私も昨年10月にあるアーティストさんのファンのマナーを指摘して炎上し、無関係の私の娘への殺害予告が数件あり今月裁判があるのですが、警察の取り調べで皆一様に、自分には子供がいて~or病気があり~と泣きついてきたそうです。実は普通の人たちだったりするのかなと思いました。
— Mayonaise_Hiro💙💛🍉 (@Hiro_Mayonaise) 2024年1月11日
いやいやいやいや。
やばい状況になった時に、謝罪より前にまず自分の辛さを語りだす人は、それ普通の人じゃないです。
むしろ、そういう一見普通に見えるけれど邪悪な人にもっと気をつけないといけない。
普通の人でも匿名だったら誹謗中傷とかヤバイことはやります。
ただ、ヤバイことをやって怒られた時に、まず「ヤバイことをやったことがバレた」って認識します。
つまり「自分がやばいことをやった」ところまでは認識できてるわけです。
なのでまず第一声で「ごめんなさい」「すみません」がでます。
そのあとで言い訳として自分の事情を言う。
こういうひとはまあ普通の人です。自分がやった「悪いこと」を認めた上で、情状酌量とか相殺しようとする人はいいんですよ。
でも、「やばいことをやった」ということ自体を認められない人というのがいます。
僕も誹謗中傷に対して法的措置を取ったことあるけど、書き込みしていた人たちは「匿名だから大丈夫だと思った」「自分が開示請求されるとは思わなかった」と話してた。彼らは「人を傷つけたこと」よりも「自分が身バレしたこと」ばかり気にしてて反省はしてなかったな…。 https://t.co/XZdpraV2QA
— moto (@moto_recruit) 2024年1月12日
このタイプは異常者です。 普通の人と思わない方がいいです。
そういうやつは追い詰められてもなお、そもそも「自分が悪いことをした」という認識を持つことそのものができません。
「私は悪くない」ってマジで思ってます。
そもそも、そう思ってるからこそ、「自分の事情」を優先して語りだすわけです。
怒られた時に初手で自分の事情を語りだす「自虐お詫び」をするやつは死ぬほど頭が悪いか、異常者のどちらかだと思っておいたほうが良いです。
極端に「いい子」でいなければいけないという強迫観念を持っている人は、むしろそれこそが邪悪への入り口であると理解したほうが良い
彼らには、善人たらんとする動機はないように思われるが、しかし善人であるかのように見られることを強烈に望んでいるのである。
これは、別に適度に悪いことをしろとかそういう話じゃない。
人間は、高度に発達はしているもののつぎはぎのプログラムで動いている不完全な生物である以上、どうあがいても自分の悪性を0にすることはできないということを認めることが必要だってこと。
「絶対にいい子でいなければいけない」という強迫観念を捨てることが大事です。
なぜなら、「いい子であろうとすること」こそが邪悪への入り口だからです。
邪悪性の基本的なもととなっているのは、罪悪や不完全性に対する意識の欠如ではなくそうした意識に耐えようとしないことである。
彼らは自身の邪悪性を自覚していると同時にそうした自覚から逃れようと必死の努力をする。
邪悪性とは、罪の意識の欠如から生じるものではなく、罪の意識から逃れようとする気持ちから生じるものである。
要するに、精神的に健全な人は、程度の差こそあれ、自分自身の良心の要求するものに従うものである。
ところが、邪悪な人はそうはしない。自分の罪悪感と自分の意思とが衝突した時には、撤退するのは常に罪悪感であり、勝ちを占めるのが自分の意思である。邪悪な人たちの異常な意志の強さは驚くほどである。
「いい子でいよう」としていれば邪悪から遠ざかると思っているのかもしれないけれど、これが勘違いなんですよ。
むしろ、邪悪とは自分の限界を越えて無理していい子であろうとするあまり、自分の悪から目をそらしたその瞬間に陥る状態だと認識しておいたほうが良い。
Twitterのポリコレ界隈に「やたらと他人には厳しいのに、自分の言動は一切顧みない」という邪悪な人が多い理由も、このことを知っておけば理解できますよね。
キャパシティが低いくせに「いい子でなくてはならない」という強迫観念に支配された結果、もはや自分からは目をそらさないと生きていけなくなった人の末路と言えるでしょう。
「自分の中にある罪悪感を認めて自分で引き受ける」という回路が壊れると、「良心」によるブレーキが働かかなくなるし、むしろ自己正当化のためどんどん言動が過激になる
まぁ社会学とか宗教学とかに詳しい人とかだったら、もともと日本人は恥の文化とか集団を意識してるだけで、キリスト教圏みたいに「一定の良心に準じて行動を決める」という思考がないとか
より詳しい話をしてくれるかもしれないけれど、私は無学なのでそのあたりはよくわかりまへん。
とにかく、「自分の中にある罪悪感を認める」ことができないとどうなるか。
言い過ぎたとか、アウトな発言をしたと感じたときでも、謝ったりブレーキを書けることができなくなるんですよ。
むしろ「罪悪感」を否定するために、より相手が悪かったということを認めさせようと躍起になる。
だからどんどん攻撃を過激化させていく。
このあたりのメカニズムは色んなところで言われてるからみなさんよくご存知ですよね。
もうこのあたり「自分の意志じゃなく誰かに動かされている」感覚になっちゃってるんでしょう。
だから、訴えられて急に言い訳をし始める人の精神のなかでは本当に嘘ではないのだろうけれど、そんな言い分が通ると思ってる事自体かなり異常だと思います。
最近でいうと、「避難所」っていうアカウントの人のインタビュー記事が印象的でした。
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