「痛みを伴わない教訓には意義がない
人は何かの犠牲なしに何も得ることなどできない
しかしそれを乗り越え自分のものにした時
人は何にも代えがたい鋼の心を手に入れるだろう」
もう連載開始から始めると18年たちましたが、今からしてもこれほどまでにキャラの魅力(ミクロ)と世界の問題ががっちりかみ合った作品はやはり稀有だと思う。
これだけの規模の物語が27巻で完結してるというのがまずすごい
メインキャラクターの描き方が魅力的なのは言うまでもないですが特にすごかったなと思うのが後半になってキャラクターが大量に投入されて以降。
話の舞台や物語のスケールが急激に拡大すると、
・新キャラや新舞台の紹介などで話が冗長になったり(3×3EYES、Reゼロ)
・テンポを重視するあまり新キャラや世界設定が弱くなったり(パッと思いつかない)
・ひどい場合は使い捨てキャラが連発することことが結構あります(Innocent Grey作品)
このあたりトレードオフの関係になっててなかなか難しいと思いますが、
ハガレンの場合、作中のアルのセリフにあるようにどちらかを切り捨てることを良しとしない。作品のテンポも多くのキャラクターをしっかり描くことも両方きっちりバランスをとって両立させている。世界の設定側はフワッとしているものの、キャラクターにたいしては手抜きが感じられない作りで最後まできっちり絡んできます。
その上で中だるみなく27巻というボリュームできっちり終わらせている。このバランスがまじですごいなと思う。
超王道のストーリーをベースにして徹底的にベタ目線で描き切ったところがすごい
この作品のストーリー構成自体はめちゃくちゃ王道ど真ん中だ。
「神話の法則」で語られたメインプロットを並べるが、序盤を除いて大まかに法則通りに並んでいることがわかる。
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三幕構成の話 - 頭の上にミカンをのせる
「ジョジョリオン」は三幕構成がしっかりしていて13巻から加速度的に面白くなってきているっッ! - 頭の上にミカンをのせる
<第一幕 別離>
①日常世界
②冒険への誘い
③冒険の拒否
④賢者との出会い
⑤戸口の通過→特別な世界へ
⑥試練、仲間、敵
⑦最も危険な場所への接近
<第二幕 試練>
⑧最大の試練(ミッドポイント)
<第二幕後半 イニシエーション>
⑨報酬
⑩帰路
⑪復活(クライマックス)→もとの世界・日常へ
<第三幕>
⑫宝を持っての帰還(大団円)
読者の方は、一つ一つ説明しなくても、この項目を見ただけでそれぞれがどの部分か全部説明できるだろう。そのくらい一つ一つの展開がわかりやすいのがすごい。
「ネタとメタとベタ」において、メタとベタを対立させ、番外でネタを満たす完璧な構成
つまりストーリーの流れ自体はよくあるのだが、何がすごいかというと、私は「善悪の対立」ではなく「メタとベタの対立」を描いた物語であるところが大きいと思う。この作品がほかの作品と圧倒的に違うのはびっくりするくらい描写が「ベタ」側に寄ってることだ。あえて厳密に言葉を定義しないが、メタは「現実よりもイデオロギーや理念重視になっていること」、ベタは「理念や思想よりも目の前に存在する事象などを大事にする」こととする。
話の面白さはネタとメタとベタすべてが必要みたいな話を「銀魂」かなにかで聞いたことがあるけど、この作品にはそれ自体を物語にしちゃってるという感じ。
この作品は善の主人公が悪を倒すという話ではない。
最初とある目的のために「錬金術」というメタの世界に踏み入れた主人公たちが、最終的にベタの世界を選択して帰還するという話であり、このメインプロットではないフレーバーであるテーマの部分がすごく面白い。
このテーマにおいて主人公の設定が秀逸すぎる
主人公のエドとアルは「能力的には錬金術が使える=頭もよいし等価交換という原則を受け入れてメタの世界に適応している」が、「精神的には子供=ベタの世界の住人」である。もしこれが大人であれば、目的に向かってわき目も降らずに邁進することもできただろう。しかし子供であるがゆえに目の前で起きるイベント一つ一つに心を揺さぶられる。このアンバランス感が素晴らしいのだけれど、さらにそのいびつなあり方を、視覚的に一発でわかるようにデザインしている。正直一話の時点で完成度が異常に高くてがっつり心をつかまれた人が多かったと思う。
「この第一話がすごい!」って思ったマンガやアニメ作品について - 頭の上にミカンをのせる
こういうアンバランスな主人公が、メタの世界でいろんな体験をし、葛藤しその中で何が一番大事なことであるかを「選択」する。この大筋のプロットラインが完璧に出来上がっている。*1
※余談ですが、このエドとアルの流れの真逆を行くのが「デアボリカ」というエロゲーなのですが名作なのでぜひプレイしてみてほしいです。
シンプルなテーマを一切ブレさせず、登場人物たちもみなこのテーマに沿っている
ここまできっちりしていると、そのあとの展開も非常にわかりやすい。
すべての登場人物がメタとベタの対比を意識して非常に明確な意味づけをされているからだ。
