頭の上にミカンをのせる

もうマンガの感想だけでいい気がしてきた

「中川翔子はスイカのアイコンを使っているから無神経」「関心領域ぃぃぃぃぃ!」といって殴りかかってくる人がいるのは流石に意味がわからな過ぎて怖い

togetter.com

この中で「中川翔子がスイカのアイコンを使っているから無神経」とかいって殴られたのだけはちょっと意味がわからなかった。

この手の正義中毒のガンギマリ連中にとって、

スイカというのはすべてパレスチナへの奉仕を意味するものでなくてはならず、純粋にスイカが好きだからアイコンにする、ということは許されないらしい。

「関心領域」で取り上げられた無関心の罪って、そういうことじゃねえだろ・・・こういう風に関心領域を持ち出すの、もはやあの映画に対するアンチ行為だろ。

www.tyoshiki.com

むしろお前らがやってるのはナチス側の行為なんだが・・・「国防婦人会」による村八分行為なのだが・・・

スイカのことについて認知を広げてパートナーを広げたいと思うならこの行為は最悪なのだが・・・

どうしてそういうことがわからないんだろ。 


起源:1967年の第三次中東戦争

news.yahoo.co.jp
ja.wikipedia.org

スイカがパレスチナの象徴として使われるようになったのは、1967年の第三次中東戦争にまで遡ります。この戦争でイスラエルがヨルダン川西岸地区、ガザ地区、東エルサレムを占領した際、イスラエル当局はパレスチナ国旗の使用と掲揚を禁止しました。

パレスチナ国旗は赤、緑、白、黒の汎アラブ色で構成されていますが
イスラエル軍はこれらの色彩の掲示すら禁止し、違反者を逮捕していました。そこでパレスチナ人たちは、同じ色彩を持つスイカを抵抗のシンボルとして使い始めたのです。

スイカがパレスチナのシンボルとして選ばれた理由は、切断面の色がパレスチナ国旗と同じ4色を表現していることです:

赤:スイカの果肉
黒:種子
白:果肉の白い部分
緑:外皮

イスラエル当局は1980年にラマッラーのアートギャラリーを閉鎖し、赤、緑、黒、白の4色を使用する芸術作品も禁圧対象とし、花やスイカの絵も没収していました。

1993年以降の継続的使用

1993年のオスロ合意により、イスラエルはパレスチナ国旗の禁止を解除しましたが、スイカは抵抗運動の中で使用され続けました。

2021年には、イスラエル国籍を持つアラブ人の団体が抗議キャンペーンとして、
テルアビブを走行するタクシー16台に「これはパレスチナの旗ではない」との但し書きとともにスイカの絵をペインティングしました。

現代での復活とSNSでの使用

2023年から2024年にかけて、スイカのシンボルは復活を遂げており、スイカの絵文字(🍉)とともに、様々なソーシャルメディア・プラットフォームでパレスチナへの支持や連帯を示す手段として活用されています。

現在のスイカシンボルの使用は、ソーシャルメディアの検閲を回避する手段としても機能しています。
中東のデジタル権団体は、特にFacebookやInstagramのMetaプラットフォームにおいて、
パレスチナへの支持を示す投稿に対する明らかな偏見があると主張しており、
オンラインユーザーたちは「シャドーバンニング」を軽減するためにスイカの絵文字を取り入れています。


日本でのスイカシンボルの認知拡大

2023年11月の「すいかバトン」運動
日本でスイカがパレスチナのシンボルとして広く認知されるようになったのは、2023年11月頃からです。兵庫県や大阪府の有志が「停戦を求めるすいかバトン」と題し、スイカの絵をSNSに投稿する運動を開始しました。

actcoin.jp

この運動は、現地に知り合いがいる人たちが「戦いを止めるために誰でも参加できる運動を」と考え、
日本人にもなじみ深いスイカの絵の投稿を呼びかけたものでした。参加者は「peace(平和)」、「cease fire(停戦)」などの言葉とともに、思い思いにスイカを描いて投稿していました。


2024年の大学キャンパスでの拡大
2024年には東京大学をはじめとする日本の大学キャンパスで、パレスチナ連帯運動が活発化し、
その中でスイカのシンボルが使用されました。

東大駒場キャンパスでは4月26日深夜にテントが設置され、「ガザを殺すな」と記された抗議活動が行われました。

アート作品を通じた連帯活動でも、パレスチナの「抵抗」を表すスイカをモチーフにした雑貨が制作され
110人の作家の協力を得て展示されるなど、文化的な広がりも見せています。



これ自体は素晴らしいんだけれど、冒頭のツイートのように、リベラル勢はなぜかこれを「パレスチナの連帯のため」ではなく「気に入らない政治家を殴るため」に使うんだよね・・・










なぜこの手のポリコレを主張する方々は「知らない人に認知を広めていこう」とするのではなく「知らないやつは罪だからボコボコにしろ」みたいなマウントを取る道具に使ってしまうのか

この続きはcodocで購入