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「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

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「最貧困状態」「被搾取状態」の被害者を救おうとするとどうしても我々一般常識においては「差別」とされるようなナラティブ(文脈)になりがち問題

言及が難しい話なのであまり突っ込んだ話はしませんが……
もうこういう話いい加減にしてくれ……。
はやくマンガとか明るい話題について話をしたい……。
このままだとずるずるいっちゃいそうなので、絶対今日中に何かもう一記事なんかオタクっぽい記事を書くぞ……

anond.hatelabo.jp

あのさ。

なんで「境界知能、知的障害」メインの話が「発達障害差別」の話になってるんだ…?これ普通に見たら「最貧困女子」とか「ケーキが切れない非行少年」メインの話だと思うんだけど。なんかはてブの反応を見てたら明らかに「発達障害」メインの話になってるよね。

なんでこうなるんだ……。

「最貧困状態」「被搾取状態」の被害者を救おうとすると、どうしても我々一般常識においては「差別」とされるようなナラティブ(文脈)になりがち

ただ、これいつもの「はてブ民の読解能力が残念」という話じゃなくて、元の文章にスキが多すぎる問題なんでもあるよなあ……。

現場で働いてるはずの人が、このあたりを全部雑にひとくくりにして語るのはさすがにちょっとどうかと思う。

とはいえ、ほんとに難しい話なんだよね。

以前私は「発達障害者のサポートで一番重要なの思いやりではない。むしろ思いやりを強調する人間が一番発達障害者を差別しがち」って記事を書いたことがあります。
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アスペル・カノジョはそういう問題を結構がっつり描いてるのでぜひ読んでください。



ただ、これってかなり構造的な問題なので、正直ここは「差別的な発言をしている」という問題を指摘しつつ、個人的には他の差別よりは若干甘い目で見てしまうかな。*1


あくまで個人の経験からくる偏見であるのだけれど、生活保護者とか貧困家庭とか障碍者とか要介護者にかかわるお仕事をやってる人と仕事で接する機会が多かった時期いろんな人と話をした感覚としては「仕事としての割り切り」を大事にしてる人のほうが適性が高いように感じられた。*2。このあたりは本当にやむを得ないところはあってそのくらいの認識でいないと常人には心が耐えきれないんだろうなと思う。まじで精神的に相当キツいおしごとです。

身近な例でたとえると、自分が何か自営業をやってて、「暴力的かつ支離滅裂ことを言う人」「頭が悪すぎて話が全然通じない人」が毎日押しかけてやってくるとする。その人たちを拒否できずに丁寧にお客様として対応し、あまつさえその人たちを支援・介護しなければいけないみたいな状況を考えてみてほしいんだけど、これを仕事だからといってまともな神経で10年、20年と続けられますかって話なんですよ。

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事情を知らない人からしたら「差別だ」とか「見下してる」とかいわれようが、支援対象者のことは「無知で無能でかわいそうな人」「私たちが助けなければこの人たちは確実に人生詰む」くらいのかなり偏った認識を持つようにしないとこういう人たちの支援活動を続けるの厳しいって人結構いると思います。*3 なので長い間こういう人と接し続けてる人ほどどうしても認知がゆがみがち。*4

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被害者救済とか最貧困女子を救う活動をしている人には「現場の感覚と一般人の感覚をつなぐコーディネーター」が必要だと思う

今の日本は人権意識がものすごく高いので、「便宜的に必要となる差別感情」なんてものの存在は認められないだろう。というかリベラルな方々が「ゼロトレランス」に近い勢いで目ざとくチェックを頑張り続けたおかげでそういう空気になってる気がする。「どういう事情や配慮があろうが差別的な感情や表現をしたものは袋叩きにしてよい」という風潮があり、むしろ構造的な差別のほうが徹底的に批判されてきた印象がある。*5


このあたりもたんなる個人的な偏見だけれど、「現場でやる人の生の感情をそのまま語れば、それ自体が差別としてたたかれてしまうような状況」が結構あるような気がしている。保育士や、学校の先生、介護の現場で働いてる人たちっていまだに「心の底から対象者を思って世話をする聖人」みたいイメージから逸脱するとたたかれやすい。 なんとも理想主義が行き過ぎて、現場よりも理想が優先され、「現場で起きてる事件は黙殺し、会議室(ネット)で事件を起こす」のが当たり前になってないだろうか。


んで、今までの北原みのりさんやら郡司さんあたりの界隈は普段そういうゆがんだ状態の言論空間で恩恵を受けまくってる立場だったよねって思うのだ。いままでさんざんゆがみを利用してきた以上、自分たちの時だけそれを拒否することはまあ難しいんじゃないですかね。自分たちがさんざんハードルを上げてきたのだから。当然自分たちが訴えるときも「現場はこうだ」といっても理解されない。


そうすると、現場の事情が分からない人たち向けに一般人でも通じる言葉で語る必要があるんですよね。AV女優にインティマシーコーディネーターをつけろと訴える前に、まず自分たちに社会に訴える文脈をつなぐ人、それこそ「コーディネーター」が必要になるんじゃないかな。


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*1:※ただ、こういう見方は現状では認めらられないんだろうなとも思ってる。後述するけど普段リベラルな方々が「構造的」差別と「差別的感情」をごっちゃにして差別要素がちょっとでもあるものをゼロトレランスでぶん殴りまくることを是としてしまうことの弊害ってこういうところにあると思う

*2:愚痴ったり悪口は言うけどやるべきことはきちんとやる、というタイプ人が信用できる。逆にすっごいまじめで悪口を言わず気持ちとか思いやりみたいなことを言ってる人は擦り切れて退場するケースが多かった

*3:一定レベル以上の貧困状態の中になるとかなりのレベルのクソの割合が有意に上がります。かわいくないだけじゃなくてそもそも話が通じなくて暴力ふるってきたり、気を抜くと窃盗とかいじめみたいな問題起こす人までいました。本人たちに悪気はなくても裏でそそのかされて悪気なく補助金もらおうとする人もいたりした。「最低限の信用や安心がある」世界の住人ではない。

*4:こういう話をしたら脊髄反射的に差別だって言われそうだけど、そういう人に限って低学歴の学校のことを動物園と言ったりするのが面白いと思う。NIMBY問題ですね。

*5:ネットで安全性が確保できていることをいいことに現場の感情を置き去りにして、理想論で目についたものをなんでも殴り続けた。無知で無責任な人間たちの感情が重視されすぎて、ルール無用のキャンセル行為が力を持つようになってしまった