だからたくさんキャラが出てきてもかならず主人公との関係において意味があるので迷わない。
・家族よりも国家錬金術師としての義務を優先してしまったタッカーさんとか。
・大人としてメタを目指すといいながら身内にこだわりすぎるマスタングとか。
・イシュヴァール戦役において敵味方を超越して目の前の負傷者に寄り添ったロックベル夫妻とか。
・「メタ」の害悪を示すために、国家の上層部の人間がやたらと露骨に「人間を数としか見ない」というコテコテの冷血&無能として描かれていたりとか。
・「ベタ」の象徴として女性たちが非常に強いのもこの作品の特徴だと思う。エドとアルに決定的な影響を与えるのはすべて女性であり、マスタングも女性副官に支えられていたりする。
・父親はメタな面で世界を救うという目的があったのにその達成のための手段がどこまでも地道なベタに徹していたこととか(ただしどうしても家族だけは捨てざるを得なかった)
・人を越える存在として生まれつき己の在り方を「メタ」的な概念で規定されてながら、人の魂と共生するうちに人に近いところに寄っていたラースやグリードとか。
・圧倒的な力を持ち、メタ視線で人を見降ろしながら人にあこがれるベタ要素を隠せなかった「うしおととら」の百面みたいなラスボスとか
「うしおととら」 みなさんにとって印象に残ってるラスボスって誰ですか? - 頭の上にミカンをのせる
ランス10は「これしかないラスボス、これしかないストーリーの結末」を描ききった傑作 - 頭の上にミカンをのせる
テーマがこの「概念としての力(鋼のイメージ)か、それとも人か」とシンプルに規定されていて、そこから全くぶれない。
それゆえに一切の冗長さがなく、27巻ものボリュームがありながら、読み始めたら止まらない作品になってたと思う。
ところで、なぜ今頃になってハガレンの話をしているかというと……
今いる世界にさよならしようか 出口はあちらと笑うウサギの目
今いる世界にさよならしようか 踏み出す足先色づき満ちていく(ユメミルクスリ)
このまとめにあるマンガを読んだからです。
あわせてこのあたりの議論も。
「クソみたいな異世界ノベル設定ビンゴ」が当てはまりすぎて秀逸 - Togetter
「最近の若い子は異世界に行くのにモニターに吸い込まれたり「ゲート」をくぐったりしないのね。死ぬのね」その理由が深かった! - Togetter
池っち店長の異世界転生分析「現世に愛する妻や子がいる身としては、「なんとかして現世に戻ろうとする」これ一択」「だからこそ異世界転生は独身者に売れる」「異世界転生に感情移入したり、憧れたりできる人は、基本みんなそう」 - Togetter
【行きて帰らぬ】物語に関するつぶやき - Togetter
失礼ながら、この作品自体は全然面白いと思わなかったんですが(本当に失礼!)
読むと久々にハガレンとかふしぎ遊戯とかチキタ★GUGUとか聖★高校生あたりのことを思い出しました。あとユメミルクスリ。
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確かにハガレンって「メタとベタ」以外にも「行きて帰りし物語」である上に「罪と罰の物語」でもあるんですよね。だからこそ、その両方のエッセンス、つまり「行きて帰りし物語」に説得力を持たせるためにどういう要素が必要かが詰まってると思う。
一方で、上のまとめにあるようになろうなどの異世界転生ものには「行きて帰らぬ」物語が多いんですよね。そんな中で、あえてなろうぽいテンプレでこういう「行きて帰りし物語」が描かれるならハガレンが何度目かのブームになることもあるかもしれないって思ったんですよね。
※もちろん昔から「彼方から」とか「プラネットラダー」とか「エウレカセブン」とか「はるかな国の兄弟」みたいに戻ってこないお話はたくさんあります。
「彼方から」5巻まで 「普通の女の子」が普通のまま頑張る姿を描く、エンパワメントに満ちた傑作 - 頭の上にミカンをのせる
「暁のヨナ」「少女革命ウテナ」みたいに女性主人公が戦って運命を切り開く作品のおすすめ7つ - 頭の上にミカンをのせる
そんなわけで、正直想像できないけど、もう連載開始から18年経ってるしハガレン読んだことない人がもう創作始めてるケースなんかもあるんじゃないかと(ぎゃー!)
なので、おっさんオタクとしては軽い気持ちで最近の若者さんにお勧めしてみたいです。
今まで一度も読んだことない、25歳以下の人に、あえて今ハガレンを読んでみてほしいです。そしてどういう感想になるのかぜひ教えてほしいです。
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というわけで今回はややメタっぽい視線から概要について触れました。その2ではすごくベタに、自分が特に好きなところを何個か紹介したいと思います。
*1:一話の時点で秀逸なのに、さらにそのあとの動機の積み上げ方も非常に素晴らしい。このあたりのプロットはソードアートオンラインのキリトくんがもろに影響を受けてると思う。(ハガレン連載開始は2001年。SAOのウェブ連載が始まったのは2002年)