たちよ

神の御手に揺り動かされている熱心な信者にすぎぬ
信仰が罪だと言うのならば まずは己を処断するがよかろう

結論。田房永子さんの話は過剰すぎるので、よいことも悪いことも話半分で聞くくらいがちょうどいいと思います

この記事は田房さん批判が目的の記事ではありません。

今回の記事については「相変わらず自分にクソ甘くて他人に厳しくてそのことに全く自覚がない田房さん」という感じの記事だったので、そういう田房さんが好きな私はこの記事もおいしくいただけましたという報告です。

なので、私は別に田房さんがこの芸風を改めるべきとは全く思ってません。田房さんほどのバイタリティと空気の読めなさと表現の才能があればたぶん何があっても大丈夫だとは思ってます。

田房さんがこのまま直進して壁にぶち当たって砕けるもよし、強引に突破するもよし、方向を改めるもよしです。どういう道を選んで周りからどういう感情を向けられるかが変わるだけであり、どう転んでも私としては美味しいのでこの後の展開を楽しみにしています。


まさかと思うけどこんだけおかしな内容を描いておいて、100%まじめに受け取ってもらえるとは本人も思ってないでしょう。もはやノンフィクションとかエッセイのふりをしたエンタメ創作くらいに認識しています。

*1:この表現は適切ではありませんが、「表現の才能がある青二才さんみたいなもの」といえば私が彼女のことが大好きであることを納得していただけると思います。性癖です

*2:田房さんは母親のトラウマが強すぎて、自分より相手が強い状態にあるのが生理的に耐えられないのではないか……と勝手に推測してます